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第四章〜深読〜

 反逆者テュレイトであるラスターに遭遇した雄二と綺羅。

 彼女の後を追い、テュワーのアトミックとしてラスターを抹殺しようとする二人だが……?

 スカイラットについてからもう既に十分。

 料理はまだ来ていないが、雄二達がえらく遅い。やっぱりあれは雄二の力と何か関係があるのだろうか?

 雄二が急いで追いかけていったところを見ると、殺気を放った正体はテュワー関係者、もしくはテュワーの対立者ということになるが。

 いや、可能性としては後者の方が高い。

 前者。テュワー関係者なら仲間のはずだし、俺に疑われる様なタイミングで追いかけていかずとも、後でいくらでも会うことが出きるはず。それに、二人が振り向いた時のあの顔、ただ事ではない様子だった。

 後者。テュワーの対立者なら、急いで追いかけていくのは当たり前、だよな。

 それに、この際雄二達がテュワー関係者で無いという考え方は捨てた方がいい。

 東京から引っ越してきた、綺羅という人物と動いている、謎の“武力的”力を持っている、という時点でほぼ決まった様なものなのだが。

 いや、今はこんなことを考えているときじゃないんだ。

 これからの雄二と綺羅への接し方、態度。そしていつ――

 俺が、雄二の力に関して気付いたかを伝えるか。

 考えなければいけないことは山ほどある。

 それに、雄二と綺羅が帰ってきたときの態度も一応考えておかねば。

 二人は一体、何処へ行ったんだろうか。



 ガラスの割れる音、地面を蹴る音。

 廃墟となった工場の中を、三つの陰が跳びまわっていた。

 一つは、赤い線で模様が入ったダークスーツを身に纏う幼い顔立ちをした少女、ラスター。

 一つは、黒一色で統一された半袖のシャツと長ズボンを履いている少年、雄二。

 そして、長い黒髪を後ろできちんと束ね、少しばかり鋭い目をした少女、綺羅。

 ガラスの破片、鉄が地面に衝突する音が響き渡る。

 とそこで、三つの陰がふと動きを止め、お互い息を上げることも無く、鋭く睨み合ったまま対峙する。

 ラスターが不敵な笑みを浮かべ、腰に手を当てる。

「お兄ちゃん達、まあまあ強いね。それにそっちのお姉ちゃん、まだ力使ってないでしょ?」

 綺羅は彼女に指差されると、威厳たっぷりに言い返す。

「あんた、だてにテュワー抜けてないとかいったけど……全然弱いわよ?」

 それにラスターがふうとため息をついて、首を振る。

「挑発は効かないよ。テュワーで習ったよね? それとも、“ブサイクな”お姉ちゃんには、そんなことも分からないのかな?」

 それに、綺羅の表情が曇る。雄二はラスターを見据えたまま、口を開く。

「綺羅、分かってるな?」

 それに綺羅は曇った表情のまま、ゆっくりと頷いた。

「挑発、でしょ。私への三大禁句、ブサイクを発動した限り絶対あいつをぶっ殺す。でも大丈夫、冷静よ」

 しかし、雄二には分かっていた。綺羅が完全に冷静さを失っていることを。

 綺羅はテュワーでいくら教えこまれていようと、少しでも侮辱されたらこうなる。

 キレれば冷静さを失う。冷静さを失えば、瞬発的な判断能力が落ち、死を招く。

 だからここは――

「おいラスター、なぜお前は俺達に戦闘を持ちかけてきたんだ?」

「え? 襲ってきたのはそっちでしょ?」

 そこで雄二は目を伏せる。そう、話して時間稼ぎをする。おそらくラスターは綺羅が冷静さを失っていることを見抜けていない。

 時間を稼げば、少しは冷静さを取り戻すはず。

 雄二は横目で綺羅が動き出さないのを確認すると、そのまま話を続ける。

「いいや、お前は途中で隠していた気配を俺達の近くで一気に放ち、俺達にわざわざ気付かれる様なまねをした。理由がわからない。テュレイトであるお前はテュワーに見つかることを恐れ、アトミックである俺達と接触することだって普通は避けるはずだ。日本にいるアトミックの九九パーセント以上は、テュワーが保有しているからな。それとも、俺達がテュワー機関員でないアトミックとでも思ったのか? だとしたら間違いだ。俺達はテュレイトなどではない。俺達はテュワーの――」

