第13話~会談~
前編と後編を一つにします。
エラーなどを起こした方は申し訳ございません。
少し描写を追加しております。
御時間のある時にでもお確かめ下さい。
明日の0時、最新話を投稿します。
放課後、生徒会室にガイアとウリアを預けたゼロは一人学院長室に向かっていた。
こうして廊下を歩いている間にもゼロに嫉妬と好奇の視線が突き刺さる。常に両肩に陣取っている二匹の幻獣の姿がないことが珍しいのか、いつも以上に視線を集めている。
一週間前のジオとの勝負の後、ゼロは『謎の幻獣使い』からランクアップ? して『E組の可愛い異常者』という不名誉極まりない称号が定着していた。あのジオ・ライガーという人物はA組の中でもトップクラスの実力者だったらしく、それに圧勝して見せたことが問題だったらしい。それに加え、S組のトップに位置しているリーナと仲が良いことも問題らしく、ゼロのことを疎ましく思う生徒も現れる始末。
そして今も真正面からゼロに侮蔑と憎悪の視線が投げ掛けている集団が近づいて来ていた
「おい、お前がゼロ・イシュタールだな?」
明らかに此方を小馬鹿にした態度で接してくる男子生徒Aに不快感を覚えるゼロ。相手はそんなゼロの様子にも気付かずに話しかけてくる。
「おいおい、マグレで勝った落ち零れが調子乗って無視してんじゃねえよ!」
何の反応も示さないゼロが気に入らなかったのか、声を荒げる男子生徒A。
「ええ、すみません。別に無視していた訳ではないんですが、僕に一体何のご用でしょうか? 急いでいるので手短にお願いします」
下手に出たゼロの態度を見て気を良くしたのか、不遜な態度で応じた。
「ああ、今日は心優しい俺様が、お前に忠告しに来てやったんだ。感謝するんだな。良いか、もう金輪際リーナ様には近づくんじゃねえ! マグレでジオ・ライガーに勝ったような奴が一緒にいて良い御方じゃねえんだ! 分かったか!?」
男子生徒Aに余りにも勝手過ぎる言い分にゼロは心底呆れた。
「すみませんが、それは出来ないご相談ですね。何故なら、ランカスターさんは生徒会委員で、僕もそうなんですから」
ゼロの至極真っ当な言い分に今まで黙っていた男子生徒B、C、D、Eからも野次が飛ぶ。
「お前馬鹿じゃねえのか! お前が生徒会を辞めれば済む話だろが!」
「その通りだぜ! 俺達が怖い余り頭が壊れたんじゃねえか!」
「それ言えてるぜ!」
「ぎゃははははっ!」
聞くに堪えない罵詈荘厳にどんどんストレスが溜まる一方のゼロ。騒ぐ男子生徒BCDEを黙らせた男子生徒Aは口元に嫌らしい笑みを浮かべた。
「そういうことだ。痛い目に合いたくなかったら、さっさと生徒会を辞めることだな。そもそもお前みたいな落ち零れが生徒会に入れたこと自体がおかしかったんだ。A、S組の中から選ばれるのが今までの慣例だったはずなのに!」
喋っているうちに怒りを覚えたのか、また興奮してきた男子生徒A。そのセリフに気になる点を感じたゼロは遠慮無しに突っ込んだ。
「まるで、自分なら生徒会に入れたような言い方ですね」
興奮していたところにゼロによる容赦のない指摘が入って、男子生徒Aは完全に切れた。
「てめぇ、E組の落ち零れの分際でB組の俺様に意見するとは良い度胸じゃねえかよ。ここでぶっ飛ばしてやる!」
怒りに身を任せた男子生徒Aがゼロに魔法を発動しようとしたところで―――――
「君達、そこで何をしているのかな~?」
―――――制止の声が聞こえた。
目を向けるとそこには丸帽子を深く被り、黒のスーツを着こなした若い一人の男が近づいて来ていた。
帽子から飛び出た癖のある黒髪に端正な眉、楽しそうに細められた緑の瞳からはまったく考えが読み取れない。そんな飄々とした雰囲気とは裏腹に只者ではないと思わせる一種の風格を持っている。
ゼロの見たことのない男だった。
その男はすぐ近くまで来て立ち止まると男子生徒達に目を向けた。
「君達、見たところ二年生のようだけど、新学期早々新入生いびりかい?」
「ス、スミス先生! そんな滅相もない、こいつが道を訊いてきたから先輩として快く教えていただけです! なっ!?」
先程の威勢は何処へやら、男子生徒達は明らかに怯えていた。
その様子を見てスミスは口元を邪悪に歪める。
「そうかな~、僕にはとてもそんな雰囲気には見えなかったけどな~。イシュタール君、君が彼らに道を尋ねたというのは本当かい?」
