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グラン・ボヌール劇場

 馬車の中では、ルークは終始無言だった。

 王宮から、さほど遠くない場所にあるグラン・ボヌール劇場に到着して、ルークが言った。


「俺の住処も、ここなんだよ」


 私たちは馬車を降り、裏口に回って建物に入った。館内は薄暗く、しんとして静かである。


「新年だからな、劇場は休業だ。来週から新しい芝居が始まるんだが」


 私は物珍しさから、きょろきょろしてしまう。

 ルークに視線を戻すと、彼は私を見ていたらしく、目が合った。彼は、眩しそうな目をしている。


「ルーク?」


「あ、ああ。こっちだ」


 ふかふかの臙脂(えんじ)色の絨毯を敷いた廊下を進み、マホガニー色に磨き込まれた階段を降りて行く。


「寝る場所は、地下の俺の部屋しかないが」


 この時になって、思いつきで『泊めてほしい』などと言ってしまったことを、私は後悔し始めた。

 男性、それも見ず知らずといっていい人の部屋に泊めてもらうなんて。危険極まりない。


「ご、ごめんなさい。私、やっぱり、家に帰りますね」


「心配するな、俺は弱っているレディに手を出すような鬼畜じゃない。今夜は、違う場所で過ごす予定さ。あんたさえ良ければ、納得いくまで、ずっとここで暮らしてくれてもいいんだ」


「本当ですか?」


「この廊下の突き当たりが、俺の部屋だ」


 地下の廊下には、豪華なドレスや紳士用の服が、いくつか飾られている。それに台本だろうか、書物がたくさん積まれている棚もあった。劇場というより、まるで博物館みたいだ。


 ルークの部屋は、さっきの老医師の診察室と違って、とても整頓された部屋だった。

 書き物机、ソファと丸テーブル、衣装櫃(タンス)、ベッド。家具はそれくらい。それ以外は何も置かれていない、すっきりとした部屋。


 机の上は、ペンや文鎮(ぶんちん)などが綺麗に並べられていて、彼の几帳面な性格が透けて見える。


「ベッドのシーツは今から替えよう。そこのソファにでも掛けて待っていてくれ。そうだ、すっかり忘れていた。腹が空いているだろう? 丸二日は何も飲み食いしていないよな」


 ルークに言われて、空腹に気づいた。しかし、さほどお腹が空いている感覚はなかった。


 そう伝えると、彼は眉根を寄せ、

「ショック状態にあるんだろう。急に食べるのも体に悪そうだ。ちょっと待っていてくれ」

 そう言って、慌ただしく部屋から出て行った。


 ルークは、この窓のない部屋で暮らしていると言うが、息が詰まらないのかしら? 昼間忙しく仕事していたら、そんなことはないのだろうか。


 しばらくして、ドアをノックする音と同時に扉が開いて、ルークが入って来た。彼の後ろには、お盆を手にした小柄な丸坊主の男性が立っている。いい匂いもしている。


「このお嬢さんが、あの時の?」


「そうだ、アナベル・ウィスハート嬢。公爵家令嬢で、王太子の元婚約者だ」


 ルークの言葉に、胸がちくっと痛んだ。

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