罪の火焔に揺らめいて
ダークファンタジーみたいなもの、のプロローグ的な何か。
壮大な感じになっておりますが、何も始まりません(これ以上思いつかなかったんですごめんなさい)。
目の前でメラメラと燃え盛る炎、そして真っ赤に染まる我が家。中ではきっと、自らをこれまで育ててくれた両親が、揃って息絶えていることだろう。
――そんな、誰しもが目を背けたくなるであろう光景を言葉もなく見つめていたのは、まだ十歳にも満たないほどの年齢であろう少女だ。
学校帰りだったのか、ぶかぶかの紺色の制服に華奢な身を包んだままでたたずむ少女は、大きな赤いランドセルを背に抱え、頭には特徴的な形の黄色い通学帽を乗せている。
「可哀想に、あの子ったらあんなに呆然として」
「あまりのことに、きっと声が出ないのね」
すっかり野次馬となっていた周りの大人たちが、同情めいた言葉を好き勝手に口にする。けれどどの言葉も少女の幼い心には響かなかったし、その小さく柔らかそうな耳に入っていくことすらなかった。
少女はただ、どんどんその勢いを増していく真っ赤な炎にすっかりくぎ付けになっていた。無意識に生唾を呑み込んでいたのか、白く滑らかな首筋が僅かに上下する。
もちろん少女は、この状況を作り出した張本人でもなければ、こうなることを想定していたわけでもない。予想外の展開に、驚きと戸惑いを隠せないのは事実だった。
けれど、それよりも……。
――あぁ。なんて、美しいのだろうか。
この情景にただ見惚れ、好奇心に駆られていく、その純な瞳の光。甘美さの含まれた、その溜息。
それらを抑える術を、そうするだけの十分な理性を、残念ながら少女は持っていない。
自らの感情は、世間一般のものとどこか違う。それをなんとなくわかっていても、自らの素直な感情を隠すには、彼女はまだ幼すぎた。
黒目がちの大きな瞳は、心からの愉悦に満ち。健康的に色づいたサーモンピンクの小さな唇は、無邪気な少女には似つかわしくない、どこか歪な笑みを刻む。
「――楽しいですか」
ふと、上からそんな声が降ってきて、少女はハッとする。この情景を遠巻きに見ている野次馬という名の大人たちしか、自分の他にはいないと思っていたのに。
顔を上げれば、二十代前半くらいの青年が立っていた。この国では珍しい金髪碧眼をもち、漆黒の燕尾服を身に纏った長身の彼は、少女の顔を覗きこむようにして眺め、柔らかに微笑んでいる。
その表情は、今までに見たことがないほど穏やかで。息が止まりそうなほどに、綺麗だった。
自分の持つものとは異なる瞳に、吸い寄せられるようにして自らの小さな黒い瞳を合わせる。青年は目を逸らさぬまま、ゆっくりと少女の傍らに跪いた。
「お兄さん、誰?」
少女が口を開けば、青年は黙って笑みを深めた。白い手袋に包まれた大きな手が、繊細な黒髪にさらりと触れる。
そして……少女の耳元に音もなく端正な顔を寄せると、吐息交じりの声でこう囁いた。
「あなた様を、お迎えに参りました」
何故、どこへ。
青年はそれらを明らかにはしなかったけれど、頭の良い少女は言外に込められた意図をしっかり把握していた。
「そっか」
真似っ子のように、自らも吐息交じりの声で答える。
「ぼくももう、死んじゃうんだ」
残念だなぁ、と揶揄するように言葉を続ける。おや、と青年は意外そうに小首を傾げた。
「あなた様は、もうこの世に未練などないのではないかと思っていたのですが」
こうして、両親による庇護から解放された今となっては……こんなにも退屈で穏やかすぎる人生に、身を置く意味などない。
こちらの事情を、どこまで知っているのかは分からないが……確かに、彼の言うことももっともだろう。
「そうだね」
少女は小さく頷く。それから不意に、えへへ、と年相応の笑みを零した。
「でもね。だからこそ……勿体ないなぁ、って思ったんだ」
この世の中にはもっと、自分好みの楽しいことがいっぱいあるはずなのに。それを見ないまま死んじゃうのは、あまりにつまんないじゃん。
心のままにそう告げれば、青年は感心したような表情になった。それから何かを思いついたのか、口元にほんの少し意地の悪い笑みを刻む。
「では、見に行きましょうか」
この世には、残酷で面白いモノがまだまだ溢れている。それらを心置きなく堪能してからでも、遅くはない。
「きっと、あなた様好みの素敵な見世物ばかりでございますよ」
「本当!?」
キラキラと瞳を輝かせ、身を乗り出してくる少女に、青年はさざ波のように静かな笑みで応じる。傍から見れば不穏でしかない提案を口にするのに、それはあまりに不自然すぎた。
しかし当の青年にも、少女にさえも、それを疑問に思う様子はない。二人にとって、それはごく自然なことだった。
誰かが連絡したらしく、消防車とパトカーが続々と到着する音が、遠くから聞こえてくる。どんどん騒がしくなっていく周りとは裏腹に、二人を包む空気はいっそ怖いほど落ち着いていた。
「わたくしと共に、この世の思い出旅行と洒落込みましょうか」
恭しく差し出された白い手に、紅葉のようなふくふくとした手がそっと重ねられる。
まばゆいばかりの光が辺りを包み込んだかと思うと、そのまま二人は忽然と姿を消した。