男子生徒達に視線を向けると、ゼロに眼で(見逃してくれ!)と訴えていた。
今後の人間関係に無駄な軋轢を生みたくないゼロはその訴えを聞き入れることにする。
「はい、そちらの方の言う通りです。学院長室までの道が分からなかったので、丁度目についたそちらの方々にお訊ねしていたところです」
スミスはフッと口元を綻ばせると、男子生徒達を見やって言った。
「そっか、君達達悪かったね。もう行って良いよ~」
楽しげなスミスの言葉で今まで硬直していた男子生徒達は一目散にその場を立ち去った。その背中を見た後、スミスに目を向けると向こうも此方に目を向けたところだった。
視線が交錯し、スミスが口火を切った。
「ああいう口先だけの奴がいるから、魔法師の印象が悪くなるんだよな~」
男の言う通り、日常生活に用いる魔法ではなく生物に危害を加える魔法を行使する魔法師は一般的に良い印象を持たれていない。ランクの高い魔法ほどその反応は顕著になる。
「……見たところこの学院の教師の様ですが、そんな事を言って良いんですか?」
「良いの良いの。ところで初めましてですね、ゼロ・イシュタール君。僕は、1年S組の担任兼学年主任兼生徒会顧問を務めているスミス・アミドロールです。これからも顔を合わせることが多いだろうけど、宜しくね~」
「はい。僕はE組のゼロ・イシュタールです。宜しくお願いします。ところで先生は何故此処に?」
ゼロはスミスの登場のタイミングの良さに疑問を感じた。するとスミスは鋭い目で真っ直ぐ此方を見つめて告げる。
「うん、学院長室に来るのが遅いと思ってね。少し様子を見に来たら、君が連中に絡まれているところに遭遇してね~。暫く様子を見てたんだ」
その言葉にゼロは驚愕した。
いくらゼロが男子生徒達に気をとられて警戒を緩めていたとはいえ、それでも気配を悟られないことはスミスが只者でないことを示していた。その予期せぬ事態にゼロはスミスへの警戒を深めた。
「……先生、何者ですか?」
「おっと、そんなに警戒しないでおくれよ。僕だってこの聖アストラル学院の教員なんだからそれなりの実力があるのは当然だろ~」
飄々とした様子だが、そんなことが出来る者がこの世界にどれ位いるのか……
スミスに対する警戒心をより一層強めるゼロの内心を知ってか知らずか、零れ落ちんばかりの笑顔を浮かべたスミスが言う。
「さあ、早く学院長室に行きましょう。皆さんお待ちになってますよ」
スミスの言った「皆さん」という部分に嫌な予感を覚えながらも、その言葉を合図にゼロとスミスは学院長室に向かった。
*****
ゼロとスミスの二人は学院長室の前に着いていた。
他の部屋とは明らかに違った豪奢なドアを見て、ゼロはその美しさに心底驚いていた。一方のスミスは見慣れている様で、特に感銘を受けた様子は見られない。
「ここが学院長室ですね~。先に言っておきますけど、中にいる方々を見ても腰を抜かさないで下さいね」
その言葉で先程の予感が間違ってなかったことを実感したゼロは思い切って訊いてみることにした。
「方々とは?」
すると抑えきれないとばかりに溢れ出る笑みを手で押さえている。
何がそんなに可笑しいのか分からないゼロは不信感を募らせた。
「何、中に入れば分かることです。では、入りましょうか!」
そんな陽気な掛け声とともにノックも無くドアを開いた。
スミスに続いて中に足を踏み入れるとゼロは何とも言えぬ違和感を感じた。
その疑問を解消しようとした時、豪奢な絨毯の上に向かい合うように並べられた来客用と思しき二つのソファーの内の一つから、一人の老人が立ち上がって此方に話しかけてきた。
短く切った白髪に垂れ下がった眉、青い瞳は年の功とも言うべき知的な色を宿しており、身に纏う白のスーツと手に持った杖に雰囲気がとてもマッチしていた。そして、只者でない気配を身に纏っている。魔法師としての実力も相当なものなのだろう。
「初めましてだね、ゼロ君。私は聖アストラル学院の学院長ガーロン・シュヴァリエだ。以後、宜しくね」
第一印象は気さくで温和な人物といった感じだ。
だが、その態度の中にまた微かな違和感をゼロは覚えた。ゼロが(何だろう?)と思っていると、部屋に居た他の二人も話しかけてきた。
