第二章〜騙詐〜
目覚し時計の大きな音で目が覚めた。
上半身を起こして伸びをしながらあくびをする。
上に伸ばした腕をそのまま目覚ましへと振り下ろし、音を止めてふと時計に目をやる。時刻は六時三十分を指していた。
「まだちょっと早いかな」
二階建てでそこそこ広いこの家だが、俺一人で住んでいるんだ。下におりていってもしょうがない。
俺は再びベッドへと寝転がり、目を瞑った。
だが、一度目が覚めてしまった以上、なかなか寝つけなかった。
そうしているうちに、昨日のことを思い出した。
――垣間見た雄二の力。突如として鉄を現した、あの力。
もし俺の予想が正しければ、あの力は更なる秘密を隠している。
俺はこれからあいつと上手く付合っていき、そして取り入り、あの力を束ねている国家と繋がりを持つ。
もしかしたらあいつはもう気付いていると言うことも考えられる。
俺を信用したからかなのかはしらないが、国家機密を握っていると言い、更にあの力を、国家機密情報を握っていると教えた俺に見せてしまった。
それだけで、普通はばれたと気付くだろう。
だが、ばれたと気付けば俺と親密になろうとしないはずだ。いや、その真理を逆手にとって、俺を殺そうという魂胆か?
しかしあいつに限ってそこまで考えてるとは思えない。いや、やはり国家関係者だ。そこまで底が浅いはずも無いか?
ということはあいつと付合う時は慎重に。
――って、こんなに考えても無駄か。情報が足りなさ過ぎる。
昨日、三宮に遊びに行こうと誘われ、もちろん俺は了承した。これで心おぎ無く雄二の情報が得られる。
そうすればこれからのプランもたてやすい。
ははははは、なかなか面白くなってきたぞ。
今日から大変になりそうだ。頭もだいぶ使う。もう一眠りしておこう。
俺は外出用の服に着替えながら、リビングの壁にかけてある時計を見た。
七時半、約束の時間までまだ三十分ある。これならゆっくりとしても大丈夫だろう。
服を着替え終え、リモコンへと手を伸ばしてテレビの電源を入れる。
その時、少し気になるニュースが流れていた。
<それでは、次のニュースです。TOUA総官の御堂孝三氏が昨夜未明、以前から問題となっていた防爆壁の厚さを、十メートルから八メートルへと変更すると発表しました。これはTOUA総会議で二週間も議論した上で決定されたことです。一部世論からの反発は否めませんが、これで日本の町にも希望の光が戻る事でしょう。変更は来年二一五二年の一月、つまり二ヶ月後、夜間に執り行われる予定です>
TOUAという名前で、少々引っかかることがあった――
TOUAといえば戦争開幕直後、日米協定を結ばれたとき結成された機関。日本、アメリカ、両国の軍事に対して絶対的な決定権を持つ、国家に勝るとも劣らない権力を持った機関、日米軍事決定有権機関だ。
東京に日本本部があり、俗に“テュワー”と呼ばれている。
アメリカが同盟を求めてきた理由は、日本の防衛力にあった。
ロシアが戦争を始めてすぐ、ロシアは核を保有している脅威として、北朝鮮を核爆弾で壊滅させた。
さらに、日本近畿の二府四県を核で殲滅――これによって関西弁を話す者は殆ど死んだ――
これを脅威に思った日本政府は、日本上空にあの防爆壁を張り、それに目をつけたアメリカは日本と同盟を結んだのだ。
日本は平和条約で他国に攻め込めない代わりにアメリカに攻撃を託し、アメリカは日本にアメリカ上空に防爆壁を張ってもらう。こういうわけだ。
テュワー、何かが引っかかっている……
――そうか、雄二は国家ではなく、テュワーの者か。
軍事に対してテュワーは国家よりも権力がある。雄二の力は明らかに武力。
これで、もう一つ俺の中で引っかかっていたことも解決した。
なぜ人材の数が豊富な国家は、雄二の様な力をもった者を、わざわざ小さく極めて特別な物も無いこの町に送り込んだのか。この町に何か用があるとしても、雄二の様な特別な者を送りこむはずがない。雄二がどういった存在なのか分からない俺にでもそれくらいは理解できる。
そこが唯一引っかかっていた。しかし、人材があまり多くないテュワーならどうだ?
