プロローグ
明けましておめでとうございます。
唐突ですが、これからも不定期更新が続きますが、お見捨てにならないで下さい!
本日は溜まっていたものを単なる気紛れ更新です。
聖アストラル学院の敷地内、四方三キロメートルのも及ぶ森を夜空に浮かぶ満月が燦然と輝き照らし、幻想的な光景を作り出している。
その『神秘の森』の奥の大樹に、腕を組んで背中を預ける一つの影があった。その影の主である人物がそっと溜息をついているともう一つの影が近づく。
絶対に夜の闇に溶ける事のない逆立った白髪と空色の瞳、しかし逆に、身に纏う漆黒のコートはそれらの全てを否定するかのように闇に溶け込んでいる。
「何故そんな溜息をついているんですかぁ? そんな溜息ばかりついていると幸せが逃げて行きますよぉ。そんなに私と会うのが嫌だったんですかぁ? だとしたら私は今、とても傷つく事になりますぅ」
「少しはそのうるさい口を閉じたらどうだ? はっきり言って……耳障りだ」
「おお、私は今とても傷つきましたぁ。お詫びとして殺させて下さいぃ」
本当にその言葉に傷ついたのか、丁度心臓のある辺りに両手を重ね胸を抑えてそう言うと、唐突に白髪の男は動いた。
何処からか綺麗な曲線を描くナイフ―――暗器を取り出し、毒舌を吐いた男に襲い掛かる。
しかしそれを予想していたのか、男は全く動揺を見せず魔法を発動させた。
瞬間、男の眼前に先端が円錐状に尖った小さな土の杭がいくつも出現し、白髪の男に牙を剥いた。
「おおっとぉ、危ない危ないぃ」
そう声を漏らしながらも余裕の表情で華麗に暗器を操り、飛来する土の杭を全て弾き返す。が、弾き返された杭は男の手元に集まり、連結し、一つの巨大な棍棒へ姿を変えた。
「これ以上愚かな真似をするなら、こちらとしても容赦は出来んが……どうする?」
白髪の男は小さな笑いを漏らしながら何処かへと暗器をしまい、降参の意を示す様に両腕を上げる。男もその様を見て土の棍棒を消した。
「冗談、冗談ですよぉ。貴方の腕が衰えていないか確かめただけですぅ。他意はありませんよぉ」
「随分と手荒な商談だな。だから俺はお前達が嫌いなんだ」
「フフッ、今度こそはっきりと言いましたねぇ、『嫌い』とぉ。『名を継いだ生き残り』にそうまで言われては本当に傷つきますぅ」
「名を継いだ生き残り」、そう言われた瞬間、男の目付きが鋭いものへと変わった。
「それは言うな。忌まわしき過去だ」
「忌まわしいとは失礼なぁ。他がどうかは知りませんが私にとっては天国でしたよぉ。何たって―――」
「それ以上は言うな!」
恍惚とした表情で語りだす白髪の男を、必死の形相で男は止めた。両腕で身体を覆って、まるで何かから身を守る様にして。その身体は見て分かる程に震えていた。
白髪の男は面白くないとでもいう様に欠伸を噛み殺しながら、謝辞を述べた。
「これはこれはすみませんでしたぁ。貴方にとっては地獄でも私にとっては天国でしたからぁ。ですが考え方を改めればそれは贅沢という物ではないですかぁ? 何故なら、貴方は今此処にいるぅ。貴方の様に生き残れず死んでいった仲間は、さぞや貴方を羨ましがっているでしょうねぇ。仲間ぁ? フフフッ、仲間かぁ。あの糞野郎私の天国を奪いやがって私だけの天国を奪いやがって他の連中がどうかは知らないが私にとってはまさに天国だったのに許せねえ許さねえ絶対に許しておけるか!!!」
途中までは穏やかだった口調が何故か激しいものへと変貌を遂げた。白髪の男のいきなりの憤慨で我に返ったのか、男は冷静にその様子を観察していた。そこにはもう恐怖の色は見られない。
「興奮しているところすまないが、そろそろ今回の本題に入ろう。お前もその汚い面を歪めに来た訳ではあるまい?」
今まで両手で顔を覆って怒りの衝動を抑えていた白髪の男はその言葉でいつもの通りの人の神経を逆撫でする様な声と口調を取り戻した。
「そうですねぇ。看過し難い言葉が混ざっていた様な気がしますが……取り敢えずここは黙って置く事にしましょうぅ」
「ああ、そうしてくれ。これでようやく本題に入る事が出来た訳だが、首尾はどうだ?」
「問題ないぃ。力のない奴を誑かすのは容易だぁ。アレから全く眼を離せずにいたぞぉ。間違いなく、あいつはアレを使う事は確実だろうなぁ」
「……そうか。余り我が校の生徒を犠牲にしたくはないのだがな」
男は苦虫を噛み潰した様な顔を浮かべ、諦めの体で言った。白髪の男は同情し憐れむ様な素振りを見せる。
「まあ、そこは自分の運命を恨む事ですねぇ。ところで、貴方の方はどうなのですぅ? きちんとあの野郎を監視してくれていますかぁ?」
「分からないな、あいつが何だというのだ。お前と一体何の関係がある?」
「貴方が知る必要はありません。貴方はただ、あの野郎を監視してくれていれば良いのですぅ。本日の話は以上ですぅ。それでは良い夢をぉ」
白髪の男は急き立てる様に言うと、すぐさま身を翻し、夜の闇へと姿を消した。それを見届けた後、男は無言でその場を後にした。