公爵令嬢と社交界デビュー(4)
昨年以上の賑わいをみせた建国祭は、深夜まで続く王宮でのパーティーに移行した。城下では、町人たちがお祭り騒ぎをしている頃。
貴族にとっては、こちらのパーティーがメインだ。着飾った貴婦人や紳士が噂や情報を交換し、水面下で勢力を広げてゆく、華々しくも厳しい政治の舞台であるともいえる。
そんななかで、今一番人々の噂にのぼるのがトゥエラ公爵令嬢の遅い社交界デビューだった。
「てっきりご病気だと思っておりましたけど、回復されたのかしら。」
「いやいや、私はトゥエラ公爵があまりの娘可愛さに出し惜しみしているという噂も聞きますぞ。」
「あまりの頭の可愛らしさに、礼儀作法を覚えるのに時間がかかったという話は単なる噂でしたかな。」
まだ現れないトゥエラ公爵令嬢に、人々は無責任な噂を吟味しあう。
まったく、いい加減なものだ。漆黒の盛装に身を包んだデュークは、入り口がよく見える壁にもたれかかり、溜め息を吐いた。誰もリティエラを見たことがないくせに、興味本位で面白おかしく騒ぎ立てる貴族たちの多いこと。
そこへ、会場の入り口付近でざわめきが広がった。
「トゥエラ公爵家の御一行が参られたようだ。」
誰かが興奮気味に呟くのが聞こえた。
父のトゥエラ公爵にエスコートされたリティエラの姿に、誰もが息を忘れた。白いシフォンのドレスに彼女の落ち着いた金髪はとても合っている。大多数の貴婦人たちのように複雑怪奇な髪型ではなく、シンプルに結い上げられた髪。細く、白磁のようなうなじ。暖かみのある穏やかな瞳にふせがちな長い睫が影を落とし、なんとも奥ゆかしい。
6年ぶりに見る彼女は、完璧な淑女、しかも超絶美少女になっていた。どこから見ても鬱陶しい位の父カティスの美貌の隣でも引けをとらない。
誰もがその美しさに二の足を踏む中、壁にたたずむデュークに気がついたリティエラは、花も綻ぶどころか恥ずかしがって隠れてしまうような満面の笑みを浮かべた。
おおおおおおっ…!!
その笑顔に、一斉に会場が湧く。
とたんに、どこかの勇気ある貴族のドラ息子たちが空気も読まずに二人の間に割って入り、彼女はダンスを誘う狼共で見えなくなってしまった。
「思った通りだ。あの野獣どもめ!!私のリティに群がりやがって…!!!」
いつの間に現れたのか、隣ではヴァンが怨念のような凄まじいオーラを放っているが、デュークにはそれどころではなかった。彼女は変わっていない。姿は信じられないくらい美しくなったけど。いつも一番に自分に微笑みかけてくれる、小さなリティのままだったことに、嬉しさがこみ上げてくる。
いつまでもポーっとして動こうとしないデュークに、呆れたようなヴァンの言葉が投げかけられる。
「何やってるんだ、早くいけよ。一番は譲ってやる」
滝に飛び込む覚悟で言ってやった言葉だというのに、デュークは返事もそこそこに駆けだしていってしまった。
「まったく、世話の焼ける…」
自分だって一番にリティエラと踊りたかった。それでも、大人のシスコンは涙をのんで親友に譲ってやったのだった。
空気の読めないドラ息子達に囲まれたリティエラは、正直感傷に浸っているどころではなかった。
「是非私と踊りませんか?」
「いいや、私と…」
と勝手に盛り上がる男たちに囲まれ、応対に追われていた。
鬱陶しい父と兄のおかげで受け流すのはなれているが、数が半端ではない。
(こンの…ボウフラ共っ!!邪魔だわ、デューク様の所に行けないじゃないっ)
予想外の展開に苛立ち、舌打ちしてしまいたくなる。あまりダンスを断るのは失礼なことなのだが、初ダンスはデュークと踊るつもりだ。それは譲れない。
ふと後ろから手を引かれて驚いたリティエラは、笑顔を張り付けたまま、その失礼な輩の足を踏んでやろうかと足をあげた。
「俺と踊ってくれないか?」
リティエラが知らない低い声。しかし、その響き、話し方はリティエラが知っているものだ。
「デューク様…」
6年ぶりに会った彼は、背も高くなってすっかり見違えてしまったようだ。幼さはすでになく、そこにいるのは立派な男の人だった。