 とそこでラスターはくすっと笑って、雄二の言葉を遮る。

「よく喋るね、お兄ちゃん。そんなに喋るから分かっちゃったよ……そっちのお姉ちゃん、私がブサイクって言ったから、怒ってるんでしょ?」

 それに雄二は冷や汗を流して、身構えた。

 彼はただ、ラスターを詮索する様なことを少し長めに言っただけ。

 ただそれだけ、ただそれだけなのに。

 バレた。

 ラスターも体制を低くして、身構える。

「図星だね。時間稼ぎなんてさせないよ。大丈夫、すぐ楽にしてあげる」



――テュワー日本本部十四階人材教育部

 影山は自分の部長室にあるデスクで、ERCCに情報を打ち込んでいた。

 今回新しく入関した人物の学歴、技能など。

 “海下楽斗”の情報を入力し終わったところで、彼は背伸びして小さくうめき声をあげた。

 それから椅子に深く腰をかけ、疲れたため息をついた。椅子を回転させ、わずかに光が差し込む広い窓の方向へ向き、東京の町並みを見下ろす。

 電球で装飾された家電量販店の大きな看板、大きな十字路を走っていく大量の車、店や地下鉄を行き来する人々――

 吐き気がした。

「誰のおかげで平和な日々を暮らせていると思っている……」

 テュワーがあるからこそ日本は平和なのだ。

 なのに国民はこちらの苦労も知らずに、本当に身勝手なものだ。

 普段は、テュワーがあるから、防爆壁があるから日本は安全だ、と思っている。

 しかしいざ問題が起これば、これはテュワーのせいだ、自分達は悪くない――

 だから彼は人が嫌いなのだ。

 とそこで、扉がノックされる音がした。

 影山はデスクに向き直り、入れ、と言った。

 扉が開き、眼鏡をかけ鋭い目つきを持った女が入ってきた。

「高崎です」

 高崎は片手に一枚の書類を持って入ってきた。

「あぁ……三日前、説明会の時にアトミックは原子です、なんていった目立ちたがり屋か……その目立ちたがり屋がなんのようだ。媚びでも売りにきたのか?」

 影山はデスクに膝をついて、嫌味たっぷりに言い放った。

 彼女は表情を一瞬むっとさせるが、そのままデスクに近寄り、デスクに書類を叩きつけた。

 そこには彼女の写真と、人材教育部配属という文字が並んでいた。

「ほほう」

 影山は彼女の顔を見上げてみる。挑戦的な瞳をしていた。

「私は司令部ですが、人材教育部に一時配属されましたので、お知らせを」

「そうか、ご苦労。これからよろしく。それじゃあ早速だが命令だ」

 それに高崎の瞳が一瞬光る。仕事がもらえる、という期待の光。

 しかし、影山は低い声で言い放つ。

「その書類を持って、すぐさまこの部屋から出て行け」

 高崎はそれを聞いて硬直するが、すぐ不服そうな表情になると書類を荒々しげにつかんだ。

「失礼します」

 怒りを抑えた声音で言い、高崎はそのまま扉へと向かう。

 その背中へと、影山は更に言葉を放つ。

「最後に。私はお前が嫌いだし、お前の能力にも期待していない。そこのところ、踏まえておけ」

 それに彼女は鋭い瞳で振り返ると、感情を抑え切れていない少し大きな声で影山に言い返す。

「絶対負けません。いつか貴方の……上司になってみせます」

 言い残すと、彼女は扉を閉めて出て行った。

「……演技は疲れる」

 影山はそう言うと、椅子に再び深く腰を掛けた。

 ああいうタイプは相手のことを憎めば憎むほど、それを越そうと必死になるものだ。嫌われ役になるのはあまり望ましくないが、人材教育部部長としての責務はちゃんと果たさねば。