特殊な力を持ったものを送り込めば危険な任務だろうと死ぬ確率が下がるし、力を持っていない一般人より送り込む人数が少なくて済む。
テュワー関係者か。もっと早く気付くべきだったな――
その時、ベルの音が鳴り、天井に設置されたスピーカーから機械の声が響いた。
<訪問者です。未登録の方で御座います>
雄二か? このインターホン、一度来たことある人ならインターホン押した時の指紋で登録した人の名前言ってくれるから便利だけど、初めての訪問者の名前を言ってくれないのはちょっと不便だよな。
俺は壁に組み込まれている機械に手を伸ばし、電源を入れる。すると画面に家の前の様子が映し出された。
インターホンの前に雄二と、見覚えのある女が居た。二人は楽しそうに喋っている。
俺はとりあえず、雄二のデータを機械に入力した。こうすれば、これから雄二が来たことが分かる。
小さめのバッグを肩にかけて、靴をはき、急いで外に出た。
「よっ」
雄二が俺に笑いかけながら、軽く片手を上げた。俺も愛想笑いをして手を振った。
「おはよ」
俺は返事をしながら、指を扉の中心に当て、鍵を閉めた。
そして石造りの階段を駆け下りて、二人の元についた。
俺が雄二に話しかけ様とすると、先に雄二が隣の女子を指差しながら話す。
「こいつ同じクラスのフォ……綺羅、知ってるよな?」
ん? 今言葉が詰まったような……
そういえば、雄二と同時期に転校してきた女子が居たな。
もしかしてこいつもテュワーと関係ありか?
綺羅は両手を中心でそろえて、軽くお辞儀をした。
それから顔を上げて、穏やかな表情で俺の顔を覗いてきた。
「浜野綺羅です。喋るのは初めてね、倉田君。私も一緒に行くことになったの、よろしく」
「あ、うん。よ、よろしくね」
俺は彼女から目をそむけて、思わず早口で言ってしまった。
女子の前ではどうも緊張して舌が回らなくなってしまうという、忌むべき悪癖は改善しなくては。
それに気付いたのか、雄二がにやにやと笑ってきた。
「おいおい浩一、綺羅の前では恥ずかしいのか? 綺羅、もてもてだなぁ」
それに綺羅は顔を赤らめて、くすっと笑った。
「私の美貌に悩殺されたのね、うふっ」
彼女は人差し指を俺に向けて、バーン、と言った。
これが世間一般で言う冗談という、やつ……なのか?
まあ馬鹿は無視だ。今この時点で雄二と綺羅の関係をある程度知っておかなければ。
綺羅は雄二と同時期に転校してきた。そして今、一緒に行動している。これだけで綺羅が雄二、テュワーと何か関わりがあることは否めない。それにもし二人が繋がっているのだとしたら、綺羅が雄二と同じ様な力を持っていると考えられる。だが、テュワーはそんなに人材が多いわけでもない。こんな小さな町に、特殊な力を持った者が二人。明らかに不自然だ。だとしたら綺羅の方は力を持っておらず、雄二の補佐的な役割をしている。そうとも考えられる。
ならば綺羅の存在は大きい。力を持っている雄二にテュワーや力のことに関して聞こうと思っても、雄二が力を持っている限りなかなか聞き出せないだろうし、そこまでバカとも思えない。
しかし綺羅ならどうだ。雄二より口は固そうだが、綺羅が力を持っていないのだとしたら? 脅しでもいい。多少手荒なまねをしてもいい。拷問をするのならば、雄二より断然簡単に聞き出せる。力を持っていないから、反撃される心配が無い。
現時点では分からないからなんともいえないが、綺羅が力を持っていればかなり好都合だ。
今は雄二と綺羅の関係を聞き出すのが先だが、今訊くのは不自然か? 駅のホームでトイレに行くから着いてきてくれ、なら疑われる心配は無い。初めての友達で俺が雄二と本当に仲良くなりたいと思っている、という演出にもなる。
よし、とりあえず今は駅へ向かおう。
「それよりも、早く駅行こうよ」
