第2話~出会い~
ゼロは真っ赤な血に染まった四方50メートルからある部屋に一人佇んでいた。
ふと部屋を見渡して見れば、そこかしこに数えるのも面倒な数の死体が散らばっている。
(たくさん殺したな)
と、そんなことを思いながら視線を正面やや下方に戻すと白衣を血で真っ赤に染めているダリア・ガッシュという男の姿がある。
その男、ダリア・ガッシュの四肢は既になく、出血もしていない。ゼロにしか扱えない特異魔法で出血を止めているからだ。ただ、痛覚と恐怖という感情だけがその目に渦巻いている。ゼロにはその意味がただただ理解できなかったが……。
「や、やめてくれ! 悪かった0号! 私が悪かったから! 私の四肢を還してくれ! お前の魔法なら容易なことだろ、な!」
ダリア・ガッシュは顔を恐怖に歪め、そんなことを懇願してくる。
「そんなことが聞き入れられると本当に思っているのですか? 僕達兄弟にあれだけのことを繰り返しておきながら」
ゼロは淡々と無機質な機械のように言った。まるで、死刑宣告をする無慈悲な裁判官の様に。
ダリア・ガッシュはさらに叫んでくる。
「だ、だから、許されるのならどんなことでもする。私は、お前達の親も同然だろう! 頼む、助けてくれ!!!」
次の瞬間ゼロの手は一閃、ダリア・ガッシュの首を刎ねていた。真っ赤に血で染まった床に重力に従って落ちるダリア・ガッシュの首。
その男は「人造魔兵器プロジェクト」の発案者その人であった。
*****
そこでゼロは目を覚ました。
(いやなものを思い出したな)
寝起きの頭でそんなことを思いながら、視線を正面に向けると見覚えのない天井が広がっていた。
(あぁ、そういえば昨日から聖アストラル学院の学生寮に宿泊することになったんでした)
聖アストラル学院は全寮制で全ての生徒は学生寮で生活することを義務付けられている。そして、実に12棟もの学生寮があるのだ。
何故なら、E~Sのクラスごとに一つ学生寮があり、しかもそれが男女別になっているのだから驚きだ。
(一体どれだけ敷地が広いのか)
驚きを通り越して呆れるばかりである。そんな事を考えていると二匹の幻獣が話しかけてきた。
《おはよう、ゼロよ。何やらうなされておった様だが妙な夢でも見たのか?》
《そうそう、寝汗もすっごいよ。本当にどうしたの?》
「うん、ちょっと昔のことが夢に出てきて……」
《ゼロよ、昔のこととはもしや……》
《あまり気にする必要はないよ。今のゼロは昔のゼロとは違う》
どうやら二人は、気を使ってくれているようだ。だから、ゼロは言った。
「そうだね。ありがとう二人とも」
《ふ、ふん。我は礼を言われるようなことは何もしていない》
《あれ~ガイアってば照れてるの~? かわいいとこもあるんだね~?》
《うむ、ウリアよ。貴様よほど死にたいらしいな? 良いだろう、表へ出ろ。格の違いを見せつけてやる》
するとウリアは楽しそうに言った。
《わ~、ガイアが怒った。ゼロ助けて~》
そう言いながらゼロの背後に回ってガイアの方に顔を覗かせる。
「はは、二人共暴れるなら10キロくらい離れてからにしてね」
ゼロは日常茶飯事な二人のじゃれ合いに相槌を打ちながらしながら、学校に行くための支度をし始めるのだった。
*****
ゼロは聖アストラル学院への長い道のりを歩いていた。
聖アストラル学院は全寮制であり敷地内に点在しているが、決して目と鼻の先に学院があるわけではない。その距離は、クラスがS~Eへとランクダウンするごとに遠くなっている。ゼロのクラスは1年E組なので学院から一番遠いEクラス寮に住むことになる。
だが、ゼロは学院唯一の幻獣使いだからなのか、先程から非常に周囲の視線を集めている。
いや、正確にはゼロの両肩に乗って朝の一件はどこへやら……楽しそうにゼロに念話をしてはしゃいでいる二匹の幻獣へ……。