 高崎将子の教育、彼がこなす仕事の一つだった。

 海下楽斗の教育もその一つ。

 とそこで、ノックもなしに扉が開き、子供っぽい声が響いた。

 噂をすればなんとやらだ。

「影山さぁん」

 半泣きの海下がいた。彼はとぼとぼとデスクに向かってくる。

「ど、どうした」

「それがですね、僕ハッキング部なんですけど、今日入ったばかりなのにいきなり部長さんに怒られちゃったんですよ。なんでお前はそうドジなんだ、書類整理くらいしっかりしろー、ってね。それから休憩時間になるまで、ずっと叱られてたんですよ、一時間も!」

 それに影山は苦笑した。

「そりゃ部長もちょっと悪いな。一時間も部下を叱る暇があったら仕事をして欲しいものだ」

「もう、あのおっさん困りもんですよ。ハッキングじゃなくて、ERCC整備とかを勉強すればよかったぁ」

「時すでに遅しだ。ところで、何用だ?」

 海下はその言葉を聞き、腕を組んで口を膨らませた。

「ぷんっ、影山さんは、物忘れが激しくて困りもんですね。今日、十一月七日昼食休憩の時に、アトミックの訓練風景を見せてくれるって言ったじゃないですか」

 影山はふと思い出した様に、あうっ、とうめいた。

 海下はため息をついて、半眼で影山を覗く。

「図星なんですか。本当に物忘れ激しいんですねぇ。思い出したんなら、休憩時間もあまり長くないですし、早く行きましょうよ」

「あ、あぁ分かった。準備しよう……」

 影山はごまかす様に言葉を濁らすと、立ち上ってERCCの電源を切った。



地下一二階――

 二人がエレベーターを降りると、そこは白一色で統一された光溢れる通路だった。

 地下十二階とは思えないほどの、明るい通路は一本道で、十メートルほど先に扉があった。

 海下が、歩き出す影山の、スーツを引っ張って止めた。影山は目を細くして振り返ると、なんだ、と言った。

 海下は扉を指差しながら、おどおどして答える。

「なぁんか、物凄い殺気が溢れてるんですけど」

「おいおい、アトミックの気配はアトミックにしか読み取れないんだぞ。お前、アトミックなのか?」

 影山は珍しくバカにした様に笑むと、前方に向き直って歩き出す。

 海下は影山の一言で一瞬立ち止まるが、顔をしかめてすぐに歩き出す。

「もう、影山さん冗談が過ぎますよ」

「ははは、すまんすまん。まあ、人間でも勘が鋭い者や、第六感が優れている者なら、少しくらいは読み取れるらしいからな。お前はそれだろう」

「ふ、ふーん……」

 海下は腕を組んでまだ少し怒ったまねをするが、少し嬉しそうな表情をしていた。

 それを見て、影山も少しだけ微笑み、少しだけ、昔の海下のことを思い出した。

 大学時代の時から全く変わっていない。頭は良いくせに、妙に子供っぽくて、世話を焼いてやりたくなる奴。もう少し大人になればいいのに、という気持ちと、もう少しこのままで馴れ合っていたい、という気持ちとが混在してしまう様な奴だ。

