第5話~追憶~
誰よりも早く沈黙を破ったのはリーガンだった。
「ちょっ、それってどういうことですか!?」
リーガンは怒りを隠そうともせずに言った。
「私達も認めたくはありませんが、これは紛れもない事実です」
「一体どうして……?」
ミリアリアが顔面蒼白で呟いた。
「それは自分から説明しよう」
「学院側の事情ですか?」
「鋭いな、イシュタール。まさしくその通りだ」
「でも、どうして?」
「ワンダーさん、不思議に思うでしょうけど、どうしてこの話を貴方達にするか分かりますか?」
「あたし達に関係があることだからだって言うの?」
ミリアリアの言葉にアンが頷いた。
「その通りです。貴方達、入試の日のことを覚えていますか?」
すると、ゼロとリーナを除く三人は苦い顔を浮かべた。
*****
その日リーガン・ギュンターは心配する両親に見送られて家を後にした。
今日は聖アストラル学院の入試の日である。リーガンは無事合格出来るだろうかと心配しながら、学院に向かった。
学院の近くまで来ると様々な制服を着た入学生達が見えてきた。この場にいる学生全員がライバルかと思うと、気分が憂鬱になってくる。それでも、足を止めるわけにはいかない。夢にまで見た聖アストラル学院なのだ。
(なんとしてでも合格しなきゃな!)
などと一人心の中でガッツポーズをしつつ、校内に足を踏み出した。
*****
(ここが俺の席か?)
受験票を何度も確認して間違いないということが分かったので、その席に座る。
只席を探すだけだというのに随分と気疲れしてしまった。
(まだ試験も始まってないってのに……)
心の中で溜息をつき、受験勉強しながら試験開始を待つ。
「ちょっと、そこあたしの席なんだけど」
なんだ……と思いながら顔を上げる。そこには一人の女子生徒が立っていた。
どこかの学校の制服を着ており、肩まで伸びた橙色の髪にそれなりに整った顔立ちをしている。
その彼女がこちらに向かって言ってきた。
「ねぇ、聞こえてる? そこ、あたしの席なんだけど」
「お前こそ何言ってるんだよ。ここは俺の席だぞ。受験票を良く確認してみろ」
そう言うと面倒くさそうな顔をして、受験票を確認した。
「あっ、ホントだ!」
「だから言ったじゃねえか。で、席何処だよ」
「えーと、55番だからそこね」
そう言って彼女が指差したのはすぐ後ろの席だった。
「だから言ったじゃねえかよ。もしかしてお前めちゃくちゃ緊張してんの?」
「う、うるさいわね! そうよ!緊張してたのよ! なんか文句ある!?」
「お前少しは声押さえろよ。周りが見てるぞ」
すると、周りの視線に気づき顔を真っ赤にした後腰を下ろした。そしてリーガンは後ろを向くと、今度はひそひそ声で会話する。
「お前、もう少し周りに気い遣った方が良いぞ」
「そのことについては気を付けるわよ」
未だ頬を染めたままで言った。
「お前、なんていうんだ」
「何、入試の時に口説いてくるの? やらし~」
「違うっつーの! そんな事したことないわ!」
「冗談よ冗談。あたしはミリアリア・スレイブよ。ミリーでいいわ」
「おう。俺はリーガン・ギュンターだ。リーでいいぜ」
自己紹介をし合い、話をしてみるとお互いに驚くほど馬が合うことが分かった。
「それにしてもあれだよな。こうして見てると皆俺より勉強できる風に見えてくるな」
「ホントよね~。実際、出来るんだろうけど。でも、逆に考えると、他の人も私達をそういう目で見てるってことよね」
「いや、さっきのごたごたで、絶対舐められてると思うぞ。俺達」
「それ、言えてるかも。馬鹿騒ぎするんじゃなかったわね」
そんな話をしながら笑い合っていると、リーガンの机に影が差した。その影を見上げると一人の女子がこちらを見ていた。
紫がかった銀色のツインテールに、ミリアリアもそうだが10人中8人は振り返るであろう容姿をしている。
「そこ……私の席」
「えっ!また!」
何故入試の今日に限って何度も席を間違えられるのか。リーガンはいないはずの筈の神を呪った。
「受験票見直して見てよ。さっきこいつも席を間違えたんだよ」
「それ本当?」
「そうよ。こいつがいると何故か間違えるのよ」
「そりゃどういう意味だ!」
「……本当だ」
「で、何処なんだ。まさか前の席なんて言わないよな?」
リーガンは空いている前の席を見て、嫌な予感を覚えた」
「53番。本当だ。あなたの言った通り。もしかして、未来予知魔法?」
「いやいや、俺にそんな超高等魔法使えると思う?」
