第10話~鍛錬~
この作品の文章構成を少し改変しました。
セリカから会計職を任されたゼロと書記職を任されたリーナが生徒会に入ってから一週間、生徒会は地獄だった。何故なら来週から部活動勧誘日が来るからだ
そもそもゼロは今まで学校に通ったことがなかったので部活動や学校行事というものが良く理解出来ていない。そこに生徒会会計などという学院の予算などを取り仕切る役職に就かされたのだから、ゼロとしては堪ったものではない。
それでもゼロはこの一週間の間に、持ち前の優秀な頭脳で確実に仕事をこなせるようになっていった。
否、こなせるようになってしまった。
ゼロの処理能力は他の追随を許さぬもので、手慣れた筈のセリカやアンをも上回るスピードだった。
畢竟、ゼロにより多くの仕事が回ってくることは必然と言えた。
「ゼロ君こっちもお願い!」
「イシュタールさん、さっきお願いしたこと終わりました!?」
「イシュタールさん、こちらの計算お願いできますか?」
という風に生徒会室内はまさに地獄だった。
ガイアとウリアは我関せずといった体でソファーで静かに寝転んでいる。ゼロに出来ることはそんな二匹を恨めし気に睨み、報復を誓うことだけだった。
*****
「ようやく終わりました……」
そう言うと会計専用の机に突っ伏した。その姿はまるで生気のない屍の様だ。
「ゼ、ゼロ君、大丈夫……?」
「ま、まるで死人みたいです」
「ここまで疲れ切った人は見たことがありません……」
《ゼロ、どうした!? いつものゼロらしくないぞ!》
《そうだよ! ゼロはいつでも慄然としてなきゃゼロじゃないよ!》
そんな声を聞きながらも、変わらず机に突っ伏すゼロ。この一週間ゼロは休む暇がなかった。土日も関係なく慣れない作業を大量に任されたからだ。慣れない作業に疲れ切ったゼロは机に突っ伏すという滅多にない姿を晒すことになった。
「ごめんね~、いっぱい仕事押し付けちゃって」
「本当にそう思ってるのなら、次回からはこんなことがないようにお願いします」
「それは保障出来ないわ。ゼロ君のおかげで予定よりも3日も早く仕事が片付いたんだから。今日だって、明日からゼロ君が鍛錬に励めるようにお姉さんだって頑張ったんだから!」
「それは当たり前の事です。そもそもどうして役員がこんなに少ないんですか?」
「前にも言ったけど、生徒会役員は校内で強い権限を有してるの。実力が有っても性格に問題があれば生徒会役員には任命出来ないわ。風紀委員会だって同じよ。ゼロ君たちみたいに実力があっても謙虚な人達ってあんまりいないのよ」
「成程、そういう事ですか。それなら仕方ありませんが、だからといって人に仕事を押し付けても良いという訳にはなりませんよ……」
ゼロの呆れきった姿を憐れに思ったのか、アンがフォローしてきた。
「イシュタールさんごめんなさい。セリカには後で良く言い聞かしておくわ。でも、ゼロ君には本当に助けられたわ。ありがとう」
「……いえ……どういたしまして……」
ゼロはそれ以上何もいう事が出来なかった。その様子を見てリーナが口元に笑みを浮かべた。
「イシュタールさんも疲れることがあるんですね」
「……ランカスターさんは僕を何だと思ってるんですか?」
「Sランク炎属性魔法『陽炎』を空間魔法で何処かへ跳ばせる程の凄い魔法師です」
「……、どう解釈すれば良いんでしょうか?」
「そのままの意味ですよ」
「ランカスターさんは意外と意地悪なんですね」
「あら、心外です」
「本当にそうでしょうか」
「うふふふふ……」
「……………」
そんな二人のやり取りを遠巻きに見ていた二人と二匹は全く同じことを思った。
「ゼロ君の弱点って……」
「イシュタールさんの弱点って……」
《ゼロの弱点は……》
《ゼロの弱点って……》
『ランカスターさん(あの小娘)(リーナちゃん)!?』
彼らの思考は、ゼロとリーナに知られることはなかった。