 ふと顔を上げると、すぐ目の前に扉が待ち構えていた。影山は寸前で立ち止まった。

 扉はよく見ると、厚そうな鉄製の扉で、中央辺りに『CLOSE』と、小さな電子掲示板に記されている。扉の上には、小さな黒い監視カメラがついている。

 突然頭上から、機械を通した女の声が響いた。

<関員手帳を提示し、目的、行き先を指定ください>

 影山は懐から、テュワーの紋章が刻まれた関員手帳を取り出した。

 海下も慌てて取り出し、カメラに向かって関員手帳をつきだした。

<関員手帳確認完了です>

 影山は関員手帳を懐になおしながら答える。

「目的、戦闘訓練の視察、行き先、第五視察室」

<目的、行き先、了解しました。第七視察室への道筋は、地面の発光線にしたがっておすすみください>

 甲高い機械音が響いたかと思うと、『CLOSE』と記されていた電子掲示板の文字が、『OPEN』に変わった。分厚い扉は独りでに動き、奥へ進む道を開いた。

 途端、海下が感嘆の声を上げて、開いた扉に駆寄る。

「うわっ、かっこいい! なんだか本格的にTOUAって感じになってきましたね!」

「なんだそりゃ……」

 影山はげんなりして首を振る。

 海下はいまだ興奮した様子だが、影山はそんな彼の横を通りすぎて扉の中へ入っていく。

 それに気付いたのか、海下は再び慌てて彼の後を追って歩き出した。

「あ……これが発光線ですね」

 扉の中の通路は、外の通路と違って薄暗く、海下が地面に発見した発光線以外、光源は無かった。

 道筋は十数本に分かれているが、一本の道の発光線だけが光っている。

 この道が正解と言うわけだ。

 彼らは発光線に従って、その道を進んでいく。

 しばらく歩くと、また扉が前方に出現し、機械を通した女の声が響く。

<関員手帳を提示してください>

 影山は懐からすぐさま取り出し、扉の上についていたカメラに向ける。

「またですか……」

 海下も、愚痴をこぼしながらも関員手帳を取りだし、カメラに向けた。

<確認完了です。そのままお進みください>

 扉が先ほどと同じ様に自動で開き、中から光が溢れた。

 中に入ると、左手に大きなガラスウィンドウ、右手にふかふかのベンチが幾許か並べられているだけの、質素な部屋だった。壁紙も無柄である。もっと右を見れば缶ジュースの自動販売機と灰皿が置いてあった。