「そうね、こんなところでのろのろしてたら電車乗り遅れるかもしれないし」
「行くか」
二人はあっさり俺の提案を受け入れて歩き出した。俺も二人の跡を追って歩き出した。
今日はどうやら晴天の様だ。まあ、あの防爆壁がある限り曇りと同じ様なものだが。
――ちょっと喋ってみるか。
「あのさ、今日のニュース見た? 防爆壁の厚さ変更」
それに二人は、あー、と叫んで俺を同時に指差してきた。
「見た見た、俺見た!」
「私も見たわ!」
いちいちうるさい奴らだな。俺はため息が出そうになったが、途中で止めた。
雄二が腕を組んで、少し真面目な表情になる。
「そもそも、もっと早く防爆壁を薄くすりゃよかったんだよ。十メートルもあったら、地上が暗くなるのくらい分からないのかな? しかも日光を遮るだけで紫外線とかは降ってくるから、日焼けしなくなるとかは無いし、本当不便ばっかりだよな」
ほうほう、紫外線は遮れないのか。肌が白い人があまり多くないのは、そういう訳か。バカなのに、よくしってたな。それとも、テュワー機密情報なのに口が滑ったとかか? ちらっと綺羅の表情を覗いてみたが、挙動は感じられなかった。動揺が無いということは、機密情報ではないということだな。それとも演技か?
ってどうでもいいか。
「ERCCで調べる?」
俺がリュックから銀色に光るノートほどの大きさの機械を取り出すと、二人は大声を上げて食いかかってきた。
「倉田君、ERCC持ってるの!?」
「えっ、あっうん……」
「高かったろ!? 噂じゃ三十万はするって聞いたぜ?」
「いや、これは五十万したよ」
『はぁっ!?』
二人がまた同時に大声を上げた。まあ、驚くのも無理無いな。
今世の中は戦争で、どんどん景気が悪くなっている。だから物の値段が安くなってて、五十万といっても昔の値段でいえば百万はするらしい。
しかし、ERCCはそれくらい便利なもので――
無線ラン内臓で、日本のどこにいてもインターネットにアクセス可能、画面は最先端の電子技術とやらで空中に浮かび上がっている。そのうえ、電子反応によってその浮かび上がっている画面をタッチするだけで操作が出来る。テレビや、テレビ電話機能もついてるし、設定さえすれば最新ニュースをいち早く届けてくれる。更に更に、防水耐熱加工、強化プラスチック外装……どんな状況にでも耐えられ、重さはたったの百グラム。俺の最高ともいえるお供だ。小学生のお供、「ランドセル」とはわけが違う。
彼らは羨ましそうにERCCを見てくる。ははは、そんなに見たってあげないよ。
「じゃ、じゃあさっきのニュース調べてみろよ」
雄二が腕を組んでいった。もしかして、これが偽物とでも思ってるのか? そんなの画面を起動すれば一発でわかることだろ。
俺が電源を入れると、途端にデスクトップ画面が起動した。それに二人は感嘆の声を上げた。
「や、やっぱり本物だったんだぁ」
「本物見るのは初めてよ、私」
二人はまた羨ましそうにERCCを凝視する。えへへ……まあ、こういうのも気持ちがいいもんかな……
俺は歩きながら片手でキーボードに文字を入力していき、昨日のニュースを調べた。
「防爆壁厚さ変更に関して、アームズTVがこれに賛成か反対か、緊急世論調査をした結果が載ってるよ。賛成が69、反対が31。賛成に投票した人の主な要因は、日本を明るくして欲しいから、反対の方は危険だと思うからやめてほしい……俺は断然賛成だけどね」
二人は俺を挟み込む様に両脇から画面を覗きこんで、興味深げに頷いた。おい、おしくらまんじゅうみたいなことをするな。キモいだろ。
二人はふむふむと頷きながら画面を覗いたままで、一向に離れる気配を見せない。
流石にいらいらしてきた。この怒りが爆発する前に、二人を離さないと……
俺はERCCの電源を突然切る。刹那、思ったとおりの展開になった。