「遅かったわねイシュタール君。来る途中で何かあったの?」
一人はE組担任のルーナ・キャンベルだった。
そこにはいつもの楽しげな感じはなく、何か申し訳ない事をしているような雰囲気だ。
ルーナの疑問にスミスが答えた。
「いえ、イシュタール君が変な生徒に絡まれていたんだよ。勿論、僕が助けたけどね」
「そうだったの……。それは大変だったわね」
そんな会話をしているともう一人の男が話しかけてきた。
床まで着かんばかりの大きなマントを羽織り、腰に大剣を携えた40代程の男性だった。
オールバックにした金髪に凛々しい眉、碧眼は他社を威圧するような眼光を放ている。身に纏う魔法騎士服の上からでも鍛えられた肉体が一目で分かる。
「貴公があの幻獣使いゼロ・イシュタールか。初めまして、私は王直属近衛騎士隊隊長のアッシュ・ヘルだ。今日は来てもらって申し訳ないな。是非、貴公の話が聞きたかったものでな」
そう言うとアッシュはゼロに握手を求めてくる。
流石は王国の近衛騎士というべきか、見た目に違わず礼儀はしっかりとしている様だ。
王直属の近衛騎士の、それも隊長格が何故此処にいるのかを警戒しつつ、礼儀に応じるゼロ。その遣り取りが終わった後、ガーロンが着席を促してきたので来客用のソファーに腰掛ける。
ゼロの正面にアッシュ、その隣にガーロン、ゼロの両隣をスミスとルーナという配置だ。
全員が着席するとおもむろにガーロンが口を開いた。
「急に呼び出したりしてすまなかったね、ゼロ君。その事に対して先ずは礼を言っておかなければならない、ありがとう」
「いえ、王様直属の近衛騎士の方がいらっしゃるのですから、何か大事なお話があるのでしょう。ですから、学院長が頭を下げる必要はありません」
ゼロの落ち着いた対応にガーロンは心の中で申し訳ない気持ちになった。
「そう言って貰えると助かるよ。今日は来て貰ったのはヘル殿がゼロ君に訊きたい事があるらしいんだよ」
「訊きたい事ですか?」
真剣味を帯びたアッシュの声音と表情に不穏な気配を感じ取ったゼロは警戒心を強める。
果たして、アッシュの口から出た言葉はゼロの予想通りのものだった。
「貴公は私が此処にいることに疑問を抱いている様だから先に言っておく。ゼロ・イシュタール、貴公は一体何者だ?」
「……………」
押し黙ったままのゼロに構わずにアッシュは続ける。
「私が此処にいる理由はウィズダム王直々の御命令だったからだ。ゼロ・イシュタールなる人物の正体を確かめよと」
「……………」
ゼロは黙秘を続ける。
「改めて訊ねるが、貴公は何者だ? 何故、数少ない幻獣達の王であるストレンジ王と知り合いになれたのだ!? ここ数百年、現在のウィズダム王やその他の王でさえ、一度もその御姿を拝見したことはないというのに!」
此処にきて漸く、ゼロは口を開いた。
「その質問に答える義務はあるのでしょうか?」
「これは質問ではない、王命である。貴公も馬鹿ではあるまい。私が此処に送られたことの意味は理解しているだろう?」
「……キャンベル先生とアミドロール先生が同席しているのはそういう事ですか……」
そう言って、ゼロは溜息をつく。
つまりは黙秘するのは構わないが、その場合は力ずくでも白状してもらうという意味である。ルーナとスミスがゼロの両隣に陣取っているのは、いざという時にゼロを抑え込むため。いくらゼロがこの世界の歴史上類を見ない幻獣使いといっても所詮は子供、王直属の近衛騎士や聖アストラル学院の教師に敵う筈がないという下心あってのことであった。
そこまで考えて、ガーロンとルーナ、そして学院長室に入室した時の感じた違和感の正体を悟った。
スミスはこんな状況でも笑っていたが……。
「やはり貴公は聡明だ。それならこの場で何が最善の選択かは言うまでもないね」
威厳に溢れたアッシュの言葉にゼロは冷笑を浮かべながら答えた。
「ええ、丁重にお断りさせて頂きます」
「なっ!」
ゼロの間髪いれぬ返答に、絶対に断られることはないと確信していたアッシュは驚愕し顔を赤く染めた。ゼロの答えを自分や王家への侮辱と受け取ったのだ。
「その返答が何を意味しているのか分かっているのか! 王命に逆らうということだぞ!」
「そんなに声を荒げないで下さい。そもそも、ウィズダム王もどういう了見なのですか? 確かにウィズダム王のおかげでこの王国での生活を保障されている身分ですが、その命令に従う義務も義理も僕には、ひいてはストレンジ王には有る筈がないでしょう?」
