第3話~差別~
「皆さんはじめまして。私は1年E組担任のルーナ・キャンベル。24歳の妖精族よ。これから一年よろしくね!」
というフレンドリーな一声から1年E組のホームルームは始まった。
135センチ程の身長に、桃色のショートヘアー、元気そうにピョンピョン跳ねている眉、くりっくりで黄色く大きな瞳のうえ子供体系+童顔である。身長は妖精族の中でもかなり低い部類な上、あそこまでの童顔は常軌を逸している。
「はい、今私のことを見てチビと思った人は素直に手を挙げて下さい。今なら私のパートナーのルンルンちゃんに甘噛みされる程度で済みます」
と、そこで教室に入ってきたのは体長2メートルを超える程の大きなライオンの霊獣だった。
霊獣の中でもC~SSランクにランク分けされており、基本的にサイズが大きく、凶暴な霊獣程強大な力を持つとされる。あの霊獣から感じる魔力からして恐らくAランク相当だろう。ランクが高ければその分プライドも高く、自分が見下す者には決して従わない。幻獣はその最たる存在だ。
そんな霊獣を従えているということは、ルーナ自身の能力もそれだけ高いということである。
(というか、あのサイズの霊獣に甘噛みでもされたらただではすまないでしょう)
甘噛み宣言を聞いて顔を真っ青に変えたクラスメイトはルンルンちゃんという名前を聞いて緊張を解いていた。怖いのか、怖くないのか分からない霊獣である。心なしかルンルンちゃんも気を落としている様に見える。
「さて、これから早速授業に移りたいところですが、まずは皆さんの霊獣を霊獣館へと移動させたいと思います。パンフレットにも書いてあった通り一般の授業を受けるにあたって霊獣を教室に置いておく事は出来ません。霊獣のサイズによっては、移動教室の時等周囲の迷惑にもなります。よって寂しいでしょうが今から霊獣達を霊獣館へと移動させたいと思います」
ルーナは少し寂しげに言った。自身もこれからルンルンちゃんと離れるのが辛いのだろう。周りも皆、同じ様で少し寂しげだ。
そうやって感慨に耽っていた時、ゼロの肩の上から抗議の念声が上がった。
《下等な妖精風情が我等に命令するというのか。貴様何様のつもりだ!》
《そうだね。そもそもゼロと離れること自体有り得ないし、例え離れたとしても下等な霊獣族と部屋を分かち合うなんてまるで罰ゲームだよ!》
ガイアとウリアの念話にクラス中皆驚きの表情を浮かべる。
何故なら、念話は古の盟約を交わし合った霊獣との間でしか行えないことだからである。だから、二人が飛ばした念話が聞き取れたことが酷く衝撃的だったのだろう。
だが、衝撃から立ち直ると、クラスメイト全員とその霊獣が此方を睨んできた。ガイアとウリアだけでなく、ゼロまでも。ゼロは生きた心地がしなかった。
しかし、霊獣はともかく幻獣であるガイアとウリアはどうするのだろう。
「キャンベル先生、幻獣はどこに預ければ良いのでしょう?」
「確かにそうですね。霊獣達と幻獣を一緒にしておくことは確かにお互いの精神上良くないでしょう。今から学院長にお訊ねしてきます。皆さんは少しの間待っていてください」
そう言うと、傍にいたルンルンちゃんの背に跨り走り去ってしまった。
(先生が校内を霊獣に跨って走り回っても良いのだろうか……?)