鼓膜が破れんばかりの大きな悲鳴が双方から上がる。本当に単純バカな奴らだ。行動パターンが見え見えだよ。
「見てる途中だったのに!」
「倉田君、ちょっとひどいわよ!」
はぁ、本当にため息がつきたい。ここまで息のあっている人間は見たことがないよ……今日は雄二と綺羅詮索よりも、二人と普通に話す方が大変になりそうだ。
三十分かけて、やっと駅についた。三宮行きの電車がくるまで、あと六分ある。
駅はいつもよりひっそりとしていて、人はあまり多くなかった。石造で二階建て、横には駅よりも少し大きめの会社があり、ほんの少し高級感漂う駅。俺達はその中のあまり大きくないホームで切符を買っていた。切符を買い終わると俺達は改札を通り、プラットホームへ向かう。その途中、俺はズボンを抑えながらじたばたする演技をした。実に健気な少年の如くな。
「ちょ、ちょっとトイレ。雄二も一緒に行かない?」
雄二、ここで断ればぶっ殺す。こんな恥ずかしい演技までするなんて、初めてなんだから。
「お、いいぜ。綺羅は待っとけ」
期待通りの返事。内心安堵の息をつきながら、俺と雄二は急いでトイレへと向かった。
時間が惜しい。トイレに向かう途中でも、俺は構わず雄二に質問する。
「綺羅とどういう関係なんだ?」
あまり疑われない様に、俺は雄二をバカにする様に笑いながら言った。こうすれば大抵の中学生は、恋人か何かと思われていると想像する。
しかし雄二はなにか包み隠している様子でもなく、あっけからんとした表情で俺の顔を見てきた。
「彼女さ」
ぶっ……ここまでストレートに、恥じらいも見せずにこういうことを言われると流石に笑える。
でも、嘘なんだろ? 分かってるさ。だから、こういう質問を続けていけば綺羅の秘密に繋がるものが見えてくるんだ。
しかし、聞ける質問は最高でももう二つか三つくらい。雄二は俺に力を見られたことくらいは気付いているはず。そんな相手が、自分やその同時期に引っ越してきた者の詮索をする、これは自分の力への詮索、並びに自分が持つコネクションへの詮索へと繋がることになる。
それくらい雄二でも分かるはずだ。雄二が分からなかったとしても、綺羅には分かるだろう。綺羅の方はそこまで馬鹿とも思えない。いや、思いたくない。馬鹿コンビをテュワーが二人も送り込むなんて、あり得ないからだ。
更に言えば、綺羅という人物が居る時点で、俺は最低限出来る質問の数が更に減ってしまっているということになる。
綺羅が力を持っていないにせよ、雄二同様テュワー関係者なら彼よりも今後厄介な存在となる。だがもし、綺羅が力を持っていないのだとしたら、彼女は必要――
いや待て。なぜ普通の女がテュワーという機関に入っている? どう見ても綺羅は知能が高い方に見えないし、少し雄二に似たタイプでもある。
十四歳という若さでテュワーに入っているのもかなり珍しい。特殊な技術を持っている様にも見えないし、人材を厳選するテュワーに限ってこんなに普通の女を勧誘するとも思えない。
だとしたら。“綺羅は力を持っている”。それしか考えられない。いや、テュワー関係者だという前提がそもそも間違っている可能性だって――
……考えたって無駄だ。今は疑われない程度まで、最大限に秘密を引き出す。雄二が力を持っていること自体は確実なんだ。
俺達はトイレにかけこんだ。俺はさっさとよをたしたが、彼を横目でちらっと見るとなんとズボンを下まで下ろしているではないか。これに俺は一瞬思考回路が停止してしまうが、自分の使命をはたと思い出す。俺はけつ丸出しの雄二に声をかける。
「綺羅と付合ってるって、前住んでたところも同じってこと?」
雄二はズボンを引っ張り上げながら、俺の顔を見返してくる。そしてまた忌憚のない声で、あっさりと言い放つ。
「うん、前は東京に住んでたんだけどな。一緒にこしてきたんだ」
