脱出
「わかった」
父は重々しく頷くと、気持ちを切り替えてくれたのか、「では、急ごう」と言った。私たちは、父を先頭に部屋を出た。
ひっそりと静まり返った屋敷の中で、さらに私たちはひっそりと移動する。誰にも気づかれないよう……。
しかし、それは無理な話だったようで、どこからか一人、騎士が現れて、私たちの前に立ち塞がる。
「グランドマスター、これはどういうことです? こんな真夜中に。しかも、後ろにいらっしゃるのは、公爵ご夫妻?」
「騒ぐな」
張り詰めた空気を切り裂くように、騎士団長が低い声で言った。
「訳あって、ご夫妻を御領地にお送りすることになった」
「何ですって? そんなことは聞いておりませんが?」
「国王陛下と王太子殿下には、私が後からお話しする。それまで、お前はこのことを口外してはならない。わかっているな?」
すると、騎士は、サーベルを自分の顔の前に立てて敬礼した。
「我らは一つ。マスターの御心のままに」
騎士団長は鷹揚に頷き、振り向いて微笑んだ。
「参りましょう」
その騎士は、「お気をつけて」とまで、私たちに向かって言うではないか!
「グランドマスターのご威光ってすごいわ!」
「騎士団は、国王陛下の御命令で動きますが、実際は私が頂点の指揮系統ゆえ、彼らが忠誠を誓っているのは、私と己の誇りだけと言ってもいいのです」
その後は誰とも会うことなく、私たちは外に出ることに成功した。
「何事もなくてよかったわ!」
「私に逆らう者はいないと思っていましたが、警護の人数が絞られていてよかったです」
さすがの騎士団長も、ほっとしたような様子を見せた。
ずっと待っていてくれた馬車に近づくと、ギルドの青年が帽子を取り、「では、私はここで」と、深々と頭を下げた。
「本当にありがとう。また何かあったら、君を頼っていいだろうか?」
ルークも頭を下げて、彼に微笑んだ。
「お任せください。私たちのギルドは、腕っこきの職人や商人が揃っておりますし、あなた方の味方です。何でもご相談ください」
彼に見送られ、御者台に騎士団長とルークが座り、私と両親は、乗り心地が良いとは言えない客車に乗った。
「アナベル……」
母はまだ涙が止まらないようで、ずっと私の手を握りしめたまま。
「あなた、なんだか雰囲気が変わったわ。もう一度、顔をよく見せて」
私は、自分の顔のあざを思い出して、うなだれた。
「どうしたの、アナベル?」
「お母様、私の顔のあざを覚えてらっしゃる?」
母は、私の顔をまじまじと見た。
「あなたが葬られた時よりも、薄くなっているような気がするわ」
「そうかしら。暗くて、よく見えないだけかもしれなくてよ」
私は投げやりな口調で答えてしまった。