そんなことを思っていると、こちらに向いている非難の視線がまだ続いていることに気付いた。なので、ゼロは素直に頭を下げることにした。
「ガイアとウリアが失礼なことを言って本当に申し訳ありません。ほら、二人も一緒に!」
ガイアとウリアも一緒に頭を下げさせるとゼロ達に対する非難の視線が減った。全ての視線が無くなった訳ではないが、ひとまずは安心だろう。
それから、5分ほどが過ぎた頃、学院長のところに行っていたキャンベル先生が戻ってきた。
「イシュタール君、幻獣達は学校にいる間君が面倒を見ることになった」
「でも良いんですか? 僕達だけ特別扱いなんて…」
「君の幻獣、ガイア殿とウリア殿は君にしか従わないからね。仕方ないのよ」
ルーナは溜息顔で言う。
「はぁ、学院側がそれで良いのなら……」
「でも、先程のような言動は注意するように言ってくれないかしら?」
「分かりました。二人共もうああいうことは控えてね」
ゼロがそう言うと、二匹は渋々といった体で頷いた。
《うむ。ゼロがそう言うのであれば今後は自重しよう》
《でもねゼロ。ゼロが下等な人間に侮辱されるようなことがあったら、間違って消し炭にしちゃうかもね》
ゼロはその言葉に不吉な予感を拭えなかった。
*****
その後、普通授業(文学、数学、歴史等の一般教養)が終わり昼休みに突入した。
「なぁゼロ。学食行こうぜ」
「そうそう、一緒に食べよう。それとも誰かと先約ある?」
「……あるの?」
リーガン、ミリアリア、リリーが昼食に誘ってきた。だが、ミリアリアとリリーはこちらの様子に気づいたようだ。
「いえ、ガイアとウリアの食事はどうしようかと思いまして」
ゼロがそう言うとリーガンが整った眉を吊り上げながら言った。
「さっきから思ってたんだけどよ、その敬語止めにしねぇ。全身がムズムズするんだよ」
「リーの言う通りよ! ゼロ君すごくかわい……かっこいいのにモテないよ」
「……敬語やめたらモテモテ間違いなし」
リーガンは不機嫌そうに言い、ミリアリアは不穏な単語を口走り、リリーは無表情に告げた。
「うん、じゃあお言葉に甘えようかな」
「まだ堅い気がするが……ま、良いだろ」
「その方がずっとかっこいいよ」
「……素敵」
その発言が恥ずかしかったのか頬を紅に染める。
(何故リリーは頬を染めたんだろう?)
「話は戻るけどよ、そのガイアとウリアの食事はどうする気なんだ?」
そこで、呼び捨てにされたことが気に食わなかったのかその二匹は口を開いた。
《人間、我を呼び捨てにするとは余程死にたいらしいな》
《そうだね、僕達を呼び捨てにして良いのはゼロだけだよ》
ガイアとウリアが底冷えのするような念声でそう告げた。
「うお、さっきもそうだったけどホントにプライド高いのな」
「二人共、そんなこと言っちゃだめだよ。リーは僕の友達なんだから。他の人にもね」
《むぅ、ゼロがそう言うのであれば、人間すまなかったな。許せ》
《ゼロは甘すぎるよ。まぁ、それがゼロの魅力なんだろうけど》
二人ともひとまずは納得してくれたようだ。
「ねぇゼロ君、ガイア君とウリア君の食事は結局どうするの?」
「お昼抜き?」
「ガイアとウリアの食事に関しては問題ないと思うよ。二人共何でも食べるしね」
《ゼロ、その発言は非常に心外だ!》
《そうだよ! それじゃまるで下等な雑食種みたいじゃないか!》
「はは……ごめんね。言い過ぎたよ…」
そんな会話を交わしながら廊下に出ると3人の人間族の男子が待ち構えていた。
真ん中の男は茶色のセミロングに、挑発的な眉、何処かこちらを見下したような鳶色の瞳で此方を見ている。身長はとても小さく150センチ程で、高慢な雰囲気から温室で育てられたお坊ちゃんだという事が窺える。
左右の二人はその男の取り巻きのようだ。二人共顔が瓜二つ、双子の様だ。短く切った黒髪に強気そうな眉、一重の黒眼もこちらを見下した様子だ。
なんとも小物臭い集団だった。
「お前が噂の幻獣使いか?」
『うわ、俺って幻獣初めて見た!』
三人共ゼロの両肩にいる二匹を見てそれぞれのリアクションをとった。
「えぇ、そうです。僕に何か御用ですか?」
「誰もお前などに用はない。用あるのはお前の両肩にいる幻獣だ」
《……我等だと?》
《……一体何の用?》
三人組の傲慢な態度が頭に来ている様子だが、教室の一件もあって堪えてくれているようだ。
「これは……念話! 盟約を交わした種族以外に念話を飛ばせるなんて!」
「これが幻獣……」
「すげぇな!」
先程と同じく三者三様の驚きを示す。
「……お前らどこの誰だよ?」
しびれを切らしたのかリーガンが話を促した。
「ふん、本来ならお前らに名乗る名前などないのだが特別に教えてやろう。俺はA組のジオ・ライガー。あのライガー伯爵家の一人息子だ!」
と、勝手に前置きをして勝手に名乗り始めた。すると後ろの二人も便乗したのか……、
『俺達はA組のギルド・ルージンとガルド・ルージンだ!』
