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魔王城の庭師

作者: レイ
掲載日:2026/10/01

 魔王城には、世界で一番大きな庭がある。


 城の周りを囲むように広がるその庭には、色とりどりの花や、不思議な形をした植物が植えられている。そして庭の中心には、空を突き抜けるほど大きな一本の木が立っていた。


 世界樹。


 この世界に魔力を与えているといわれる、特別な木だ。


 僕――リーフは、魔王城で働く庭師だ。


 毎朝、日の出とともに庭へ行き、花に水をやり、伸びすぎた枝を整え、植物の様子を確認する。それが僕の日課だった。


「今日も元気そうだな」


 僕は小さな花に声をかけながら、水をやった。


 植物は言葉を話さない。


 けれど、毎日世話をしていると、なんとなく分かることがある。


 葉の色、茎の傾き、土の湿り具合。


 植物は、ちゃんと僕たちに何かを伝えている。


 だからこそ、僕は庭師という仕事が好きだった。


「リーフ!」


 突然、後ろから声がした。


 振り返ると、同じ庭師仲間のミナが、息を切らして走ってくる。


「大変なの!」


「どうしたの?」


「世界樹が……!」


 その言葉を聞いた瞬間、僕は水差しを置いて走り出した。


 庭の中心にある世界樹。


 そこへたどり着いた僕は、言葉を失った。


 昨日まで青々としていた葉が、すべて落ちている。


 太い枝は黒く変色し、根元に咲いていた花も枯れていた。


「……どうして」


 僕は世界樹に近づき、幹に手を当てた。


 いつもなら感じるはずの温かな魔力が、ほとんど感じられない。


「リーフ、どうしよう!」


「分からない……」


 僕が答えた、そのときだった。


「私が説明しよう」


 低い声が背後から響いた。


 振り返ると、黒いマントをまとった大きな男が立っていた。


 魔王、ヴァルド様だった。


「魔王様……」


 僕とミナは慌てて頭を下げた。


 魔王様は世界樹を見上げ、しばらく黙っていた。


「世界樹は突然枯れた。このままでは世界中に魔力が行き渡らなくなる。

 ……そこで、お前に頼みたい。世界樹を蘇らせてほしい」


「えっ?」


 思わず聞き返してしまった。


「ぼ、僕がですか?」


「ああ」


「でも、僕はただの庭師です。世界樹なんて、どうやって……」


「分からない」


 魔王様は静かに答えた。


「私にも方法は分からない」


 意外な言葉だった。


 魔王様なら、どんな魔法でも使えると思っていたからだ。


「だが、お前は誰よりも植物を見てきた。世界樹のことも、私よりよく分かっているはずだ」


「……」


「だから頼む。世界樹を救ってくれ」


 魔王様はそう言って、深く頭を下げた。


 僕は驚いた。


 魔王が、庭師である僕に頭を下げている。


「……分かりました」


 僕は世界樹を見上げた。


「やれるだけ、やってみます」


 そこから、僕たちの挑戦が始まった。


 庭師たちは土を入れ替え、毎日水を運んだ。


 城の魔法使いたちは、世界樹に光の魔法を浴びせた。


 錬金術師は特別な肥料を作り、騎士たちは遠くの泉から水を運んだ。


 魔王様も毎日のように世界樹の様子を見に来た。


 けれど、一週間たっても何も変わらなかった。


 二週間たっても、葉は一枚も戻らない。


「やっぱり……無理なのかな」


 ある夜、僕は一人で世界樹の前に座っていた。


 みんなが頑張ってくれた。


 それなのに、何もできていない。


「僕がもっと立派な庭師だったら……」


 うつむいていると、ふと人の気配を感じた。


 顔を上げると、そこには魔王様がいた。


 しかし、いつものような堂々とした姿ではなかった。


 魔王様は世界樹の幹に手を置いていた。


「……すまない」


 小さな声だった。


「長い間、守ってやれなかった」


 僕は何も言えず、その場に立っていた。


「この木は、私が魔王になる前からここにあった。何百年もの間、この世界を支えてきた」


 魔王様は悲しそうに世界樹を見つめた。


「だから、枯れてしまったのは……私のせいなのだと思っている」


「魔王様……」


 そのとき、僕は気づいた。


 魔王様は、世界樹を救いたいのではない。


 ずっと、大切にしていたのだ。


「……僕、もう一度考えてみます」


 僕は立ち上がった。


「きっと、まだ何かできることがあります」


 翌朝、僕は庭師たちを集めた。


「みんなにお願いがあります」


 僕は世界樹を見上げた。


「もう一度、力を貸してください」


 庭師だけじゃない。


 魔法使いも、錬金術師も、騎士も、城で働くすべての人に声をかけた。


 そして最後に、魔王様にもお願いした。


「魔王様の魔力を、少しだけ世界樹に分けてもらえませんか?」


「私の魔力を?」


「はい。世界樹は、この世界に住むみんなの力で育ってきたんじゃないでしょうか」


 魔王様は少し驚いた顔をした。


 そして、静かに笑った。


「……分かった」


 みんなが世界樹を囲んだ。


 水が根元に注がれる。


 新しい土が運ばれる。


 光の魔法が枝を照らす。


 そして最後に、魔王様が両手を世界樹へ向けた。


 黒い魔力が、ゆっくりと木へ流れ込んでいく。


 けれど、何も起こらない。


 十秒、二十秒……。

あるいは、一分だったろうか。


 時間だけが過ぎてゆく。


僕は、ぎゅっと拳を握った。


 その瞬間――


 ぽつり。


 世界樹の枝から、小さな緑色の葉が一枚開いた。


「……葉が!」


 誰かが叫んだ。


 次々と新しい葉が芽吹いていく。


 黒かった枝は茶色に戻り、枯れていた花にも色が戻っていった。


 そして――


 世界樹は、光を放った。


 まばゆい光が世界中へ広がっていく。


 遠くの空に虹がかかり、城の庭には一斉に花が咲いた。


「蘇った……」


 僕は呆然と世界樹を見上げた。


 隣では、魔王様が静かに笑っていた。


「見事だな」


「僕だけじゃありません」


 僕は周りを見渡した。


 庭師も、魔法使いも、騎士も、みんな互いに顔を見合わせ、手を取り合い、嬉しそうに笑っている。


「みんなで蘇らせたんです」


「そうだな」


 魔王様は満足そうにうなずいた。


 その日の夕方。


 僕はいつものように庭の手入れをしていた。


 世界樹には、以前よりもたくさんの葉が茂っている。


 その根元には、小さな白い花が咲いていた。


「きれいだな」


 後ろから声がした。


 振り返ると、魔王様が立っていた。


「魔王様も、花が好きなんですね」


 僕が笑うと、魔王様は少し気まずそうに目をそらした。


「……悪いか?」


「いいえ」


 僕は笑った。


「少し意外でした」


「そうか」


 魔王様は花を見つめた。


 その表情は、僕が初めて見るほど穏やかだった。


 怖い魔王。


 世界中からそう呼ばれている人。


 けれど、僕はもう知っている。


 この人は、花を大切にし、世界樹を誰よりも心配していた。


「魔王様」


「なんだ?」


「これからも、この庭を僕に任せてもらえますか?」


 魔王様は少し笑って答えた。


「もちろんだ。これからも頼むぞ、庭師」


「はい!」


 魔王城の庭には、その日からたくさんの花が咲くようになった。


 そして世界樹は、今日も世界中へ温かな魔力を届けている。


 僕はその木を見上げながら思う。


 ――この世界で一番優しい人が、魔王と呼ばれていることを、僕は少しだけ誇らしく思っていた。



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