公爵家の館に帰る
私たちは、隠れ家からこっそりと出て、家の裏手にある森に向かう。森の入り口には、木に繋がれている馬車があった。その真っ黒い馬車は、あの日の護送馬車を思い出させ、少し嫌な気持ちになった。
「あの日の馬車と同じものに見えるわ」
「そうです、護送用の馬車です。私の権限で動かすことができるのですが、これが意外な場所を走っていても、誰も不審に思いません。私の命で、秘密の任務で動くこともあるのです」
「そんなこと知らなかった!」
「この世には、あなた方が知らないこともたくさんあると思います。同じように、私の知らないことを、あなた方もご存知でしょう?」
騎士団長は生真面目に言う。
「グランドマスター、貴殿は恋をしたことがあるか?」
ルークが唐突に質問した。
「は?」
「いや、貴殿に知らないことはなさそうなのだが、恋愛はどうなのかな? と」
ルークは意味ありげに、私に目配せしてくる。私は無言で、彼の足を蹴飛ばした。
「……では、これから公爵家に突撃します」
騎士団長は、ルークの問いを無視することに決めたようだ。
「突撃?」
「部下達が、朝から晩まで公爵様の城館に詰めております。連中には、私の命令で協力してもらうつもりですが、従わない者には力で言うことを聞かせるしかないので」
騎士団長の説明に、ルークが苦笑いする。
「それで突撃か」
馬車の小窓から見える外の景色は、飛ぶように変化していく。
しんと静まり返る村。鬱蒼とした森。
月だけが、明るく私たちの行く道を照らしてくれていた。
王都に到着した時は、まだ真夜中だった。
私たちの乗る馬車の車輪の音だけが、石畳にガラガラと響く。
やがて、懐かしい公爵家の城館が見えてきた。
「いよいよだな」
ルークが緊張したように言う。意外にも、騎士団長は、余裕の笑みさえ浮かべているが。
私とルーク、そして騎士団長は、公爵家の城館近くで馬車を降りた。
「私は、ここでお待ちしています。お気をつけて」
若い男性に言われ、私たち三人は少し歩いて、公爵家の門を目指す。門の前では、門番が二人立っていた。
「篝火も焚かずに。こんな真っ暗では、何も見えないんじゃないの」
「襲撃などは想定していないのでしょう。ご夫妻が逃亡されないように見張っているだけかと」
「甘いな」
ルークのくぐもったような笑い声に、騎士団長も笑った。
「たしかに。まあ、わざわざここに侵入しようとする人間は、もっと愚かなのかもしれないが。では、行くぞ」
騎士団長が低い声で言った。
彼は堂々と門まで歩いて行くと、門番と二言三言、会話している様子だ。
私たちは離れたところで、それを見ていた。
少しして、騎士団長に手招きされた。私たちは俯いて彼の後に続く。




