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途中小説集  作者:
8/54

星降る夜の、願いごと1

拙作『梨の実が香る頃に』くらいの長さで連載をやってみようと思って、途中で力尽きたでござるの巻。

続きます。

 かずくんへ。

 はいけい……なんて書き出しは、やっぱりわたしなんかには似合わないかな? そりゃそうか。わたし、馬鹿だもんね。かずくんとは、頭のつくりが全然違う。

 はいけい、って字が書けないの。漢字、分かんない。

 読めることは読めるんだけどね……それでも書けない字って、高校を卒業するような年になってもたくさんあるんだなぁって、自覚してるところです。まぁ、単にわたしの頭が悪いだけだって、言われちゃったらそれまでなんだけど。

 かずくんは頭がいいから、きっと書けるんだろうね。はいけいって字も、けいぐって字も。かしこ……あ、あれはひらがなか。

 他にばら、りんご、れもん……そういう難しい字も、長ったらしい英単語も、頭が痛くなるような計算式とか化学式も、日常に役立つ雑学も、かずくんはたくさん知ってる。かずくんは、すごい人。

 わたしにとってずっと、かずくんは神様みたいな存在なの。大げさなんかじゃなくて、ホントのことだよ。


 さて。

 このお手紙をあなたが読んでいるということは、今ごろわたしは……うーん、どこにいるのかなぁ。家かなぁ。かずくんがいつこれを読んでいるか予想できないから、見当もつかないや。

 ふつう、こういう書き出しだと「わたしはもう死んでいるのでしょう」なんて続くんだろうけど、死んではないはずだよ。ってか、イヤだからね。わたし、まだ死にたくなんかないよ。まだうら若き乙女なんだから。今のところ、ステキな未来がちゃんとあるはずなんだから。

 ……これまでのようにあなたの隣にいることは、きっとない。それだけはきっと、確実なんだけど。


 あのね。

 わたしが今回どうして、こんなかしこまった(全くかしこまってない、ってかずくんは突っ込みそうだけど)手紙を書こうと思ったのか。きっと、疑問に思ってるんじゃないかな。

 ……あ、もしかしたらもう知ってるかもしれないね。うちのお母さんがかずくんのお母さんに言ったのを、そろそろ聞いてるかも。

 わたしが、かずくんにずっと打ち明けてなかったこと。

 それとも、見抜いちゃった?

 お母さんとか友達に口止めしたりして、わたしなりにずっと隠してきたつもりだったけど……かずくん、すっごく勘がいいから。

 わたし、これまでかずくんには何でも相談してきたね。でも今回は、一言も言わなかった。

 っていうか、言えなかった。

 心配性なかずくんはきっと反対するだろうと思ったから、っていうのももちろんある。けど、何より……自分の進路くらいは、自分で決めなきゃって思ったの。いつまでも、かずくんのこと頼ってばっかりじゃダメだって。かずくんに、何でも決めてもらってばっかりじゃダメだって。


 小さいときからわたしは、かずくんの後ろをずっとついていってた。何でもかずくんに従ってた。勉強も、日常生活も、人付き合いも、何でもかずくんの教えてくれたとおりにこなしていた。

 朝は毎日起こしてもらって、一緒に学校行って。さすがにずっと一緒のクラスってわけにはいかなかったから、学校では別れるけど……それでも休み時間のたびに、かずくんはわたしの様子を見に来てくれたね。それでそのたびに、何があったかを話して。困ったことが合ったら真っ先に相談して、アドバイスもらって。いざという時には、助けてもらったりもして。

 そのおかげでダメダメなわたしでも、うまく立ち回ることができた。かずくんがいなかったら、わたしは昔も今も相変わらずグズでのろまな、いじめられっこのままだった。

 だけどいつまでも、かずくんに迷惑かけてられない。高校卒業したら、いいかげん自立しなきゃいけないんだよ。ね、そうでしょう?

 お母さんにも、いつも言われてきたもんね。「いつまでも和臣(かずおみ)君に面倒かけちゃダメよ」って。


 話は変わるけれど、もうすぐ卒業式だね。ちょっとずつ、あったかくなってきてさ……かずくんがこれを読んでるころには、もう終わってるかなぁ?

 卒業したらかずくんは、街中の大学に行くんだったね。家から近いから、地元を離れなくてもいいし……結構いろんな学科がそろってるから、大体みんなは当然のようにそこを第一希望にする。

 お前もそこにするんだろ? って当たり前みたいにかずくんが聞いてきたとき、わたしははっきりとうなずくことができなかった。ごまかそうと思ったけど、わたしはとっさにウソをつけるほど頭の回転がよくないから。

 ……今考えたらその時点で、かずくんは気付いていたのかな。


 あのね。わたし、一人暮らしすることになったの。

 この街からずっと離れたところにある大学に、奇跡的に受かってさ。この春から、そこに行って勉強するんだ。

 もちろん、一人っきりでだよ。


 これからきっと、大変になるんだろうなぁ。

 これまで何でもかずくんに決めてもらってきたこと、全部自分でやらなくちゃいけなくなるから。かずくんはもう、わたしの隣にいてくれないから。

 グズでのろまだって、さんざんバカにされることもあると思う。悪口を言われたりも、すると思う。

 でも……大好きなかずくんの、重荷になりたくないから。

 だからわたし、がんばるね。

 わたしからは、もう絶対連絡しません。かずくんからメールや電話をもらっても、受け取りません。どれだけつらくても、さびしくても……一回頼っちゃったら、またわたしはかずくんに甘えちゃう。


 かずくんはいっつも、わたしのことを気にかけてくれてたね。周りから「お母さんかよ」なんてからかわれるくらい、わたしの面倒をかいがいしく見てくれてたね。

 ……わたしのせいで、色んなことをいっぱいガマンしてるよね。わたし、知ってるよ。

 大丈夫だよ。もう、あなたを解放してあげるから。もう二度と、あなたに迷惑かけないから。

 これまでずっとガマンしてきたこと、これからはやりたいようにやっていいんだからね。


 まだ引っこしまでには時間があるけれど、これを書き終えて、あなたの家のポストに入れたら、もうあなたには会いません。家は近いから、会おうと思えば会えるけど……これからは、簡単に会えなくなるから。

 お母さんにもこのことは言ってあるので、かずくんがわたしの家に来てもムダだと思います。あ、でも一応言っとくけど、別にかずくんのこと嫌いになったとかそういうわけじゃないからね。

 ……なんて、かずくんに言ったところで意味はないかなぁ。でも、かずくんは心配性だから。一応ね。


 ホントは最後にひとつだけ聞きたいことがあったんだけど、やっぱり心に閉まっとくね。今はまだ、答えを聞くタイミングじゃないと思うから。

 いつか、心も身体も成長して、りっぱな大人になれたら……その時に、もしも会うことができたなら。

 そのときに、教えてあげます。


 かずくん、今までホントにありがとう。

 その何でも知ってる頭の良さも、包み込んでくれるような優しさも、思いやりあふれる説教も、ときどき意地悪なところも、目を細めて笑ってくれる顔も……あなたの全てが、大好きでした。

 かずくんは、わたしの世界そのものでした。

 わたしはこれから、その世界から外へと一歩、足をふみ出します。あなたに甘えてばかりで、一人じゃ何もできなかった……そんな今までの自分を、変えるために。

 だから、ときどきでいいから、気にかけてくれるとうれしいです。


 二月二十八日――流れる星がきれいな、初春の夜。

 冬賀(とうが)夕貴(ゆき)

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