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メレダイヤモンド  作者: 鈴の宮みつき
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捨てる神ありゃ

色々な二人の色々な愛の形を描いていきたいと思います。基本的にハッピーエンド。

気ままに不定期更新の予定。どれかお気に召しましたら幸いです。


まず第一段は、彼氏の裏切りどん底スタート。王道です。

 泣きながら部屋の中のものをゴミ袋に入れていく。

 ペアのカップ、灰皿に、直樹のパジャマ、替えの下着にネクタイワイシャツ。

 そういやこのクッション、直樹がふざけて買った悪趣味柄だったっけ。こんなの勿論、処分処分。

 ベッドを見ると思い出す。何度ここで二人で愛し合ったっけ?

 もうベッドごと捨ててしまいたいぐらいだけど、買い替えるだけの予算もなく。

 でも悔しいからマットレスと枕と掛け布団類、カバー類は全てゴミだゴミ。

 食器棚を見てしまった。くそう、この食器で直樹にご飯作ってあげたんだっけ。ふざけんな! 食器もカトラリー類も全部廃棄だ。

 お風呂場にも、玄関にも、トイレにまで、部屋に転がり込んできて同棲していた直樹の思い出と痕跡は一杯あって、そのたんびに泣けて来る。


 なんで私が泣かなきゃならないんだ。そもそも浮気したアイツが悪い。アイツなんかのために流す涙がもったいないっつーの。

 なんでよりによって、この部屋で浮気するのかな? どうせだったら私の見えないとこでしろよ。


 噂には聞いていたけど、まさか自分がそんな修羅場の当事者になるなんて思いもよらなかった。

 アイツも彼女も半裸で部屋から放り出してやったし、部屋中に散らばった服は土砂降りの雨の中、窓の外に捨ててやったけど。

 でも、そんな程度の仕返しじゃ私の気は収まらない。


 そりゃさ? 最近私も仕事が忙しくて直樹のこと構ってあげられなかったよ?

 でも、仕事だもん。直樹だってそうじゃん。お互い様じゃん?

 つーか、やっぱり二人とも仕事を言い訳にして互いから逃げていたのかもしれないな。

 だから、アイツが彼女──直樹と同じ部署の後輩だ!──とそんな仲になっていることすら気づかなかったんだ。


 直樹とは同期。今は同じフロアの別部署に勤務してる。

 そして昨日の彼女は、今年私の後釜として異動してきた後輩。営業の直樹のサポートをしている。

 彼女だって私が直樹と付き合ってるって知っている。よく「あんな素敵な彼氏がいるなんて羨ましいですぅ」と、猫なで声で媚びて来ていた。

 それが結局媚びでもなんでもない本音で、虎視眈々と私の位置を狙ってたってことなのかよって、夕べよくわかったつの。


 そうかよ、やっぱり女の敵は女。健気で可愛い後輩だって私も思って、隣の部署だってのに色々手伝ったりしてあげたことは全て仇で返すのね?

 そんなことやってるから、自分の仕事にもしわ寄せが来ちゃって、おかげで夕べの体たらく。

 ばかだばかだばかだ。私ったら、莫迦だ。莫迦すぎる。


 私に手伝ってもらったって直樹には一切言わず有能な後輩を演じていたのも知っていた。

 利用されてるのも分かっていたけど、でも誰かが教えてあげなきゃあの子は成長出来ないし。直樹には言えない、負担になりたくないって泣かれたら、手伝ってあげたくなるじゃない。教えてあげたくなるじゃない。

 だって元々私がやっていた仕事なんだし? 引き継ぎが不十分だったんだって思ったら、アフターフォローしてあげたくなるのが人情だよね?


 私のこと可愛いって好きだって言ってくれた直樹は、同じ手で同じ口であの子を抱いて、あの子に愛を囁いていた。

 私をさんざん抱いた私のベッドにあの子を連れ込んでいた。

 宿泊研修の最終日、思ったより早く終わったからと一日早く急いで返って来たら──


 また泣けて来た。それにしてもどれだけ泣けるんだろう、自分?

 泣きすぎて、もう声も出ないし、腫れた目が痛い。

 このまま脱水症状で死んでしまったらどうなるんだろ──?

 いやいやいや。誰が直樹なんかのために死ねるかっつの。


 自分の思考の中に沈んでいた私は、けたたましくインターホンが鳴りまくり、玄関の扉が激しく叩かれているってことに全く気づいていなかった。


 な、何? 何が起こった?

