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混沌の魔法師  作者: 鈴樹 凛
第1章 謎の幻獣使い
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エピローグ

 満月の輝く夜、ウィズダム王国の貴族が住まう土地『ノーベル』に建つライガー伯爵本家の食事の間にて、ジオ・ライガーはとてつもない緊張感の中で食事を摂っていた。目の前には厳粛とした面持ちで食事をする父、レオ・ライガー伯爵本人が座っている。

 暫くは場を重い沈黙が支配していたが、唐突にその沈黙も終わりを迎えた。今まで黙って食事を摂っていたレオが口を開いたからである。

「ジオ、よくも私の顔に泥を塗る様な真似をしてくれたな。おかげで王城での私の評判は下がる一方だ。この事態にどう責任をとってくれる」

「ま、誠に申し訳ありません、父上」

 震える声でそう返すジオに、レオは容赦なく続ける。

「あれ程言っただろう。ゼロ・イシュタールには絶対に手を出すなと。あの者は、いわばストレンジ王国の使者の立場にある。下手に機嫌を損ねればストレンジ王国との外交問題にまで発展しかねんのだぞ! お前はそれを分かっているのか!?」

「申し訳ございません!!」

「これが謝って済む問題か! お前の下らぬプライドのせいで私がどれ程の屈辱を味わったか……、お前にそれが分かるか!?」

 だが、その言葉の中には看過出来ない単語があった事をジオは聞き逃さなかった。

「下らない。下らないと仰いましたか父上? 私の、いや、俺のプライドが下らないと!!」

「それがどうした。下らないものを下らないと言って何が悪い?」

 レオは歯牙にも掛けない。ジオのプライドなどレオの知った事ではなかったし、ライガー伯爵家の長男に求められるのは強さという結果のみ。それ以外の事は只の手段でしかない。

 しかし、ジオにとってはそうではなかった。

「俺は、ライガー伯爵家の跡取りとして血の滲む様な努力を重ねてきました。死ぬ様な思いまでして『同調霊化』をものにしました。それでもまだ足りないのですか!? 俺の今までの苦労は何だったんですか!!!」

 ジオの心からの叫びにレオは沈黙した。が、すぐに苦言を呈す。

「確かに、お前が今まで血の滲む様な努力を続けてきた事は知っているし、『同調霊化』の域にまで達したことは誉めてやろう。だが、その結果がこれか! 結果の伴わない強さなど本当の強さでない! それにお前は『俺の苦労』と言ったな? そんな事を言っている時点で、お前はそこまでという事だ。肝に銘じておくが良い」

 そう言うとレオは立ち上がり、出口の扉まで歩いて行く。ジオはそれを必死で呼び止めた。

「ま、待って下さい父上! それは一体どういう―――――」

 ジオが最後まで言い終える前にレオは扉の向こうに姿を消した。

 呆然とするジオは、無意識の内に強く強く奥歯を噛み締めた。


     *****


 ゼロとの一件の以来、ジオには一カ月の停学処分が下っていた。罪状は審判であったアンに魔力を振るった事だ。幸い大事には至らなかったが、『同調霊化』時に振るった魔力の質は命に関わるものがあった為の処分だった。本来であれば自宅に戻る必要はないのだが、周囲の同情と憐みを含んだ視線に耐え切れなかったのだ。

 食事を済ませた後、ジオは自室に籠っていた。いや、今日に限らず帰宅してからは何時もそうしている。部屋の外に出るのは食事を摂る時だけ。一見孤独な引き籠り生活に見えるが、幸いにも話し相手には事欠かなかった。

「若様、お気を落とさないで下さい。旦那様も若様を思いやってのお言葉なのですから」

 そう言ったのはルージン家長男、ギルド・ルージンだ。

 しかし、その態度にジオは眉根を寄せて不快感を顕わにする。

「ギルド、今はプライベートだ。敬意を払う事も妙な気を回す必要もないぞ。無論、ガルドもだ」

 名前を呼ばれたギルドとガルドは疲れたと言わんばかりに肩の力を抜き息を吐く。この二人は停学処分にはなっていないが、ジオに合わせて学院を休んでいた。

「ああ、そうさせて貰おう」

「やっぱり執事業は性に合わないな」

 代々ルージン家はライガー家に忠誠を誓ってきた家柄だ。それ故にその身分は平民とも貴族ともいえない中途半端な位置にある。が、だからこそ様々な格式などを必要としない。よって二人はジオにとって唯一心を開ける存在だった。簡単に言えば幼馴染の間柄である。

「それにしても、レオ様もあんなにまでいう事ないだろ」

「ギルドの言う通りだ。本当にジオの苦労が分かっているのか?」

 二人の言葉に先程の事を思い出したのか、ジオの顔が赤く染まる。

「これも全てゼロ・イシュタールのせいだ! あいつさえいなければこんな事には……」

 怒りに任せて両の掌を強く握り拳をつくる。すると、掌に爪が食い込んで血が滴ったが、ジオはそれに気付かない。頭に血が上り過ぎてその他の痛覚が麻痺していた。

「おい、ジオ! 興奮し過ぎだ。少しは落ち着け!」

「待ってろ! すぐに治療魔法具を持って来るからな!」

 ギルドは嗜め、ガルドは治療魔法具を取りに走った。

 治療魔法具とは、癒しの特性を持つ水属性魔法の魔力が宿った魔法具の事だ。これにより傷ついた身体を癒し、治癒させる事が出来る。しかも、ガルドが取りに行ったのは最高級の治療魔法具で、大概の外傷はすぐに治す事が可能だ。

