公爵令嬢と社交界デビュー(5)
夢かもしれない。
自分の腕の中で、少女がはにかむように笑っている。
昔と変わらぬ笑顔で、昔と見違える美しさで。
言葉をかけたら消えてしまうような気がして、デュークはただほうけて夢の中にいるような少女を見つめることしか出来ない。
少女も何か躊躇っているようで、デュークに声をかけあぐねているようだった。
周りの視線も、カティスやヴァンの呪い殺されそうな視線も気にならなかった。世界には、自分と彼女しか存在していないかのような錯覚に陥る。
そんなデュークとは関係なしにワルツは終盤へと差し掛かり、何か話さなくては、と焦りばかりが募る。
「ずっと、お会いしたかった・・・」
夢のような少女に愛しむように言われ、どう返していいかわからない。
自分がこんな愚図だとは思いもしなかった。愛しい少女にかける言葉も見つからないとは。
「でも私、本当は怒っていたのですよ。6年間ちっともお会いしてくださらないのだもの。」
リティエラははにかむような笑顔から、すこし拗ねたような顔をする。
そんな顔も愛らしいと感じる自分は、カティスやヴァンのことを馬鹿にできないのだろう。
「すまない。騎士となってからは、なかなか時間がなくて・・・」
なんというへたれた言い訳だろう。許されるならば自分をなます切りにしてやりたい。
こんな気の利いた返事ひとつ返せない不甲斐ない自分に、リティエラはただ嬉しそうに笑った。
「いいえ。私、デューク様のお顔を見たら、すっかり怒る気をなくしてしまいました。ただ・・・とても、嬉しくて。」
添えた手にわずかな力が加わるのが、たまらなく愛らしい。
6年間必死に耐え続けた思いが、堰を切ってあふれ出しそうだ。
この気持ちを、なんと表現すればいいかわからない。
かわいい、すきだ、愛おしい。
そんな陳腐な言葉では表せない。
そばにいると心地よい、安堵する。しかし、居たたまれない。これでは自分が年頃の少女のようだ。
結局、それ以上の言葉を交わせずにワルツは終わってしまった。
「リティ!次は私の番だよ!!もう1曲たりとも譲ってやることはできないぞ、デューク!!」
そういって鬼の形相でヴァンは彼女を連れ去っていく。
もう一曲、といおうとして差し出した手を引っ込めることも忘れ呆然とするデュークに、リティエラは「また」と唇の動きだけで伝え、新たな踊りの輪に加わっていったのだった。