 海下は部屋に駆け込んで、すぐさまガラスウィンドウに顔を押し当てて中の様子を覗きこむ。

 影山も中に入り、落ち着いた様子で右手のベンチへと腰掛け、足を組んだ。

「か、影山さん、これって……」

 ガラスウィンドウにかじりついたまま、海下は息を呑む。

 影山はタバコを取りだし、それにライターで火をつけながら顔を上げる。

「第五視察室は、一番見晴らしがいいからな。ここからなら、この第三実戦闘訓練スペース全体を見渡せる。どうだ? アトミックの戦闘は」

「……なんで殺し合っているんですか?」

 海下が見た光景は、訓練スペースいっぱいに広がる密林の中を跳躍するアトミック達だった。

 そのアトミックの数、密林の高い木から飛び出しているものだけでも五十は居た。

 そうなると、木の下で姿が見えない者も含めると二百はゆうに越えるだろう。

 なぜ、全部で七つもある訓練スペースの内のたった一つに、これほどのアトミックが……? 海下はそういう疑問を抱いていた。

 それに、やつらは殺しあって――いや、腹が切られて血は出ているが、死んではいない様だ。

 影山は白い煙を吐きながら答える。

「正確に言えば致命傷を与えているだけで、殺してはいない。海下、陸軍編成の数え方は分かるか?」

 話題が唐突に変わった印象を受けたが、海下は正直に頷いた。

「はい。小さい方から、小隊、中隊、大隊、連隊、旅団、師団です。あっ……てことは、今戦ってるのは、旅団対旅団ってこと?」

「そういうことだ。分かりが早いな。師団ではあまりにも数が多すぎるので、旅団で実戦闘訓練を行っているということだ」

 少し沈黙が流れ、影山が煙を吐く息遣いだけが視察室にこだました。

 しばらくすると、海下もガラスウィンドウから離れ、影山が座っている席の横に、神妙な面持ちでついた。

「どうした、そんな顔して」

 影山がふと彼の顔を覗きこんで、そう聞いた。

 海下はなにかためらいながらも、重い口を開く。

「もしかして、ですが。負けた方の旅団は――」

 その言葉を聞いて、影山は少し目を細めて彼の顔をじっと眺めた後、前方に向き直って、疲れた様に煙と共にため息をこぼした。

「必要無しとみなされ、処分される」

 海下は悲しげな表情で、悲しき死の舞台を見下ろした。

 影山は表情を崩すことなく、ライターの蓋を閉じたり開いたりしていた。

 再び沈黙が、流れた。



「やっぱりお姉ちゃん、怒ってたんだね」

 ラスターは前方に並ぶ、傷だらけの雄二達の姿を見て、にやりと笑いを浮かべた。

 案の定、綺羅はキレていて、全くお話にならなかった。

 雄二が攻撃を防がなければ、完全に二人は終わっていただろう。

 雄二は口から流れる血を、袖で大雑把にふき取って、ラスターを睨みつけた。

「お前マジで、だてにテュワー抜けてない様だな……」

 雄二の言葉に、ラスターはふっふんと胸を張る。

「でしょでしょ? 私、お兄ちゃん達よりずっと強いんだからぁ」

 だが雄二はその言葉を、鼻で笑った。それを見ると、ラスターは目を細めて、何よ、と言い放った。

「俺達よりお前が強いだって? お前、ピント外れだな」

「はぁ? そんな傷だらけで、何言ってるのよ」

「ニ対一でこんなにもお前が俺達を圧倒しているのは、何故だと思う?」

 ラスターはあごに指を当てて、えーと、と悩み始める。

 待ちきれない様に、雄二が口を開く。

「テュレイト相手に俺達の本当の実力を見せるのは、危険だと判断したからだ。だが……お前の力量はもう見極めた。お前が十人いても、俺一人に勝てない」

 そういうと、雄二は別段身構える様子も無く、すたすたとラスターへと歩み寄り始めた。

 その、あまりの余裕ぶりにラスターは流石に感情を抑えきれなかった。

「バカにして……私のほうが強いんだから!」

 ラスターは、歩み寄ってくる雄二へ向かって飛び出す。彼女の動きは無駄が多すぎた。

 怒りで、本当の実力が出しきれていない。

 だが――

「本当の実力を出したとしても、勝てるんだけどな」

 突っ込んでくるラスターに向かって、雄二は立ち止まり、握り拳を作った右手を向けた。

 ぱっと拳を開いた瞬間、雄二の体の周りに長さが一メートルほどある針状の鉄が五本現れ、ラスターに物凄いスピードで向かう。

 舌打ちをして、彼女は自分の心臓を的確に狙ってきた一本目を、右に跳んでかわす。

 だが、跳んだ先には二本の針が、タイミングを見計らった様に跳んできていた。

 ラスターはすかさず、上空に跳躍した。左の方に目を向けると、そちらでも二本、針が空をきっていた。どちらに跳んでも、針で攻撃できる算段。

 彼女は内心ほっとしながら、雄二に視線を戻す。すると、彼は既に攻撃の態勢に入っていた。

「や、やばっ」

 ラスターは急いで地面に拳を向ける。

「遅い」

 雄二は指をきっちりそろえて開いた両手の平をぱんっと合わせた。

 刹那、空中で移動が出来ないラスターの両脇から、鉄の刃の様が二つ現れ、彼女へと迫る。そして、彼女の胴体をぴたっと挟みこんだ。

「あっ……」

 ラスターは声にならない悲鳴を上げて、胴体から真っ二つに分かれて地面に落下する。まるで、紙がはさみで切られるかの様だった。二つの胴体が地に触れた途端、散乱していたガラスの破片が彼女の鮮血と共に、派手な音を立てて飛び散った。

 彼はそれに近寄っていき、そして哀れんだ瞳で見下ろす。

「相手が悪すぎたな」

 雄二は最後に、亡骸に鉄の柱を放って粉々に吹き飛ばした。



 もう二十分……

 注文したチャーハン大盛り三つ、雄二と綺羅の分まで食べちゃった。怒られないかな……まあいっか。

 それより、あまりにも遅い。本当にやられてしまったのか?

 それとも、あれはテュワーの仲間で、重要なことを伝えられているとか?

 いや、それならあの別れ方は不自然過ぎる。

 背後から突然膨れ上がった殺気、あの二人の顔、そしてこれだけ長い間戻ってこないこと――

 敵に遭遇し、戦闘になっていると簡単に推測がつく。遭遇というより、あいつらが追っていっただけだが。

 だが、そうなるとますます雄二に着いていきたかった。

 雄二の力、それがどの様なものか見極めることが出来たかもしれないからだ。

 戦闘になれば、雄二はあの力を使うだろうし、もしかしたら敵も使ってくれるかもしれない。

 だとすれば、いくつか候補が挙がっている、あの力の正体もどんどん限定していくことが出来る。

 今考えている中で一番有力なのは――

 “原子を創造する力”

 魔法なんてものがあるとは考えられないし、原子なら何も無いところから突然生まれたりすることもある。宇宙空間では、常に起こっていることだ。

 それに、創造できるのが鉄限定なら、そこまで軍事的に使えると言うわけではなく、テュワーに飼われていると言うのも納得できない。

 しかし、原子創造の力ならどうだ?