「……思わない」
そんな二人を無視してミリアリアが訊いた。
「あなた、名前は?」
「私はリリー・ワンダー」
「俺はリーガン・ギュンターだ」
「あたしはミリアリア・スレイブよ、よろしくね」
「ま、よろしくと言ってもみんな高い競争率を争うライバルな訳だけどな」
「けど、みんなまとめて入学できると良いわね」
「無事入学出来たらよろしく」
その後は、始まるまでに少しでも勉強しようということになり、三人で勉強をしていた。
受ける入試内容は一般科目の文学、数学、歴史である。専門科目の魔法理論、魔法戦闘理論、魔法薬学の中から二科目選ぶことになっている。
筆記が終わると次は実技で、やることは主に三つ。
一つ目は保有魔力量の確認。
保有魔力量が多ければ、規模や質にもよるがそれだけ多くの魔法が扱えることになる。これは専用の装置を使って調べることが出来る。
二つ目は魔法演算領域の確認。
魔法演算領域が大きければ、複数の魔法を並列演算で発動することが出来る。テストはどれだけ同時により多くの魔法を発動できるかを調べるものである。
三つ目は魔法操作能力のテスト。
これは言葉そのままの意味で、魔法を正確にコントロールする技術のこと。テストでは、一定以上離れた所から指定された的に攻撃魔法を当てることで判断する。
この総合評価に基づき、E~S組への組分けが決定する。
ある程度範囲の確認が終わった頃、教室に担当教師らしき人物が入室してきた。異常な程背が低い、というのが第一印象だ。桃色のショートヘアーにくりっくりとした黄色の目が相まって、驚くほどの童顔だ。背もとても低く一目で妖精族だと分かった。
「はい、皆さんお勉強はそこまでにして下さい。今から出席をとります」
という流れで出席を終え、緊張感に満ちた沈黙の中、入試は開始した。
*****
「あ~やっと終わった!」
それが全ての試験が終わってからのリーガンの最初の一声だった。
「ホントよね~。筆記なんて全然分からなかったわ」
「実技は出来たの?」
「うん、実技はなんとか。普段からやってることだったからね」
「それは私も同じ」
前後からも解放された声が聞こえる。
「やっぱり名門は違うな。他のところも予備として受けてるけどよ、こっちのほうが断然難しいぜ」
「そりゃそうよ。簡単だったら苦労しないわ」
「……難しかった」
そんな会話をしながら校門を出て、人気の少ない裏通りを歩く。
話をしながらだったせいか、前方不注意になっていたリーガンはそのまま誰かとぶつかってしまった。そんなに勢いはなかったが、ぶつかった両者共に尻餅をついてしまう。
「いってぇ。すみません前を見てませんでした!」
「貴様……何処を見て歩いている!」
反射的に謝ったリーガンに対して相手は声を荒げる。
短く切った緑色の髪に吊り上った眉、髪と同じく緑色の眼は怒りで煮えたぎっている。
どうやら高貴な家の者だったようで、どこからともなく現れた三人の黒服の男達の肩を借りてる。
「お前ら、坊ちゃんに対してなんてことを!」
黒服の一人が声を荒げる。それに便乗してか、他の男達も次々に罵声を飛ばしてきた。
だが、それを黙って聞いていられるほどリーガンも気は長くない。
「ああ! 前を見てなかったのはそっちも同じじゃねえかよ!」
「黙れ、ぶつかってきた貴様が悪いんだろうが! 俺を誰だと思っている! 俺はガートン侯爵家のレイブン・ガートンだぞ! 道を譲らないほうが悪い!」
「侯爵家が何よ! あんたは侯爵家に生まれただけで、侯爵本人じゃないでしょ! 思い上がってんじゃないわよ!!」
「その通り。あなたは只侯爵家に生まれただけ。それ以上の価値なんてない」
「貴様ら……」
リーガンは今日初めて会ったにも関わらず、自分のために目の前の男を糾弾してくれる二人の行動が、何よりも嬉しく感じられた。
「貴様ら、言わせておけば! お前達、あの無礼な者共に身分の違いを分からせてやれ!!!」
『はっ、かしこまりました。』
そう言うとすかさずこちらに殺気を放ってきた。
黒服の内の一人が手をかざすとその手を基点に、単純奇怪な文様を描いた魔法式が描かれ、Cランク炎属性魔法『炎弾』が放たれた。
リーガンも対魔法戦闘の訓練は受けているので、この程度の魔法はどうということはない。すぐに手をかざし土魔法属性のCランク防御魔法『土壁』を発動、『炎弾』を防いだ。すると、他の黒服達も同じ『炎弾』を放ってきた。
畢竟、リーガンの『土壁』は簡単に砕け散り、威力を残した『炎弾』がリーガンに襲い掛かってきた。