*****
翌日のお昼休み、ゼロはリーガン達と食堂にいた。聖アストラル学院の食堂はとても広く、メニューも充実している。ゼロ達は今窓際の丸テーブルに座って5人と2匹で昼食を摂っていた。
「……なあゼロ、お前今めちゃくちゃ顔色悪いぞ。そんなに生徒会の仕事が辛いのか?」
「ええ。言うならば無限地獄です。仕事を片付けても片付けても終わらない。いえ、終わってもいないのにどんどん仕事が溜まっていくという……」
「……なんかすごく大変そうね…。あたしだったら一日たりとも耐えられないかも……」
「他人事ではありませんよ、スレインさん」
「どういう意味?」
「お忘れですか? 来週は部活動勧誘日ですよ。風紀委員の皆さんにとっては地獄のような日々が始まりますよ」
「ランカスターさんって、意外とユニークな性格なのね。リリーもそう思わない?」
「同感。最初は近寄りがたい人に思えたけど、話してみると親しみやすい」
「ありがとうございます。私も皆さんのようなお友達が出来て嬉しいです」
そんな感じでガールズトークは盛り上がっていき、一方ゼロ、ガイア、ウリアはというと、
《ゼロよ、本当に大丈夫か? 我の眼には日に日にゼロが衰弱していくように映っているのだが……》
《あの女、自分の無能を良いことにゼロにあんなに仕事を押し付けて、今度会ったら只じゃおかないよ!》
「ウリア、君も僕が苦しんでる時に見て見ぬ振りしてたよ」
《っ!》
ゼロの言葉に左肩のウリアが飛んで逃げようとするも、ゼロにあっけなく捕まってしまう。ウリアをお仕置きする時特有の貼り付けた笑みを浮かべたゼロは、ウリアの弱い部分を思いっきりくすぐる。
《ハハハハハ!!! ゼロ、ゆ、許しあはははははは!!!》
《いいぞゼロ! もっとやれ! ウリアにお灸を据えてやるのだ!! ハハハハハ!》
「ガイア何を言ってるのかな?もちろんガイアも同罪に決まってるだろう?」
一瞬にして表情が凍りつくガイア。自らの身の危険を悟ったガイアは現時点で出せる最高速度で逃げ出そうとするが、ウリアと同じくゼロにあっさりと捕まってしまう。
《ゼ、ゼロ!悪かった! ゆ、許してくれ!! 次回から我も生徒会とやらの仕事を手伝う!! だから!!!》
「罪には罰が必要だよ。それはガイアもよく知ってるでしょ」
ゼロの言葉を合図にガイアとウリアの絶叫が食堂中に響き渡るのだった。
*****
放課後、ゼロは第一アリーナの中にあるSSランク防御魔法発生魔法具の前に立っていた。
その形は円柱型で、大きさは160センチ程で真上に手を翳して魔力注入するタイプのものだ。
魔法具とは、創造の三神がまだ健在だったときに人類に与えられた魔法を発生させるアイテムの事である。その形は様々で、指輪もあれば巨大な建造物サイズの物まである。
そして、魔法具の能力は大きく分けて二種類ある。
この防御魔法発生魔法具のように定められた一定量の魔力を注入することによりその力を発動する魔法具や、使用者に魔力を貸与して特別な魔法を使わせる魔法具などである。
ゼロは目の前の魔法具に魔力を注入する。すると、第一アリーナ全体が青白い光に包まれた。この防御魔法を壊さない限り、この光の中では第一アリーナの物には干渉出来ない。
ゼロは防御魔法全体を見渡した。
「見た目は他の防御魔法とそう変わらないね」
《うむ、だが強度は段違いだ》
《これなら今の僕達が思いっきり暴れても大丈夫そうだね》
「そうだね。『同調幻化』さえ使わなかったら大丈夫かな」
そう言うとゼロはSランク空間魔法『仮想世界』を発動し、中に収納していた白と紅の二振りの武器を取り出した。
この二振りには鍔もなければ鞘もない。これはガイアとウリアの魔力から創られた刀剣で、刀剣の力はガイアとウリアの力に比例する。
右の白刀を『アイテール』、左の紅刀を『エレボス』という。
《うむ、では我らも戦う用意をしよう!》
《うん、そうだね!》
ウリアの言葉が終わると、ガイアとウリアの体が輝き、二人の男が現れた。