《見ろゼロよ、愚民共が溢れかえっているぞ。奴らがゼロの真価を目の当たりにし、恐れ戦く日も遠い日ではない。ははははは!》
《そうそう、ゼロの真の力を見せつければここにいる全員がゼロに跪くことになるよ!》
「二人共、そんなことしないから落ち着いて。学校には勉強をしに行くんだよ」
《むぅ、ゼロはいつもそれだな。何故自身の力を示さんのだ》
《そうだよ、そうすればゼロが下等な種族に見下されることなんて無くなるんだから》
「でも、わざわざ力を示して無駄に注目されるのも面倒だろう」
もう、無駄に注目されている気もしたが、そこはスルーすることにした。そんなことを思いながら歩いていると、こちらに歩いて来る人物がいることに気が付いた。
*****
セリカ・シュタインはゼロ・イシュタールを待っていた。
季節は3月ピークを過ぎたとはいえ、道に沿うように立っている並木には桜が花開いている。
そんな樹木の内の一つに背を預けて立っていると、ようやく目的の人物が近づいて来るのが見えた。
腰まで届く銀の髪をヘアゴムで一つに纏めている。驚くほど中性的な顔立ちをしており、細く落ち着いた眉に空色の瞳と合わせて小動物の様な雰囲気を醸し出している。全体的にほっそりしており、女子の制服を着てもまったく違和感なく着こなせるだろう。
(ようやく来たわね)
と、意味のないことを思いながらゼロへと近づいて行った。
*****
「おはようございます、ゼロ君。随分と遅い登校なのね、お姉さん待ちくたびれちゃったわ」
聖アストラル学院生徒会長のセリカ・シュタインが話しかけてきた。言葉からして、随分と待たせてしまったようだ。
ゼロ自身に非はないが、何とも申し訳ない気持ちになった。それにしても、いきなり「ゼロ君」とは、随分とフレンドリー(馴れ馴れしいともいう)な人である。
「おはようございます、シュタイン会長。何故僕をお待ちに?」
生徒会長がゼロのようなEクラスの落ちこぼれに何の用なのか?
両肩の二匹の幻獣が大人しくしてくれているうちに話を終わらせなければ……とゼロは思った。
「えぇ、昨日の入学式では悪いことをしたと思って」
満面の笑みを浮かべて言ってきた。
(絶対そんなこと思ってないですね)
昨日の一件でセリカの本性を垣間見たゼロはそう思った。
入学式で、壇上に立ったゼロに待っていたのは新入生からの質問の嵐だった。例えば、どこで幻獣と出会ったのか? どうやって幻獣に認められたのか? 何故、二匹の幻獣と血の盟約を交わして平気でいられるのか? 等々……山のような質問攻めにあった。
もっとも、幻獣族絡みの質問は一切答えなかったが……
「いえ、お気になさることはありません。それでは、もうじき予鈴もなる時刻ですので失礼します」
「そう、なら良いの。でも気を付けてね。貴方今、学校中の注目の的よ。Eクラスの幻獣使いってね」
「そのようですね」
そう。先程から、こちらを見る視線の量が異常に多い。一つは、セリカ・シュタインが生徒会長だからだろう。支持率は伊達じゃないということだ。
二つ目も、ゼロの両肩にいる幻獣への視線だろう。幻獣族は人前に姿を現すことは殆どない。幻獣族が国を興さずに隠れ住んでいるのも、他種族との繋がりを断つ為だ。それ程までに他種族を嫌い、見下している。だから、ガイアとウリアに対する視線の意味も分かる。しかし、
(さっきから、僕に対する視線も凄い。何故だろう? 僕が幻獣を連れているから? どうもそれだけじゃない気がする)
そんなことを考えていると予鈴がなった。
「あら、もうそんな時間?」
「そのようですね。それでは今度こそ失礼します」
ゼロはにこやかにそう告げて、その場を後にした。