「何故そこでストレンジ王の名前が出てくるのだ!?」
アッシュの疑問に呆れかえった様子で答えた。
「愚問ですね。いわば僕はストレンジ王国とウィズダム王国のパイプ役です。言い換えれば、僕はストレンジ王国の使者なのです。いくら何でもこの程度の事は承知の上だと思っていましたが……」
ゼロの言葉に絶句したアッシュや他の面々(スミスはニヤニヤ顔)など目も暮れずゼロは続ける。
「僕に対する非礼は、そのままストレンジ王に対する非礼に繋がることになると御考え下さい。だからといって僕を特別扱いすることは僕やストレンジ王の本意ではありませんが……。ですが、そちらがその気というのなら僕達はこのままこの王国を去ります」
僕達とは言うまでもなくゼロ、ガイア、ウリアのことである。
アッシュは思わず呻き声を上げる。
今まで他種族との交流を断ってきたストレンジ王国からの使いをこのまま帰す事は、王国にとっての損失でしかない。それにもしストレンジ王の機嫌を損ねてしまったら、只でさえ少ないストレンジ王国との外交が一生無くなる可能性だってある。
アッシュが頭を悩ませていると、ここにきて一つ疑問に思ったのか、ガーロンはそれを口にした。
「一ついいかね? 幻獣族は他種族の眼を欺くための擬態魔法を有していると聞いたことがあるが、ゼロ君は幻獣なのか?」
その言葉にルーナ、アッシュは驚きの表情を浮かべ、スミスはニヤニヤ顔を深めた。
「いえ、僕は間違いなく人間です。これは王城へ入る際の身体検査で既に証明されています。尤も、そのことが今回の騒動の原因の様ですが……」
「ならば君はどうして幻獣の側にいるのかね?」
その問いに一瞬の逡巡も無く答えた。
「僕はストレンジ王に、いえ、幻獣の皆に大きな恩があります。それに、幻獣はその力からプライドは高いですが、一度認めた者には家族のように接してくれる暖かい種族なのです。ですから僕は幻獣達と助け合ってきましたし、これからもそういう関係で在れればと思っています」
「そうか、家族か……。成程、それなら得心も出来る」
優しく微笑みながら、ガーロンは感慨深げに頷く。それはとても素晴らしいものを見た様な、穏やかな表情だった。
とそこに、急に強大な殺気を放ちだしたアッシュが立ち上がった。
「平和な雰囲気のところ大変申し訳ないが、こうなれば実力行使も仕方がない。ゼロ・イシュタール、私は陛下への忠誠の為に、どんな手段をとってでも貴公の正体を聞き出して見せる!」
そう言うとアッシュは腰の大剣をを抜き放ち、その切っ先をゼロの喉元に突き付けた。
「これも王様の御命令ですか?」
「否、これは私の独断であり、陛下は一切関与していない。ゼロ・イシュタール、命が惜しくばこの場で知っている事を全て話して貰おうか!」
「……………」
その場を暫しの間沈黙が支配した。ガーロンとルーナは突然の事態に呆然としており、スミスは未だにニヤニヤと笑っている。
狂ったような静寂と殺気の中で、ゼロは嘆息と共に話し始めた。
「少し昔話をしましょう。御存じの通り、この世界は創造の三神によって創り出されました。そして三神は創った世界に住まう生物を創造しました。異種族間での抗争はあったとはいえ、三神の力のよって平穏な世界が保たれていました。だが、その世界は唐突に終わりを告げます。魔族が三神を殺したからです。しかし、三神は一部の種族にある力を授けていました。それが古の盟約です。そして古の盟約によって得た力により、魔族をタルタロスという異世界に封じた。これがその昔に実際にあったという神話の顛末です」
「その程度の事は言われるまでもない。一体、何が言いたいんだ!?」
当初とは違う余裕の感じられないアッシュに対してその端正な顔にまたも冷笑を浮かべながらゼロは続ける。
「ところで、何故世界最強の組織の名前が『グリフォン』というか知っていますか?」
ゼロの唐突な問いにスミスを含めたその場の全員が首を傾げる。
「答えは簡単です。当時の多種族連合軍の指揮者アレスとグリフォンという幻獣が古の盟約を交わしたからです」
「「「「なっ!!!」」」」
ゼロの発言にアッシュ、ガーロン、ルーナ、スミス一同の顔が驚愕に染まる。