どうやら兄がギルド、弟がガルドというらしい。
「今日はお前がどんな卑劣な手を使ってそこの幻獣うを手懐けたのかを聞いてやりに来たのだ」
後ろの双子は黙って控えているらしい。
「卑劣な手?」
「そうだ! 常識的に考えて幻獣がお前のようなE組の落ちこぼれと盟約を交わす訳がない。お前が何か汚い手でも使ったのだろう。そうに決まっている!」
と、一気にまくし立ててきた。
そんな声に興味を惹かれたのか、なにやらどんどんギャラリーが増えていく。
「何故そう思うんですか?」
「だから言っただろう。お前がE組の落ちこぼれだからだ!」
ドンッッッッッと、
ゼロを中心に魔力の爆発が起こった。それに今まで黙っていた友人たちや三人組、ギャラリーが吹き飛ばされる。
《貴様今何と言った。ゼロが落ちこぼれだと! なにも知らない屑が何をほざく!!!》
《ゼロ、こいつら殺してもいいかな!? 僕もう我慢出来そうにないよ!!!》
「待って二人共! こんなことでいちいち暴れてたら…」
が、そこでゼロが続けようとした言葉は凛とした声に遮られた。
「貴方達! そこで何をやっているの!?」
視線を向けると、その声に違わず凛とした佇まいの綺麗な人間族の女の子がいた。
腰まで真っ直ぐ伸びた銀の髪は太陽の光を受けて煌々と輝いている。器用にも片方だけ吊り上げた眉に綺麗な空色の瞳は怒りの色を宿してなお、その輝きは色褪せることはない。
あの生徒会長セリカ・シュタインにも引けを取らないレベルの美少女である。
「もう一度お訊ねします。今ここで一体何をやっているのですか?」
先程よりも落ち着いた様子で問いただしてきた。
しかし、ゼロはその整った顔を驚愕に歪めて呆然と呟いた。
「……シェリア……」
「貴方、聞いていますか?」
幸い聞かれはしなかったようだ。
「いえ、何でもありません」
「再三にわたってお訊ねします。今ここで何をしていたのですか?」
その質問に答えようとすると、突然横槍が入った。
「そいつです。そいつが幻獣に命じて暴力を振るったんです!」
あのジオとかいう男だった。
「それは、本当なのですか?」
どうやら安易に周囲の意見を信じるようなことはしないようだ。
「馬鹿言ってんじゃねえよ! そいつらがゼロを馬鹿にしたからガイアとウリアが怒ったんじゃねえか!」
「なにを馬鹿なことを! 我々がそんなことをする筈がないではないか。リーナさんこいつらの言うことはでたらめです!!」
どうやら二人は知り合いの様だ。何故か一人称が俺達から我々に変わっているが…
「でたらめじゃねえよ! 周りに倒れてる奴ら全員が証人だ!」
「ジオさん、それは本当ですか?」
リーナがジオを見やると、ジオは思いっきりたじろいだ。
「ぐ……そ、それは……」
そこまで頭が回らなかった様だ。リーナがジオを追い詰めていた時、三人の人影が近づいてきた。
一人はセリカだ。その雰囲気はいつもの(2回しか見たことはないが)温厚なそれとは違い、鋭い怒気を放っている。
二人目は体格のがっしりとした人間族の男だ。短く切り込んだ黒髪に極太の眉、黒い瞳は見る者を震え上がらせる眼光を宿している。しっかりとした体格は服の上からでも容易に想像できる。
三人目は線の細そうなエルフの女だ。セミロングの金髪に気弱そうに垂れた眉、緑の瞳はおろおろと虚空を彷徨っている。身長は平均よりも少し低いが、それに反比例して胸は驚く程に出ている。
「貴方達、一体何があったの!?」
いきなりセリカが怒りを隠そうともせずに言ってきた。
「シュタイン生徒会長、どうやらジオさんがこちらのゼロ・イシュタールさんを馬鹿にしたのが原因の様です」
「……成程、それにゼロ君の幻獣が激高したというわけね」
「……はい、ご賢察の通りです」
リーナはセリカの余りの察しの良さに驚きを隠せなかった。と同時に、さすがは聖アストラルの生徒会長だとも思った。
「この件は、放課後にゆくっりと聞かせて貰うとしよう」
「はい。私もそれがいいと思います……」
今まで口を閉ざしていたがっしりとした体格の男が言い、気弱そうなエルフは自身なさげに言った。
「そうね……そうしましょう。貴方達の処罰については放課後に話し合うことにしましょう。
事の当事者は放課後生徒会室に来て頂戴。リーナさん一応あなたもお願い出来るかしら?」
「分かりました」
セリカはリーナが嫌な顔一つせずに承諾したことに少し驚いていたが、すぐに二人を引き連れてその場を去った。
「お前、後で覚えてろよ!」
ジオも倒れていたギルドとガルドを叩き起こした後、そんな捨て台詞を残して去っていた。すると、ミリアリアが不安げに訊いてきた。
「ゼロ君、どうするの……」
「とりあえず、行くしかないだろうね」
という事で、放課後は生徒会室行きが決定したのだった。
たくさんの方にご覧になっていただき誠にありがとうございます。
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