*****
数え切れないほどの視線に晒されつつパートナー二匹と念話をしながら、ゼロはようやく1年E組の教室に辿り着いた。
中を覗くと教室には既にたくさんの生徒と霊獣がおり、喧騒で溢れている。
(少し遅過ぎたかな? 明日からは、もう少し早く寮を出るようにしよう)
そう思いながらスライド式の扉を開いた。
すると、先程の喧騒が嘘のように静まり返り教室中の視線を集めることになってしまった。そのことに、心中で溜息をつきながら自分の席を探す。そんな様子を感じ取ったのか、パートナー二匹が話しかけてきた。
《ゼロよ、気に病むことはない。皆ゼロに注目しておるのだ》
《そうそう、胸を張ってドヤ顔でも振り撒いとけば良いんだよ》
「ウリア、どこでそんな言葉覚えてきたの……」
内心では苦笑しながら、ウリアに突っ込みを入れておく。そんな念話を交わしながら席に着くと、一人の男子と二人の女子が近づいてきた。
男子は175センチ程の背丈に短く切った灰色の髪、眉はきりっと細長く、青の瞳は少年のような純粋な色を帯びている。特徴的なのは鋭く尖った耳だろうか。エルフに比べると丸みを帯びているので、恐らく人間族とエルフ族との間に生まれるハーフエルフだろう。身体付きは服の上からでも分かる程しっかりと鍛えられており、逞しい身体といえる。
女子は人間族とエルフ族のようだ。人間族は肩まで伸びている色鮮やかな橙色の髪に、少し吊り上った眉、茶色の瞳は好奇心全開といった感じだ。それなりに出た胸に引き締まった綺麗な太ももはとても魅力的だ。
エルフ族は綺麗な紫がかった銀の髪をツインテールにしており、そこからエルフ族特有の耳を覗かせる。落ち着いた曲線を描いた眉に紫の瞳は三人の中で誰よりも落ち着いている。もう一人の女生徒と比べると残念な胸をしているが身体の肉付きは少なくほっそりとしている。
そんな三人組が話しかけてきた。
「なぁ、例の幻獣使いってお前のことか?」
「何言ってんのよリー、どう見てもそうでしょうが……」
「……ミリーの言う通り」
「念のため確かめただけだろうが!」
「確かめるも何も両肩にいる幻獣族見れば一目瞭然じゃない……」
「……その通り」
男子が言い返せば女子二人掛かりで言い返す。男子の側に味方がいない以上、どちらが優位立つかは分かりきっている。
《ゼロ、何だこの姦しい連中は……》
《まるでコントを見てるみたいだ。おもしろ~い!》
ガイアが呆れ、ウリアは楽しんでいる。
「僕に何か御用ですか?」
「あ、そうそう忘れてたぜ」
(忘れてたんだ)
「やっぱりリーは馬鹿ね」
「……リーは馬鹿」
「お前らも同じだろうが!!」
というリーという男子の主張は女子に見事にスルーされた。
(ウリアの言う通り本当にコントみたいだ)
「自己紹介がまだだったわね。あたしは人間族のミリアリア・スレインよ。ミリーって呼んで」
「……ワタシはエルフ族のリリー・ワンダー。リリーと呼んで」
「俺はハーフエルフのリーガン・ギュンターだ。リーでいいぜ」
「僕はゼロ・イシュタール。よろしくね。リーさん、ミリーさん、リリーさん」
「おいおい俺らのことは呼び捨てで構わねえぜ、ゼロ」
「よろしくね、ゼロ君」
「……よろしく、ゼロ」
ゼロは幼い頃から第一に他人を疑うようにして生きてきた。この世界は嘘と欲望で溢れているから。だからというべきか、ゼロは他人の嘘をある程度見破る確かな眼を持っている。
しかし、この三人からは好奇心はあっても悪質な下心があるようには見受けられなかった。
だからゼロは作り笑顔を浮かべて言い直した。
「リー、ミリー、リリー、これからよろしくね」
その笑顔を見たガイアとウリアが思いつめた表情をしたことは誰も気づかなかった……。
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