 物質とは原子の組み合わせによって構成されている。

 それなら、原子自体を創りだし、組み合わせればどんな物質も無から創造することが出来る。

 どう考えても、軍事的力だ。金を生み出して大金持ちになろうと考えるものもいるだろうが。

 もしや、防爆壁も原子創造の力なのでは……そんな考えがふと頭に浮かんだ。

「やあやあ、食いしん坊の浩一君」

 突然の呼びかけに、俺はばっと顔を上げた。

 そこには、傷だらけの雄二と綺羅がいた。

 ――やはり戦闘だったのか。でも、ここは二人を心配する倉田浩一だ。

「ど、どうしたのその傷?」

 俺はおろおろした様子でうろたえながら聞いた。さあ、どう返事をする?

 綺羅はどさっと椅子にもたれ掛かり、店員を呼びとめて水を持ってくる様にいった。何故か、怒っている様にも見える。

 雄二も小さく微笑んだまま、座って俺に返事をしてきた。

「まああれだよ、トイレに突然二人同時に行きたくなって、近くの店の中にあったトイレには入れたのはよかったんだけど、俺が大の方しててさ、二十分も綺羅を待たせちゃって、大喧嘩して二人ともぼろぼろってわけさ」

 ははぁ、トイレに突然行きたくなって、と言うのがいきなりいなくなった訳にするつもりか。トイレに行くのに、あの形相か。笑っちゃうね。

 大喧嘩したというので、綺羅が怒っている様に見えたとしても不自然じゃないと思わせるつもりだな。

 雄二にしちゃ……まあ上手い。少々矛盾はあるがな。これが嘘だと言うことは分かるが、一応俺はふーん、と相づちを打っておいた。

「あぁ、くらくらする、あぁ、くらくらする」

 何故か雄二が突然そんなことを平坦な声音で言い、頭を抑えながら立ちあがってふらふら歩いた。何をする気だ?

 と思っていたら、突然横に座ってきて、俺の膝に頭を乗せて寝転がった。

「浩一の肉マクラー」

「肉って言うな……!」

 雄二は、振り払おうとする俺のズボンを両手でつかんで、ごろにゃーん、と鳴いていた。

 それを見た綺羅は、血相を変えてこれまた突然、机の下にもぐりこんで俺の股の間から顔を出した。

「えぇと……倉田君の肉」

「いや……どう反応すればいいのか……」

 とにかく離れろ、って感じで俺は下半身を振りまくって二人を離そうとするが、二人は、ごろにゃーん、とか言ったり、ニクニク、とか言ったりして離れる様子は無かった。

 うーん、何がしたいんだこの二人は。これじゃあ、下半身振るってる俺まで変態に見られるじゃないか。

 とそこで、綺羅の動きが不意に止まった。俺はちょいと見下ろしてみると、綺羅は俺の服の中に頭を突っ込んでいた。

「お、おいっ!」

 何故か、服の中から感心した様な声が響いてくる。

「素晴らしいお腹ね。ふっくらしているわ。これなら、お尻もでかいでしょうね」

 お、お前何を――

「え、俺にも見せてよ!」

「いいわよ」

 俺の腹は見せもんじゃねぇ、という心の叫びもむなしく、雄二は俺の服の中に頭を突っ込んできた。

「うぉぉぉっ! こりゃ運動不足だなぁ」

 ……正直なコメントをありがとう。

「というわけで、ぺろぺろぺろ」

 効果音着きで、突然雄二は俺の腹を舐め出した。おい、これじゃあマジで単なるエロマンガみたいだからやめてくれ。

 俺は雄二に、服越しに一発げんこつを入れる。

 彼は頭を抑えながら、服から顔を出した。

「上半身が嫌なのか? じゃあ、下半身を――」

「上半身の方がマシじゃ!」

「あ、じゃあまたお腹を」

 なんてことを、あっさりと言い放つ。

 も、もう付合いきれない。周りは見てみぬふりして、完全に変態扱い。あぁ、死にたいよ……

「とまあ冗談はこれくらいにして」

 雄二と綺羅は、何事も無かったかの様に、元の席に着いた。ぶ、ぶっ殺すぞ?