だが、この攻撃もリーガンには届かない。ミリアリアとリリーの張った水魔法属性と雷魔法属性のCランク防御魔法『水壁』と『雷壁』が『炎弾』を防いだからだ。
「ほう、学生の割に中々やるじゃないか」
「当ったり前でしょ! これでも聖アストラル学院入学目指してんのよ!」
「この程度の事は出来て当たり前。そこでただ吠えてる奴とは違う」
「お前ら! 坊ちゃんに対する侮辱は許さん。やるぞ!」
『はっ!』
リーダーらしき男が叫ぶと、黒服達はCランク炎属性魔法をBランク炎属性魔法に切り替えた。単純奇怪だった魔法式が複雑奇怪なものへと変わる。そこから、先程の大きさの10倍はあるBランク魔法『大炎弾』が放たれ、二人の張った『水壁』と『雷壁』を易々と突破してリーガン達を襲おうと迫る。
三人は思わず瞑り、目の前の恐怖から目を逸らすことしか出来なかった。
しかし、いくら待っても『大炎弾』は襲ってこない。三人が恐る恐る目を開くと、そこには一人の男子生徒が微笑んでいた。
「大丈夫ですか?」
腰まで届く銀の髪をヘアゴムで一つに纏めている。とても中性的な可愛らしい顔立ちで、身に着けている学ランは全然似合っていない。
そんな彼(彼女?)が黒服達に振り返る。
見ると黒服達も彼の突然の登場に驚いているようで、動きが止まっているが、リーダーらしき男はすぐに立ち直ったようで、彼に鋭い視線を向ける。
「お前、一体何者だ? 私達が同時に放った『大炎弾』を防ぐとは、ただの学生ではないな?」
「いえ、僕はただの学生ですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「戯言を! ただの学生にあんな芸当が出来る訳ないだろう!」
「あの程度の魔法は、防げて当たり前だと思いますが」
「……思い上がるな!お前達やるぞ!!」
彼が只者でないことを見抜き、自分一人では勝てないと踏んだのだろう。自分の弱さを隠そうとせず、仲間に救援を求めることは中々出来ない。その上、先程のやり取りで魔法では勝てないと判断し、肉弾戦に持ち込んできた。
(良いリーダーだな……)
と、彼は心の中で素直に賞賛を送った。
リーダーらしき男は下段の構えをとり、彼に向かって拳を放つ。彼は一歩も動かなかった。否、動く必要がなかった。彼はタイミングを合わせて左手を振り上げた。ただそれだけだった。
パァン!
左手はリーダーらしき男の顎を打ち抜き、5メートル以上吹っ飛ばした。男は道路に激しく身体を打ち、そのまま仰向けに気絶した。
『ゲイロンさん!!』
その光景を見た黒服達は逆上して彼に襲い掛かった。
一人目は回し蹴りを放ったが、彼は逆にその足を掴み横に軽く放ると、そのまま壁にぶつかり動かなくなった。
二人目は仲間が投げ飛ばされるのを見て正拳突きを放つもその手は空を切る。いつの間にか後ろに回り込んだ彼は、黒服の首筋に手刀をいれると、黒服はそのまま前に倒れて気絶した。
リーガン達は目の前の光景が信じられなかった。
瞬殺だった。
黒服達が倒れるまでに10秒も経っていない。自分達が束になっても敵わない相手だというのに。
ふと、侯爵家の御曹司に目を向けるとその顔は恐怖に引きつっていた。彼が御曹司に見やると一層顔を強張らせた。
「き、貴様達の顔は忘れないぞ! この雪辱は必ず果たす! 必ずだ!! 覚えていろ!!!」
そう言うと自分を守ろうとした黒服達には目も暮れずに走り去っていった。御曹司の背中を見届けていると彼が声をかけてきた。
「酷いですね。自分を守ろうとしてくれた人達を見捨てて行くなんて……」
「あ、ああそうだな。男の風上にも置けないぜ……」
「この人達、僕が警察の方に届けておきますね」
そう言うと彼はAランク風属性魔法『浮遊』を発動し、自分と男達を宙に浮かせた。リーガン達は改めて只者ではないと思った。そのまま彼が行こうとしていたのでリーガンは咄嗟に呼び止めた。
「な、なぁ、お前の名前はなんていうんだ?」
「僕ですか? 僕はゼロ・イシュタール。聖アストラル学院の受験生です」
そう名乗るとゼロは黒服達を引き連れて空へと飛び去って行った。リーガン達三人はゼロの名前を決して忘れまいと、脳の奥深くに刻み込んだ。
ゼロが去った空には雲一つ無く、三人の身体と心に向かって燦々と光を浴びせ続けていた。
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