 半ばパニックに陥りながらも、慌てて玄関に向かう。

 覗き穴から覗いてみると、男性らしき人影。

 まさか直樹の逆襲? 背筋にぞわわって寒気が上って来る。


「どなたでしょうか?」


 ドア越しに声を掛けてみる。泣きすぎてしゃがれた声が我ながら痛々しい。


「すみません。隣に引っ越して来た者ですが」


 直樹じゃない。その事実に安堵するも、律儀に挨拶に来たらしい隣人に、この泣きすぎて腫れ上がった醜悪な顔を晒したくはない。


「はあ」


 とりあえず、なんとも間抜けな返事をする。


「ご挨拶と、お願いがあって伺ったんですが」

「はあ」

「顔を見てお話ししたいので、ここを開けて頂けませんか?」


 その時、私は直樹のことがあってまともな思考ができなくなっていた。

 通常ならドアチェーンもせずに扉を開けるなんてこと考えられなかったし、見ず知らずの男性と口をきくことすら憚られた。

 でも、しつこいようだけど、まともな思考回路がゼロだった訳で。私は言われるがままに泣き腫らしてむくんだ醜悪なすっぴんのまま、扉を開けたのであった。


「たかちゃん?」


 はい?

 私のことたかちゃんと呼ぶのは、この東京にいるはずもなく。

 地元のごく限られた少数の人間しかあり得ない訳で。

 私は、しばしの間その男の顔を見つめた。

 うわ。かっこいい!! 多分年下だけど、めっさかっこいい!!


「オレだよ、オレ!」


 って、今時振り込め詐欺だってそんな言い方しやしないっての。


「京介だよ、京介!」

「は?」


 京介だとう?


「たかちゃん、何でここにいんの?」

「いや、それを言いたいのはワタシであって」


 京介――能上京介のがみきょうすけ

 三軒隣に住んでいた、当時小学生のたしか7コ下。

 丸いくるくるした目ではしっこくて、愛嬌たっぷりの悪ガキ。

 て言うか、アンタあの京介なの?! たしかに当時から将来が楽しみな顔立ちで、密かになんとかJr.顔負けの、ご近所オバサマアイドルだったけど。

 黒髪短髪、きりりと目元も涼しい美青年。でも、笑うとくしゃっと顔が崩れて、愛嬌を覗かせる。

 絵に描いたような好青年じゃん。くはあ。上手く育ったなあ!


「オレは大学受かったからこっちに来たの。そっかー、隣がたかちゃんかよ? 変わってねーなー」


 と嬉しそうに破顔する。


 いや、全く普段の人相とはかけ離れていますから。

 さっき洗面所で歯ブラシを捨ててる時に鏡を覗いちゃったら、あまりの面相の違いに愕然としたんだから。

 顔はむくんでるわ、目は腫れぼったいわ、髪はボサボサだわ。

 それにアイツとの思い出が残る服をことごとく捨ててしまったから、首の伸びた汚いTシャツ着ていたりする訳で。

 絶対に知り合いには見せられない酷い様相だったりするんだよ。


 そりゃさ? 地元からこっちに出た時かなり痩せたよ。10キロ以上。

 化粧だって頑張ったし、ファッションだって垢抜けた、はず。


 そうかー、崩れすぎて昔の顔に戻ったってこと?

 って、なんじゃそりゃ。


「たかちゃん、これ引っ越し蕎麦。食って? それとさお願いがあったんだけど……って、たかちゃん引っ越すの?」

「いやー。あははは」


 私の背後の惨状が見えたのだろう。

 そりゃ、あんだけ物凄いことになってたらそう見えるよね?


「ちょっと、模様替え?」

「あ、それでか! あんまりにも凄い音でお願いってか文句?言おうとここに来たんだよ」


 物凄い音!!

 こりゃ失敬! ここの壁の薄さを忘れていたよ。

 隣が空いてる角部屋だから、今まで物音なんか気にしていなかったから。

 うん、煩かったよね?


「ごめん……」

「まあ、オレも引っ越して来たとこだから、今後色々迷惑かけると思うし、お互い様だけど」


 そう、にこっと爽やかに笑う。

 それにしても。京介、大きくなったねえ。あの生意気なガキンチョが今じゃすっかり爽やか青年じゃないスか?

 背も高いし、スポーツやってるのか体格もいいし。くしゃくしゃって微笑まれたら、その辺のお嬢さんたち目がハートよ?

 私が地元を出る時って──7年前か。まだランドセルをしょっていた可愛い男の子だったのに、今やすっかり素敵な美形。おねいちゃん、びっくりだよ。


 18で地元を出た私も、今や25。短大出て仕事も5年目。ようやく色々と面白くなって来て、夢中になっていたら──いや、もう、その話は。


「たかちゃん、オレ手伝おうか? 上がっていい?」


 って、もう勝手に上がってるし。部屋に入って行ってるし。


「何、これ袋に入れてきゃいいの? っていうか、捨て過ぎじゃね?」


 みるみる作業が進んでいく。雑誌類に本や漫画もどんどんひもがけ。ゴミだと私が言ったものは分別しながらどんどん袋の中へ。

 私がともすれば思い出の中に入り込んで手を止めていたのが嘘のよう。

 30分もしないうちに、カーテンまで綺麗に無くなった私の部屋は、清々しいまでにすっからかん。


「いやー、いい仕事した、自分!」


 京介は鼻歌でも歌いそうなほどの上機嫌で最後のゴミ袋を結んで、率先してどんどんそれらをベランダへと持って行った。

 昨日とは打って変わって晴天。明日の収集までベランダ待機で問題ないだろう。


「たかちゃん、飯食った?」

「いや、まだ」

「じゃ、蕎麦食う?」

「食べる」


 鍋釜までゴミに出した私の部屋では自炊すること能わず、誘われるままに京介の部屋へとお邪魔してお昼をごちそうになり、ついでに買い出しに付き合ってもらって(なんと京介は車持ち! 兄の彰のお下がりらしいけどそんなことは問題じゃない)日用品から、食料品までごっそり買って。