「で、なんでチャーハンの皿が三つあるのに、それは全て空っぽなんだ?」

 雄二が聞いてきた。ん? 雄二はバカか?

「え、そりゃ見れば分かるじゃん。俺が食ったの」

 遅いお前等が悪いんだもん。目の前に餌があれば、犬はいくらでも食べるだろ?

 だが俺の言葉を聞いた雄二は、腕を組んでじーっと俺の顔を見つめてきた。

 ま、またゲイ現象発生か?

「やっぱり、大食いだからデブなんだな」

「いや、デブじゃないし」

 うん、俺はデブじゃないよ。顔だって、こんなにクールな顔なんだからな。

 雄二の横から綺羅も叫ぶ。

「そうよ、倉田君はポッチャリ系よ!」

「だから、ポッチャリでもないし」

 俺はポッチャリじゃないぞ。外見はこんなにもスマートなんだからな。

 雄二は少し考えてから、横目で綺羅を覗く。

「おい綺羅。浩一ってば外見が痩せてるからって、自分がスマートだと思ってるぜ」

 うぉ、凄い読心術。まあ、事実そうなんだからな。

 よく言われる。顔は普通なのに体とギャップあるんだね、って。これは、体は太っているという事か?

 綺羅も俺の顔をじーっと眺めてくる。

「外見は痩せてるかもしれないけど、もう私達は倉田君のお腹を見ちゃったからね」

「黙れ」

 いつ終わるか分からぬ喜劇が続く中、俺の苛々は募っていくばかりだった。



 影山と海下は第五訓練所を抜けると、急ぎ足で食堂へと向かう。

 向かう途中、エレベーターの中で海下はふと口を開いた。

「あのー、アトミックは“原子を具現化する力”を持っているんですよね?」

 影山は腕を組んで、頷いた。

「じゃあ……何故アトミックは人よりも優れた力を持ちながら、テュワーに従っているんです?」

 彼の言葉を聞いた途端影山は、はっとなって目を見開いた。そして、海下の顔を睨みつける。

 その反応を見て、海下は続ける。

「だってそうでしょ? 原子を具現化する力を持っていれば、どんな兵器を人間が使おうと、金とかダイヤモンドとか、そういう超固いものを具現化して、防御すればいい話なんですから。ましてや、人間がナイフや拳銃で応戦するのは自殺行為もいいところ。人海戦術をしようにも、アトミックの絶対数があまりにも多――」

 そこで、影山は海下の口を軽く抑え、言葉を止めさせた。

「教えることは出来ないし、そう疑問に思ったことも、誰にも伝えるな。お前に災難が降りかかるだけだからな」

 彼の威厳に満ちた口調に海下は気圧され、少し沈黙した後素直に頷いた。

 それから、影山は海下の口から手を離しながら、小さく失笑した。

「まさか、まだ入関してから二週間も経たない奴にここまで分析してやられるとは、正直驚きだ。大学時代の時から変わらないな、その分析力」

 その言葉を聞くと、自慢気に海下は胸を張り、えっへんと言った。

「ま、アトミックの力とその存在意義、テュワーという機関の本部軍事力などを緻密に推理していけば、簡単に辿り着けるんですよ、ふふふっ」

 自慢する海下の姿を見て、影山はまた、苦笑して煙草をくわえた。

 お読みいただきありがとうございましたー^^

 今回はかなりのシリアスタッチでいってみました。

 今章で判明しました、アトミックの力。いかがでしたでしょうか? 原子を創造する力。

 雄二は「鉄」ですから、ラスターの「ガラス」に比べれば強いですが、「金」を具現化できるアトミックと比べれば弱いという事になります。まあ物は使いようですが。


 それでは……感想お待ちしております^^

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