一人目は長い白銀の長い髪を真っ直ぐ伸ばし、精悍さを感じさせる眉、歴戦の猛者を思わせる金色の瞳は鋭い眼光を放っている。世の女性が一度は夢見る理想の王子様と言った雰囲気だ。
二人目は肩口で切り揃えられた燃えるような赤髪に利発そうな眉、深緑の瞳はあどけない子供を思わせる。お転婆な美丈夫といった感じだ。
ガイアとウリアの人間体である。幻獣はその強大な力を利用しようとする他種族の眼を欺くための擬態魔法を使えるのだ。
ゼロ達は正面に向かい合った。
「じゃあ、始めようか。勝負は2対1の形式でね」
《うむ、いつもは出せなかった力を今こそ出す事にしよう!》
《ゼロ、手加減しないからね!》
「うん、よろしくね。さて、このコインが地面に落ちたら始めることにしよう」
ゼロの言葉を二人が肯定する。
それを合図にコインが真上に投げられた。
そして、コインが地面に落ちると同時に三人の姿が消えた。ゼロ達は身体強化魔法を発動し自らの肉体を極限まで高め、音速の世界に突入したのだ。
ゼロがウリアに『アイテール』で斬りかかり、ウリアはそれを平然と躱しゼロに手刀を放ってくる。ゼロがウリアの手刀を『エレボス』で受け止めたところでガイアがSランク風属性魔法『大鎌鼬』を放ち、圧倒的な切れ味の巨大な風の刃がゼロとウリアに襲い掛かった。
ゼロとウリアは咄嗟に後方へ避け、お互いにSランク炎属性魔法『陽炎』を放つ。二つの熱は衝突と同時に大爆発を起こした。
しかし、そんなことをいちいち気に掛けるような真似はしない。
三人は熱風などものともせず正面からぶつかり合い、その衝撃で熱と煙が吹き飛んでいく。
ゼロが『アイテール』と『エレボス』で二人に斬りかかる。それを難なく避けて、ガイアは拳を、ウリアは手刀をもってゼロに襲い掛かる。ゼロはそれを捌きながらSランク光属性魔法『光塵』を二人に向けて放つ。
だが、『光塵』を予期していた二人は至近距離から放たれる『光塵』を何とか躱すとゼロから距離をとった。
「ゼロ、また腕を上げたな! まさかあのタイミングで『光塵』を放ってくるとは、さすがに驚きを禁じえぬぞ!」
「そうそう! 只でさえ光属性魔法は光速で攻撃してくるんだから、あんな至近距離から放たれたら堪ったもんじゃないよ!」
「でも君達なら躱してくれるって信じてたから」
「まったくゼロには敵わないな」
「さすがは僕達が唯一認めた人間だね!」
「無駄話もこれくらいにして、そろそろ始めようか」
ゼロがそう言うと、ゼロの身体が光を纏い、『アイテール』が光を、『エレボス』が炎を帯びた。
「『纏衣』と『魔力貸与』か…。ようやく本気で来るな!」
「そうでなくっちゃゼロじゃないね!」
二人がそう言うとガイアの身体はゼロと同じく光を、ウリアの身体は炎を纏う。
「二人共、行くよ!」
『来い!!』
次の瞬間、ゼロ、ガイア、ウリアは光速の世界に突入する。
ゼロ達が発動したのは『纏衣』と呼ばれる身体強化魔法よりも高次元の魔法。
身体強化魔法は自身の魔力により身体能力を上げる魔法(身体の一部でも可)であるのに対して、『纏衣』は魔法属性そのものを纏う(身体の一部でも可)魔法である。『纏衣』を使うと身体強化魔法以上の身体能力向上に加えて、纏った魔法属性の威力が格段に上昇する。一方で、纏っている属性の弱点となる属性魔法に対しては、極端に弱くなるという弱点も存在する。
ゼロ、ガイア、ウリアの三人で編み出した固有魔法の一つである。
一方『魔力貸与』は物質に魔法属性を貸与し纏わせる無属性魔法である。物質に魔法属性を纏わせることでその属性の特徴を得る。これは『纏衣』と違って、一般に使われている魔法だ。
ゼロとガイアは光速の世界で刀剣と拳を交える。
ゼロは無数の剣戟を繰り出し、ガイアはそれを躱し、若しくは受け流しながら拳を打ち込んでいく。
ゼロの『アイテール』による横一閃を身体を回転させながら飛んで躱し、その回転力を利用した拳を顔面に打ち込む。それを首を逸らすことによって躱したゼロは空中で身動きの取れないガイアに『エレボス』による下段からの袈裟切りを仕掛ける。光属性の『纏衣』によって強化した腕を交差させ、斬撃をを受け止めたガイアは地面に足がつくと同時に後方へ跳躍した。