これが嘘でないとすると。東京からきたと言うことから、テュワー日本本部がある東京にいたと言うことになり、雄二がテュワー関係者ということは更に濃厚。同時に、綺羅と引っ越してきたということは、彼女もテュワー関係者である確立がますます高い。手を洗いながら、彼に最後の質問をする。
「なんで二人そろって引っ越してきたの? 親が居るなら、恋人だからなんて理由で一緒にこしてこれるはずないじゃん」
その言葉にほんの少しだけ雄二の表情が歪んで、すぐに元に戻った。彼は俺から目をそらして、洗っている自分の手をじっと見つめる。
「親が居ないんだ、俺も綺羅も」
やっぱりな。でも、そんな悲しそうな声出したって同情しないよ? 俺とお前はうわべの友達であって、敵でしかないのだからな。だが、この質問は秘密を引き出す為にしたわけじゃない。雄二の心を掴むためだ。
俺はその言葉にはっとして、雄二の顔を唖然と見つめる。
「お前……も?」
雄二はゆっくりと頷いた。よし、今のところ演技は見破られていないな。
俺は手についた水を振り払って、少し間を置いてから壁に背中からもたれかかった。
「なんで言ってくれなかったんだよ」
俺がそう言うと、雄二ははっと顔を上げた。鏡越しに真剣な眼差しで見つめてくる。よし、ここで優しい一言をかければ。
「友達だろ? それに俺、嬉しかったんだ。いままでどんなに求めても、誰も友達になってくれなかった」
本当は求めたことなんてないんだけど。
「でも、雄二は友達になってくれた……嬉しかった。だから、嘘なんて嫌なんだ」
俺嘘つきまくってるのに、ちょっと笑える。
「悩みでもなんでも聞くからさ。嘘なんてやめてくれよな……友達なんだから」
こういっとけば、テュワーのこと自白してくれたり?
口と心が全く一致していない。あぁ、吐き気がする。なんでこんな馬鹿の為にいちいちこんな演技をしなければいけない。思うが、必要な事だ。我慢しなければ。
雄二の目にはうすく涙が浮かんでいた。テュワーにいたからずっと友達が居なかったくちか? ならば更に有効的。雄二の心は鷲掴みだ。
それに嘘をつかないと言わせることで、自白の可能性も少しだけ出てくる。まあ、これはあまり期待しない方がいいが。
よし、最後の仕上げ。俺は雄二に微笑みながら、背中を軽く叩いた。
「彼女に泣き顔見せちゃ駄目だろ? さ、涙拭いて早く行こ」
雄二は俺に笑顔で振り向いて、浮かぶ涙を右手で拭った。彼は笑顔を保ったまま、頷いた。
――成功。雄二から秘密を引き出すと共に、信頼を手に入れた。これで今日から雄二にどんどん踏み込んでいける。
雄二とこれからも友達……テュワーに入るまでは。
――TOUA日米軍事決定有権機関 日本本部
東京にあるテュワー日本本部。外装のコンクリートはなめらかな白で塗られ、優美な雰囲気を漂わせている。天へ伸びるビルは、周りに建っているどのビルよりも高く、広い。
その中にある、会議室。有に百人は入るであろう部屋の中に整然と、長いデスクが幾許か並べられている。前方のスクリーンにはTOUAの紋章が映し出されており、そしてスクリーン前に議長席が置かれている。
今、この会議室にある全ての席は人で埋まっていた。その者達が着込んでいるのはテュワー機関員の正装である、聖職者を思わせるダークスーツ。
ざわめく空気の中、最前列の男が勢いよく手を上げた。議長席に座る、五十代後半という感じの、目をぎらぎらさせた男が彼を指名した。
最前列の男は書類に目を向けながら立ち上って、意見を述べ始めた。
「皆さんもご存知のとおり、防爆壁はどんなに薄くしようが厚くしようが、防爆力に変化はありません。それに防爆壁を張っている“ソムニア”に命令さえすれば、今の防爆壁より強固かつ薄い防爆壁を張ることもできます。奴が命令を素直に受け入れればの話ですが――」
それにあちこちから怒声が巻き起こる。
