隠れ家
馬車が止まって、隣の村に到着したのが分かった。
田園風景というのは、どこも素敵だ。
今まで考えたこともなかったけど、この美しさを守るために、たくさんの人が毎日懸命に働いて暮らしているのだろう。
静養中の私の両親も、こんな景色に慰められているに違いないと思った。
「ああ! お父様とお母様に会いたいわ」
思わずため息をつくと、御者に金貨を払っているルークと目が合った。
「何、ルーク?」
「いや、なんでもない」
私は彼に手を引かれて、再び歩き始めた。
「アナベル、もう少しだから辛抱してくれ」
「全然、大丈夫よ!」
点在する農家のうちの一軒を、ルークが指差す。
「ここは、おやっさんの血縁が住んでる地所なんだ。この家も、もう空き家になっているから、ずっと住んでくれていいと言われた」
「ずっと?」
「ああ、追手にさえ見つからなければ、ずっとここで隠れて暮らすことも出来る」
ルークは笑った。
「ここで、あなたとふたりで暮らすなんて天国ね」
私は軽い調子で言ってみたが、それは本音だった。
ルークさえよければ、私は誰にも邪魔されず、彼とふたりきりで暮らしたくなっていた。
「アナベル」
感極まったように言う彼と一緒に、空き家に足を踏み入れた。
家の中は思ったよりも片付いていた。
「さて、掃除するか」
ルークは呟いて、床に落ちている物を拾い始めた。
彼と初めて会った日の、お医者様の家での彼の振舞いを思い出す。
「あなたって、働き者よね」
「何だ? 急に」
「お医者様の家、せっせと片付けてたじゃない?」
「生まれつきの働き者というより、習い性なんだろう。子供の頃から、そういう風に過ごしてるから」
「あなたの子供の頃の話って、ほとんど聞いたことがないわ。アルフォンソおじさんが言ってたけど、あなたのお家は貴族なのよね?」
「爺さんも、余計なこと言うなぁ」
彼は部屋の隅に立てかけてある箒で、今度は床を掃き始めた。
「詳しいことは知らないんだけど、革命のようなものが起きて、あなたの国の貴族は周辺諸国に逃げたのよね?」
「そうらしいな。俺の一族も命からがら逃れてきたと聞いた。両親は、俺がまだ小さい頃に亡くなってしまったが」
「お気の毒だわ。あなたも随分、苦労したんでしょうね」
「どうだろう? 俺にはグラン・ボヌール劇場があったし、アルフォンソ老もいてくれたし。ただ、自分の身の回りの事は全部自分でやるように、と厳しく躾けられたかな」
「剣の腕も、そうやって磨いて来たの?」
「護身の意味もあったんだろう。アルフォンソ老が名だたる剣の使い手を連れてきて、子供の頃から稽古をつけてくれた」
「そうだったの! 強いはずね。グランドマスターと互角に戦えるんだもの、本当にびっくりしたわ」
「グランドマスターか、いい男だったな」
「確かに、あの人は見た目も麗しいし、真っ直ぐなご気性なのね。言われてみたら、女性人気の高い方よ」