 いやー同棲生活長いから、結婚に備えて貯金していてよかったよ。それでも思っていた以上の出費に生活用品の支出はできるだけ少なくした。


 問題は服。ほとんど捨ててしまったから上から下まで買い直しだ。京介が一緒にあれこれ感想を言うもんだから、自然と京介の趣味に合わせたセレクトになって。(そっか、京介ってこういう品のいい可愛い系の服が好みなんだ。派手好みだった直樹と違ってちょっと新鮮)

 ランジェリー売り場にまでついて来た時はさすがに断ったけど、彼氏と勘違いした店員に強引に引き止められ、褒めそやし唆され、照れながらも京介が選んでくれたものを何点か買ってしまった。(いや、京介が選んだものが“たまたま”私も好みだったってだけ)


 スプリングコートで誤摩化してたけど、だるだるTのままの私は店員さんに断って着替えさせてもらった。靴ももちろん履き替えるし。

 ついでに化粧品も新作を買ってみる。直樹に見せたことのない口紅とかシャドーをと思っていたら、全く似合わない古臭いものしか手元になかったし。ついでにしっかりメイクも直してもらった。

 さすがに、目の腫れも顔のむくみも収まって来ていたし。


「誰?」


 京介が唖然としている。


「私だけど?」


 憮然として答えたら、みるみる京介の顔が赤くなる。


「え? え? え?」


 さっきまで、ノリノリで私と喋っていたのに。ウキウキと買い物に付き合っていたというのに。

 オマイこそ誰だよ?と言いたくなるほど、京介は挙動不審でアワアワしている。


「さっきまで泣きすぎて顔がむくんでいたの。涙で目も腫れていたし。服も手持ちのものほとんど捨ててロクなの残ってなかっただけ」

「──たかちゃん。なんだよね?」


 真っ赤な顔して上目遣いでぽーっとしてる。

 なんなの? この可愛い生き物。美形のくせに可愛いなんて反則だよ!


「昨日、オトコと別れたの。今までのもの全部捨てて、上から下まで京介好みで統一してみました。どう?」


 ちょっとした悪戯心。

 さっき店員にカップル扱いされて悪乗りして彼氏を演じていた京介を逆にからかってみる。


「たかちゃん……可愛すぎ。オレ……」


 目を潤ませて私を見つめる京介にくすりと笑って、私はほっぺにキスをする。

 瞬間、フリーズした京介ににんまり微笑む。


 可愛い。

 さっきまでどこの好青年だよ?って思うほどの変貌にこっちが驚きっぱなしだったけど、こういうところは年下だよね?

 高校出たての大学生。背は高くなったし、体つきもがっしりして、声も低くなって魅力的になったけど、まだまだ子供。ウブな反応が私のS心を刺激する。


 くふふって笑ったら、ちょっとムッとする。口を尖らせるその顔まで可愛い。

 私はそっと京介の腕に手を絡ませ「そろそろ帰ろっか? ダーリン?」と悪乗りのままからかったら。

 「覚えてろよ」と、不服そうに呟いた京介にぐいっと引き寄せられて肩を抱かれた。


 ふわりと、男性的な匂いがして、瞬間私の奥に潜む女が首をもたげるのを感じた。

 ヤバい。京介に男を感じるなんて!


「早く帰ろ?」


 どちらからともなく囁き合って、駐車場へと向かう。


 その後それぞれの部屋に別れようとしたところ、強引に京介に拉致され、ベタベタに愛を囁かれて、半ば強引にキレイに食われてしまい、しかも買った荷物は京介の部屋に全て持ち込まれてなし崩しに同棲に持ち込まれ。あっという間に自分から彼氏と名乗るようになり、しかもマメに会社にまで迎えに来たりもするもんだからあっという間に社内でも有名になるし。今やお荷物社員に成り下がった後輩彼女と派手に別れた挙句、よりを戻そうとしつこく言い寄ってきた直樹に対して、示威行動で返り討ちなんかもしちゃったりして。しまいにはお腹にもう一人いる私と一緒に里帰り。


 国立旧帝最高学府を優秀な成績で卒業した年下くんは、大手弁護士事務所でエリートコースまっしぐら。元々私が初恋の相手だったって言うし、初めての女だっていうし、色んな意味で私好みに染めてみたりして。しかもモテるくせに私の過去を知ってるせいか絶対浮気しない一途な可愛いオトコだったりする訳で。



 要は、捨てる神ありゃ拾う神あり。世の中って上手く出来ている。

 そう言うお話です。





- FIN -



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