「それができないから困っているのだろう!」
「それに、国民の不安はどうなる!」
「そうだ! 防爆壁が予定より更に薄くなると分かれば、薄くなっても防爆力が下がらないということを知らない国民からは、反対の声がまきおこりますぞ!」
そこで、前方のスクリーンに映し出されていたTOUAの紋章が突然消え、“テラ”という文字が映し出された。
それに会議室の視線は一斉にスクリーンへと向けられる。
<皆さん、落ち着いてください>
頭上に設置されたスピーカーから、機械で変換された様な、低い声が会議室全体に響き渡った。それに全員が黙りこくる。またあの声が響く。
<今回の議題、防爆壁の厚さを予定より更に薄くし一メートル前後にするとの意見でしたね? 皆さんのご意見を参考にして、私が後日結論を発表させていただきます。日時については、日本総官の方から指示が出されると思うので、それに従ってください>
スピーカーが切れる音がするとともに、前方のスクリーンもTOUAの紋章に戻った。呆然と座り尽くす機関員達を見て、議長が即座に声を張り上げた。
「それでは、本日の議会はこれにて終了とさせていただきます。アメリカ機関員の方は十二階司令室にお集まりください」
不服そうな表情をして、機関員達のほとんどが立ち去った。
ひっそりとした会議室には、もうまばらにしか人はいない。スクリーンも真っ白で何も映し出されていない。
残っている者達の中に、タバコをふかし、デスクに腰をかけて話している男が二人いた。
眼鏡をかけ、近寄りがたい雰囲気を出している男の方が、もう片方の、どこかまだ幼い感じを残している男に問う。
「どうだ海下。初めてのテュワー総会議の感想は」
海下と呼ばれた男は、頭に手を当ててぺこぺこ頭を下げながらいう。
「影山さんの言ってた通り、なんだか自分は特別なんだ、と少し感じましたね」
それに影山はおもわず微笑して、そうだろう、という感じで頷き、眼鏡を押し上げてタバコの煙をはいた。
海下は更に、興奮した様子で続ける。
「それになんだか皆さん、とても凄かったです。問題に対してバシバシと討論しあってて……影山さんは特に」
最後の言葉が付け足す様な感じで、それにまた影山は思わず笑ってしまう。
彼はタバコを灰皿に押しつけながら返事をする。
「海下もあれくらいに発言できる様になればいいな。それならば、テュワーの秘密もある程度教えられるのだが」
「え、秘密ってなんですか?」
海下は目を輝かせて、影山に迫る。だが彼はそんな海下を片手でうっとうしそうに払って、ため息をつく。
「発言できるようになってからと言っただろう? そんなに慌てるな。いつか分かる時がくるさ」
「ふーん。じゃあ、あれは誰ですか? あの、スクリーンから声だけが聞こえてきた“テラ”という人物は。これも秘密?」
それを聞いて、影山の表情が一瞬曇るが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻ってタバコを一本、また引き出してライターで火をつける。
タバコを吸って、煙をふかぶかと吐きながら、彼は返事をする。
「テュワーの最高責任者は、日本総官の御堂孝三、アメリカ総官のJ・クリフト・ローランス。世間一般ではそういわれているが、本当は違う」
鈍い海下は、意味がわからず首をかしげる。それにまた彼はため息をついて、彼の顔を見つめなおす。
「テュワー、裏の最高責任者。全機関員に命令を下せ、アトミックに対しても絶対的に指令権を持つ唯一の人物。それが“テラ”だ」
またお読みいただき、ありがとうございました。
今回はかなり世界観を広げてました。
TOUA、綺羅、テラ……など。
一章一章に色々な展開を用意していますので、どうぞご期待ください^^
では、また会いましょう。さようなら。