何故ならゼロの言ったことは、神話の話と大きく異なっているからだ。
神話には幻獣は一切登場しない。幻獣は霊獣とは比較出来ない程の力を持った上位種であり、当時はまだ存在しなかったというのが常識だからだ。
もしゼロの言ったことが本当なら、神話の歴史は根底から大きく覆る事になる。
「ざ、戯言も大概にしろ!命惜しさに出鱈目を言っているのだろう!嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくことだ!」
「人に本当の事を話せと言っておきながら、自分達に都合に悪い事だとすぐに嘘だと決めつけるのですか?」
「ぐっ!」
ゼロの言う事は確かに正論だ。現段階で嘘かどうかを確かめる術がない以上、最後までゼロの話を聞く必要がある。
「……いいだろう。続けよ」
「はい……。そもそも古の盟約とは、自分と霊獣を生涯を共にする対等なパートナーとすることを言います。ですが、アレスとグリフォンとの間に交わされた古の盟約は違います。それは魔族との戦いが終わった後、幻獣族を歴史から抹消しこれから建国される国の王がこれからも平和に手を取り合っていくというのが一つ。そしてもう一つは、その古の盟約が守られていれば、幻獣族はこれからも力を貸していくというものです。しかし今日において、その古の盟約が守られていると言えるでしょうか? この部屋に召喚魔法封じの防御魔法を張った上で、暴力に頼ってでも情報を聞き出そうとする王と」
ゼロが学院長室に入室して感じた違和感は召喚魔法封じの防御魔法によるものだったのだ。これは間違いなくガイアとウリアを召喚されることを警戒しての事だろう。
ゼロは自分に大剣を突き付けてきているアッシュを見やる。アッシュが握っている大剣の切っ先はふるふると震え、ゼロの首の薄皮を切った。
「よ、よくも次々とそんなに嘘が吐けるものだな! その上、陛下に対する中傷まで! 今の貴公の立場が分かっているのか!?」
「貴方のウィズダム王に対する忠誠心は尊敬に値しますが、そのせいで視野が狭くなっています。それに、僕の話を聞いて貴方も薄々気が付いているのではないですか? 現にストレンジ王はここ数百年、どの国の王にもその御姿さえも拝見させたことは無いというのに。貴方が言ったことですよ」
「そ、それはっ!」
先程の威勢が嘘の様に霧散する。今のアッシュは虎に追い詰められた鼠でしかなかった。
「それに貴方は僕にその大剣を突き付けた。これがどういう意味かお分かりですか? 例えこれが貴方の独断だったとしても、貴方の背後にはウィズダム王が控えているのです。結果的に、これは貴方の独断ではなくウィズダム王の命令となるのです」
「ぐうう……」
ゼロの容赦ない追い打ちにどんどん追い詰められていく。
「貴方の敬愛する君主を本当に守りたいと思うのなら、もっと物事を良く考えてから行動すべきです。政治とは、只剣を振っているだけでは務まらないのですから。この王国の重臣が貴方の様な方ばかりなのだとしたら、この王国は遠からず滅びることになるでしょう」
ここにきてアッシュの我慢は限界を超えた。
「これ以上この王国を侮辱するなー!!!」
気付いた時には突き付けていた大剣を振りかざし、ゼロの首を横薙ぎに一閃しようと大剣を滑らせていた。しまったと後悔する間も無く振るわれた大剣は既にゼロの喉元に迫っている
刹那、振るわれた大剣とアッシュの身体は床に敷かれた絨毯の上に倒れていた。身体が異常に重い、まるで自分の体重が何倍にも重くなった様な感じだ。
(こ、これは、まさか!!)
「貴方がそんなに浅慮だったとは、とても残念です」
そう言うとゼロはソファーを立ち、扉へと向う。それを見たアッシュは、床に倒れながらも必死に叫んだ。
「待て、ゼロ・イシュタール!! この魔法は闇属性魔法か!? 貴公は闇の魔法属性の持ち主だというのか!!?」
ゼロはアッシュに背を向けたまま告げた。
「その質問に答える義務は僕にはありません。貴方は少し自分で考えることを覚えるべきですね」
それだけを告げると、ゼロは作法に則って学院長室を出て行く。
後に残されたのは予想外の事態の連続に困惑する三人だけだった。
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