再び領地へ
客車にじっと座っている、というのも疲れるものだ。
王都を離れ、いくつかの集落を見送って、ようやく私たちは領地に到着した。まだ外は真っ暗だった。
「お母様、大丈夫? お疲れでしょう?」
私は客車を先に降りて、母が下りるのを助けた。
「アナベル、あなた、すっかりたくましくなったわね。しゃんと伸びた背筋は、まるでしなやかな剣だわ。女優修行というのは、体つきまで変えるの?」
父も、母に同意するように頷いている。御者台から下りてきたルークは、そんな私たちを目を細めて見ている。
「アナベル様は、この世のものとは思えないほど美しくて尊敬できる方です。こんな方と出会えた私は、世界一の幸せ者だ」
あまりにも照れのない言葉に、私は狼狽えてしまう。
「まだ始めたばかりだけれど、ルークに剣の手ほどきも受けているの」
「剣の手ほどきですって!?」
「攻撃は無理でも、身を守るにはいいと思って」
母の目に、再び涙が浮かんだ。
「あなた、本当に苦労したのね」
馬車を繋いでいた騎士団長が、ゆったりとした足取りで、こちらに向かって歩いて来た。
「急いでおりましたので、休憩もなく馬車を走らせました。お疲れでございましょう?」
そう言う騎士団長は、疲れた様子もなく労わってくれた。父は、首を横に振る。
「いいえ、大丈夫です」
その言葉通り、私たちは元気に、城館の敷地に入った。館の大きな分厚い扉に取り付けられた円環を、父が何度も叩く。
しばらくして、「こんな時間に、どなたでございますか?」と反応する声が、館の内側から発せられた。
門番の老人が扉を開けてくれ、彼は何も聞かずに、「どうぞ、寝室へ」とだけ言ってくれる。
彼のジェントルな態度に、ルークはかなり驚いた様子だった。
通された両親の寝室は、寝具の用意も整えられており、ルークは再び感心したように、「さすが公爵家ともなると違う」と呟いた。
私は、大事なことを思い出した。
「お母様、ミリーのお母様のことをお聞きしたいんだけど」
「ミリーのお母様って、伯爵夫人のこと?」
「いいえ。そうじゃなくて、本当のお母様よ」
「あなた、知っていたの?!」
「ええ、ミリーの本当のお母様は農家の娘よね? 彼女が描かれた絵画を観ました。しかも、ミリーは伯爵の子供じゃない、って噂もあるのよ」
「何ですって!」
両親の顔色が変わる。
「本当のお母様は、ミリーを産んですぐ亡くなったのよね? でも、私は子供の頃、何度も見たことがあるの! ミリーにそっくりな綺麗な人」
母が、遠くを見るような瞳をして言う。
「それは、リュドミラ夫人じゃなくって?」
「え? リュドミラ夫人は、どちらかといえば私に似てるんじゃないの。ミリーがそんなことを言ってたけど」
「リュドミラ夫人以外に、ミリーが “お母様” なんて呼ぶ存在は居ないはずよ」
「ミリーは、彼女のことを “お母様” って呼んでたの?」
「それは知らないけど、ここで過ごす時は、ミリーはとても彼女に甘えていたわね」




