布団の中のネズミ
4作品目で、ショートショートです。
台風の通り過ぎる夜のことである。高校に通う少女たちは一軒家の友人宅へ集まった。二階の部屋は窓のカーテンを閉めきり電灯を消す。懐中電灯を照らして静まった部屋を確認すると、ロウソクを一本床の中央に置き、ぼんやりと灯す。ゆらめく炎を中心に、彼女たちは輪となって座り、興味津々の笑顔を合わせる。
「それでは、はじめようか」
年長のような顔立ちの一人が合図すると、少女たちは順番に怪談話しをはじめた。どれも聞いたことのある日本の伝統的な怖い話や、見覚えあるヒットした映画から持ってきた和風ホラーが続いた。
そして女子高生の湊川に最後の順番が回ってきた。
「ねぇ、湊川、私たちの話、とても怖いでしょ?」
招待された湊川の顔をうかがう少女たちの一人が尋ねると、感情の入っていない声が返ってきた。
「うん、まあ、そうだな」
そこへ別の一人がおとなしい招待された女子高生へ身をよせる。
「湊川は何の話をしてくれるの?」
「そうそう聞かせてよ」
催促する少女たちは自分たちの披露した話にたいそうご満悦である。
この部屋で話したもの以上の恐ろしい怪談がいったいこの現実の世界のどこにあるのか? あるのなら是非うかがいたいものだという挑発的な笑顔を見せる少女も一人か二人。
「ねえ、湊川、無理しなくていいから適当に怖い話をしてみてよ」
湊川は小首を傾げてみせ、ロウソクのまたたく炎を束の間に眺める。
「うむ、ではこの話をしてみようか」
「ウフフ、そうこなくっちゃ」
「期待してるよ」
「うんうん、湊川がんばって」
湊川は自覚があるのかないのか、『ラヴクラフト全集』の気に入ったところを選び出し順繰りに語りだした。
聞き終えたとき、湊川を除く少女たちは今にも死ぬような蒼白顔をしていた。
その夜、湊川から恐ろしい話をたくさん聞かされた一人の少女は恐々と自室のベッドに入る。目を閉じて眠りに入ろうと努めるが、無意識に頭の中であの恐ろしい話を反芻してしまう。
窓は台風の強い風があたり激しい振動を繰り返した。大粒の雨が豪雨となって屋根にたたき付けられ、その音はまるで人間を襲わんとする何かの怪物が屋根の上で暴れているようで、暗闇の天井から部屋中に響き渡る。
そのとき彼女のベッドで何かがうごめいていた。
「な、なに?」
震えはじめた少女の冷えた足先にうごめく物体がやんわり当たる。飛び上がって布団をひらいて確かめてみた。
彼女は悲鳴を上げる。
「ネ、ネ、ネズミだあ!!」
繰り返し飛び上がった彼女はベッドから転げ落ちる。へっぴり腰で後退りし、部屋の隅にある小さなゴミ箱をつかんだ。そのまま強ばった片腕を振り上げゴミ箱で叩きつぶそうと身構えたとき、少女は目を据えた。すぐに部屋の灯りをつけて確かめる。
ベッドの真ん中に一匹のネズミが身を丸くして震えていた。体毛は濡れている。目と目が合ってしまう。
しばらくネズミを見つめていた彼女はゴミ箱をそっと床に置く。プラスチック製の収納箱からタオルを取り出し脅えるネズミへ静かに近づく。
「な、なんでこんなことやっているんだろう。ていうかどうしよう……」
すでに彼女の頭の中では小さな命のことをめぐらせていた。