第2話~開幕~
夢を見ていた。
それは忌まわしき過去。だが同時に、大切な思い出でもある過去。
ゼロはそれを主観的に、再体験していた。
床も壁も天井も全てが白に覆われた室内に、むせ返る程の血の匂いが充満している。真っ白な床を血の赤に染めながら、ゼロの腕に抱えられた「―――」は、必死に言葉を紡いでいた。
「『―――』、これから貴方に……貴方の所有する強大過ぎる力に……『呪い』を掛ける……。それが……私が貴方に唯一してあげられる……ことだから……」
「駄目だ! その力は使うな、死にたいのか! 『―――』の力は―――」
「良いの。今言った通り……これが私が貴方にしてあげられる唯一の事。それがダメなら……お礼だとでも思ってくれれば……良いわ」
「お、お礼?」
腹部を貫通した大きな傷跡から大量の血を滴らせ、どもりながらも懸命に笑顔を向けて来る「―――」に、ゼロは素っ頓狂な声で返した。すると、また溢れんばかりの笑顔を浮かべながら、
「ひ……久しぶりに二人で決めた私の名前……呼んでくれ……た。それが私……嬉しかったの。だから、その……お礼よ。私は―――ゴホッゴホッ!」
喋る事にとうとう身体の方が耐えられなくなったのか、激しく咳き込みながら血を吐き出す。それでも、「―――」は構わず続けた。
「私は貴方が―――」
「『―――』!」
と、ここで唐突に夢は終わりを迎えた。その言葉の続きを知りたくて、ゼロは懸命に叫んで手を伸ばすも、次の瞬間には、視界には見慣れた天井と、心配そうにこちらを窺い見る幻獣二匹の姿があった。
《大丈夫か、ゼロよ? 随分とうなされていた様だが……》
《何か悪い夢でも見ていたのかい?》
「……うん、ごめん。もう大丈夫だから、心配しないで」
ゼロはそう言うと心配する二匹をよそに、すぐさまその場を立ち去るのだった。
*****
(どうして今になってあの事が夢に……)
誰もいないE組寮の廊下をゼロは一人で歩いていた。今はどうしても一人でいたい気分だったのだ。
その中で思い返されるのは先程の夢の続きばかり。ゼロは甚だ疑問に感じていた。
(この事に何か重要な意味でもあるというのか? それにしても……)
「誰です? そこにいるのは分かっている。姿を見せろ」
ゼロは部屋を出た時からずっと感じていた一つの気配に鋭い声を投げ掛けた。
それに反応してか、背後の廊下の曲がり角から一人の少年が姿を見せた。
目に掛かるまでに黄緑色の髪をすだれにし、その隙間からは覇気のない碧眼を覗かせている。全身から気だるげな雰囲気を醸し出している。
「ああ、やっぱりバレバレだったわけね。それなりに気配は消してたつもりだったんだけどな……」
「僕に何の用です? 何故僕を尾行する様な真似をしたんですか?」
「深い意味はないよ。ただ部屋から出る時の君の顔が余りにも暗かったからさ。何かあったのかと思って思わずつけて来たんだ。悪かったね」
その言葉からは嘘は全く感じ取れない。だが、一目見た瞬間から只者でない事は容易に推測できた。ゼロは警戒心を強めた。
「そうですか。ならもう用は済みましたね? 僕は失礼します」
「待ってよ。僕は君に訊きたい事があって会いに来たんだ。少しくらい相手をしてくれたってばちは当たらないんじゃない?」
「なら手短にお願い出来ますか? 僕もそう暇な訳ではないので」
「ああ、了解。これは単なる好奇心からだけど、昨日全校集会で騒がしかった男子生徒を一人何処かへやったよね? あの男子生徒は本当に大丈夫なの?」
「はい。その件に関しては心配ご無用ですよ。あの男子生徒の身の安全は僕が保証します。しかし、それがあなたとどういう関係があるんですか?」
「別に。ただ、あれだけ派手な事があった訳だしさ。その真相が気になるのは当然じゃない?」
「まあ、確かに。それに関しては面目しだいもございません……」
至極当然ともいえる疑問の正体に、碧眼の少年に対する警戒心を多少とはいえゼロは解いた。
だが、問答はまだ終わりではなかった。
「じゃあこれが最後の質問だけど、どうしてあの男子生徒はあんな方法で退場させたの?」
「はっ……?」
「だから、どうしてあんな強引な方法で退場させる必要があったのかって事。もっと別の方法もあったんじゃないの? 例えば拘束系の無属性魔法で縛り付けてからご退場願うとかさ。何? 君って単なる目立ちたがり?」
「それは……」
ゼロにはその疑問に答える事が出来なかった。あの場はああする方法以外とっさに思いつかなかったのだ。
「そもそも君が来てからというもの騒ぎが絶えない気がするんだよね。君がこの学園に来た意味って一体何なの? あれ程の実力があればわざわざここに来る必要なんてないと僕は思うけどな~」
「……質問が増えてますね。さっきの質問が最後だったんじゃないんですか?」
「あれ? 以外に冷静なんだね。ちょっと意外だったな」
「一体何が目的ですか? 背後にいる者は誰です? 場合によっては容赦出来ませんが」
警戒心を強めるゼロに、碧眼の少年はとっさに手を左右に振って弁解した。
「誤解だよ。最初に言っただろ。これは単なる好奇心だって。他意はないよ」
「……そうですか。ならもうこれで用は済みましたね? 僕は失礼します」
そう言って、ゼロはすぐさまその場を後にした。
ゼロはまだこの時まだ理解していなかった。この出会いがゼロの今後に大きく影響してくるという事に。
*****
「あ~緊張した。まったく、何をあんなに警戒する必要があるんだか……」
ゼロが去った後の廊下で、碧眼の少年は一人嘆息していた。
とそこへ、一人の少女が姿を見せた。
まだ幼さの残る顔立ちに、軽くウェーブの掛かった栗色のショートヘア。最も眼を惹くのは鋭く尖った耳だ。
「彼はどうだった? アガレス」
「どうもこうも、あんなに警戒されちゃ話にならないよ。こんな事なら君にやって貰えば良かった」
「でも、これで少しは彼の事が分かったんじゃない? 今回はその為だけの行動だったんだから」
「ああ、おかげで彼に勝つための目処がつきそうだよ」
「予想通り?」
「ああ。―――さてと、そろそろ僕達の寮に戻るとしようか」
「そうだね。ホント、『学年別校内実力トーナメント』が楽しみだよ」