公爵令嬢と社交界デビュー(3)
建国祭前夜、トゥエラ公爵家では久しぶりの家族3人水入らずの晩餐となった。
リティエラが部屋に入るなり、
「久しぶりだね!!私の可愛いリティエラッ!!!!!」
といって飛びついてきた父カティスを、
「ええ、本当に。」
と天使の笑顔を浮かべながら半歩下がって見事にかわし、
「ただいまリティ。兄さまにただいまのキスをさせておくれ。」
と扉の後ろに隠れて、後ろから抱きつこうとした兄クラヴァンスの腕を、
「おかえりなさいお兄さま。」
と顔に笑顔を貼り付けたまま扇で受け流したリティエラは、余りにも似たもの同士の親子の襲撃を受けることなく、静かに自分の席に着くことに成功した。
その横で柱にぶつけて赤くなった顔をしゃがみ込んで押さえる父46才(自称永遠の20代)と、受け流されて行く先をなくした腕を悲しそうに見つめる兄24才。
公爵家では日常と化しつつある光景である。
父と兄の愛は分かる。しかし、彼らは目に入れても痛くないどころか、殴られても幸せを感じるであろう自分の愛娘(妹)を、放っておけばしがみついて顔中にキスしてしまいには舐め回していただろう。食事前にそんなことをされたくないリティエラは、すっかり二人の襲撃をかわすのに慣れてしまっていた。
どうせこの親子は、避けられても幸せなのだ。
常に父と兄の異常なまでの愛情にさらされ続けた愛娘(妹)は、人生16年目にして、知らなくていいものまで悟ってしまっていた。
「ところで、私の天使のようなリティ。君のお願い通り、デューク様に君の用意した盛装を贈りつけておいたよ。」
赤くなった鼻をさすりながら、大人しく席に着いたカティスに鬱陶しい位の笑顔を向けられたリティは、内心呆れながらも笑顔で礼を述べる。名前の前に可愛いとか天使のようなとかいちいちつけるところが鬱陶しい。
「ありがとう、お父さま。」
40代後半に差し掛かるのに、どんな魔術を使ったのかツヤツヤな肌を維持している父は、どう見ても20代後半にしか見えない。この肌を見ていると、三枚に卸して天日干しにしたくなる。自分はキュウリのパックから山羊のミルク、得体の知れない薬草やその他もろもろまで試し、美容においては努力を怠らないようにしているというのに。
淑女とは、優雅な水鳥のように水面下の努力を怠ってはならない。
彼女の美しさは、間違いなくその努力によるものである。苦労してるのだ、この色気垂れ流しの父と兄のおかげで。
目に毒なくらい煌びやかな父と兄に比べると、リティエラはどうしても地味な顔立ちだ。その生まれ持ったハンディを埋めるため、急に自分を避けるようになった幼なじみのデュークを振り向かせるため、血の滲むような努力を続けてきた。
ダンスに礼儀作法、お菓子、美味しい紅茶の入れ方、護身術や魔法に至るまで、必要だと思ったことは全てやった。きっと今の自分は完璧な淑女になっていると自信を持って言える。
幼いころは無邪気だった彼女も、デュークが避けていた6年間で、すっかりやさぐれてしまっていた。もちろん、リティエラは努力する淑女であるので、殿方の夢は壊さない。ただ、ちょっとだけ腹の内が黒くなっているのだった。
「そうだ。その建国祭のパーティーなんだが、デュークは出席するそうだよ。」
兄が負けじと話に割り込む。これには、さすがのリティエラも破顔した。デュークに逢えるのだ。
初めての舞踏会で、知らない人と踊るのは怖いと、デュークや兄と踊りたいと泣き真似をした甲斐があった。
愛しい妹と踊りたい一心で、あのデュークをパーティーに引きずり出すことに成功したらしい。
「本当!?兄さま、デューク様を誘ってくださったのね!!嬉しい。」
ヴァンは妹の満面の笑みに、今にもとろけそうになっている。
計画は順調だ。
何としてもデュークをオトス。
幸せは待っていても来ないのだ。
欲しいものはどんな手を使っても、手に入れてみせる。
そんな黒い心を胸に秘め、リティエラは天使のような微笑みを浮かべたのだった。