それを逃がすゼロではなく、影のように追従してガイアに追い打ちの交差切りを放つ。
しかし、動きを読んでいたガイアはニヤリと笑みを浮かべながら両の拳を前に突き出し、交差する『アイテール』と『エレボス』に一撃を見舞う。
拮抗する二人の衝突によって、爆発的な衝撃波が撒き散らされていく。二人は人の認知領域を遥かに超えた速度をもって刀剣と拳を交えていた。
そこへウリアがSSランク炎属性魔法『黒陽』を放とうとしたところで防御魔法に綻びが生じた。ウリアはそれに気づかずに『黒陽』を放つ。『黒陽』を察知していたゼロとガイアが光速で飛び退いた所に膨大なエネルギーが突撃した。
そして、綻びが生じていた防御魔法は決壊を始める。それに気づいた三人は戦闘を中断した。
「これは、防御魔法の決壊!」
「まさか、この戦闘に耐えきれなくなったのか!」
「SSランク防御魔法じゃなかったの!」
三人が困惑している間にも防御魔法の決壊は進んでいく。我に返った三人は急いで崩れかかった防御魔法を補強した。このまま防御魔法が破られれば『黒陽』の炎が周囲を破壊しつくしてしまう。それだけは何としても避けなけれなならない。
結局、ゼロ達の補強により防御魔法の決壊は防ぐことが出来たのだった。
ガイアとウリアは力を使いすぎたのか、擬態魔法が解けてしまっていまい、いつもの光竜と鳳凰の姿に戻っている。
ゼロ達が一息ついていた時、異変を察知したらしいリーガン、ミリアリア、リリーがやって来た。
「おいおい、今の何だ!? すごい音だったぞ!!」
「あ! ゼロ君達だわ! 今のまさかゼロ君達が!?」
「……一体何をやっていたの?」
三人はそう言いながらゼロ達に近づいてきた。
「ゼロ、さっきの音何だったんだ?」
「音?」
「さっき物凄い音が聞こえてきたんだよ!まるで何かが爆発したようなさ!」
どうやら防御魔法の綻びから爆発音が洩れたようだ。
「その音を聞いて、偶々近くにいたあたし達が一番乗りしたって訳」
「SSランク防御魔法発生魔法具を見に来たの」
「で、ゼロ。一体何があったんだ?」
「……………」
正直に話すことなど出来る筈がなかった。
SSランク防御魔法を破ったことが学院に知れれば、外部にもその情報は洩れることだろう。
今はあまり目立つ訳にはいかないゼロにとってそれは何としても避けたい。
リーガン達に正直に話して、秘密を守らせる方法もあるが、ゼロはこの三人をまだ余り信用していなかった。ゼロは人間の醜い心を誰よりも知っているから。
この三人を始末するという手もあるが、それは即刻脳内で却下する。これ以上、無駄に人を殺したくはない。ガイアとウリアも同じ考えなのだろう、見れば首を横に振っている。
ゼロが考え込んでいる間にも騒ぎを聞きつけたのか、どんどん野次馬が集まって来ていた。
「おい、あいつってゼロ・イシュタールだろ。幻獣使いの」
「ホントだ。まさかさっきの音もゼロ・イシュタールが!?」
「ありえない話じゃないだろ。あいつはライガー伯爵家のジオ・ライガーを簡単に倒したんだぜ」
「それにしても、一体何をすればあんな音が出るのかしら?」
「あの空間魔法みたいに何か凄い固有魔法でも使ったんだろ」
「あ~成程。それ有り得るかも~」
「貴方達、道を開けなさい! 生徒会です!!」
そんな話をしていた野次馬を掻き分けながらセリカがやって来た。
「ゼロ君、このままでは野次馬は増える一方だわ。ここの騒ぎは何とかしておくから先に生徒会室に往ってて!」
セリカはそう言うと野次馬達にと帰るように叫びだした。
「ゼロ、ひとまず生徒会室に行くか」
「……うん、そうだね」
ゼロはセリカの言うことに従いその場を後にするのだった。
何か至らぬところがありましたらどんどん教えて下さい。
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