「大丈夫か? 今すぐ治してやるからな!」

 ギルドが取って来たのはポケットに入るサイズの円筒状の容器だった。だがまだその中身は空っぽだが、ギルドがこの円筒型の容器に魔力を注入すると、その魔力量に応じて容器に水が溜まっていく。これを患部に垂らす事によって外傷を癒す事が出来るのだ。

 中身が満タンまでまで溜まるのを見てすぐにジオに差し出す。ジオはそれを受け取ってから両の掌の傷に垂らすと、たちどころに傷が癒えた。傷跡すらも残っていない。

「これでひとまずは安心だな。次からは気を付けなければ」

 その言葉にギルドとガルドも首を縦に振る。

「同感だ。お前は怒るとすぐに周りが見えなくなるからな」

「その通りだ。昔はそうやってよく喧嘩したな。まあ、そうなったら俺達がお父様に怒られるんだが」

「ははっ、それは済まなかったな。まあ、それは置いといてだ。問題は俺が復学してすぐに始まる『学年別校内実力トーナメント』だ」

 二人は真剣な表情で頷く。三人はライガー家のコネを駆使して、まだ未公開の『学年別校内実力トーナメント』の情報を学院側から入手していた。ここで活躍出来なければレオに見放される事は勿論、ライガー伯爵家の看板にさらに泥を塗ってしまう結果になる。何としてでもここで名誉挽回しておきたい、というのがジオの心情だった。

「だが、今からじゃどう頑張ったところでゼロ・イシュタールに勝つ事は無理だ。あいつに勝つには力がいる。どんな事をしてでもあいつに勝てるだけの力を手に入れなければ……」

 とその時、三人しか居ない筈の部屋に四人目の声が響いた。

「そんなに力が欲しいかぁ?」

 驚いて声のする方向を見やると、見た事もない男が窓枠に腰掛けていた。窓が開いているところを見ると、そこから侵入を果たしたらしい。

 短く逆立った白髪に切れ長の眉に、どこか他人を見下したような空色の瞳。髪の色とは正反対の漆黒のコートを身に纏っている。

 突然の登場に思考停止状態に陥ったジオに対し、ギルドとガルドの二人は手を男にかざし、素早く迎撃態勢を取った。その状態のままギルドが警戒心を露わに問う。

「お前一体何者だ。どうやってここまで侵入出来た?周囲には何人もの手練れの警備員が見張っていた筈だぞ」

 その問いを男は鼻で笑いながら、

「愚問をぉ。邪魔者は排除するに決まっているだろう? このコートに付着しているものがその証拠だぁ」

 癇に障る様な声音で言って、その場でくるりと一回転して見せる。すると、コートの色合いから視認しにくいが、確かに所々赤黒く染まっていた。それを自慢げに見せびらかした男は、見るも怖気立つ卑らしい笑みを浮かべると、その場から文字通り消えた。

 我が目を疑うも一瞬、瞬きをして瞼を開いた次の瞬間には、男はジオの目の前に立っていた。その足元を見れば、幼馴染であるギルドとガルドが倒れ伏している。

「お前、よくもギルドとガルドを!!」

「おやおや、勝手に決めつけないでくれよぉ。この二人が可哀想じゃないかぁ」

 そう言うとすかさずギルドの顔を蹴り飛ばし、ガルドの腹を踏みつけた。二人はそれに目を覚ますも、すぐにまた気絶を余儀なくされる。それに憤るジオだったが、二人が生存している事も確認出来ほっと安堵の域を漏らした。

 だが、脅威は未だ目の前にいる。

 ジオは震える心を押さえつけ気丈にも男を睨みつけるが、意にも介さない。

「いいねぇいいねぇ、私を心の底から恐怖している眼だ。私はその眼が大好きなのだよぉ。この気持ち、君なら理解してくれるよねぇ? ジオ・ライガー君」

「だ、誰がお前の気持ちなんて理解出来るか!」

「そうつれない事言うなよぉ。友達出来ないよぉ。まあ、君の友人関係は脇に置いておくとして、今日は僕から君に素敵なプレゼントがあるんだぁ。喜んでくれたまえぇ。これがあれば君はゼロ・イシュタールを倒して、お父上に認めて貰う事が出来るんだよぉ。どんな事をしても力を手に入れたいんだろうぅ?」

 そう言って男が懐から取り出したのは、不気味に月の光を反射する掌サイズの紅玉だった。何故かその紅玉を見た瞬間、ジオは目が離せなる。

「ひとまずこれは君に渡しておこうぅ。これを使うも使わないも君の自由だけど、これがあれば間違いなく、君はゼロ・イシュタールを倒す事が可能となるぅ。良く覚えておくと良いよぉ」

 そう言って紅玉をジオに握らせる。ジオの視線はその紅玉に釘付けだ。男はその様子を満足げに見つめた後、来た時と同じく窓から満月の光りが注ぐ夜の闇の中へ、堂々と去って行った。

 一方のジオは、男が去った事にすら気付かない程に紅玉を見入っていた。結局、ギルドとガルドの二人が意識を取り戻すまでの間、その時間は続いたのだった。


これにて第一章は終了となります。第二章に入る前に、次週は登場人物一覧と用語解説を投稿したいと思います。

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