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逃亡する

 騎士団長は、私の手の甲にキスした。


「婚約者を蔑ろにする行為が、そもそも私は気にくわなかった。しかも、何の説明もなく、『公爵家令嬢を塔送りにするから護衛せよ』だと? 塔に送られることが、どういうことなのか! 王太子様は身勝手すぎる!」


 彼は、さっきとは打って変わって、私に優しい目を向けてきた。


「数々のご無礼、お許しください。この男のおかげで目が覚めました」


 彼は服の袖をまくり、剣を拾うと、その先端部を自分の腕に刺した。


「な、何をされるの!」


 彼の腕に鮮血が浮かび、それを見た私は慌てる。


「これくらいの工作は必要かと。国王陛下や王太子様には、私の失態でウィスハート様を(さら)われたとでも説明しておきましょう」


 顔をしかめて騎士団長は言うと、袖を引きちぎり、自分でつけた傷に巻きつけた。

 そして、気を失って地面に倒れている御者を抱き起こし、その背中に膝を当てて喝を入れる。


 うめき声を上げた御者を軽々と肩に(かつ)ぎ上げると、騎士団長は私とルークを見て微笑んだ。


「ウィスハート様、またお会いできる日を楽しみにしております」


「かたじけない、なんとお礼を言えばいいか」


「礼を言うのは、全て解決してからだ。さあ、ウィスハート様を連れて早く行け。幸運を祈る」


 騎士団長は、てきぱきとした動きで御者台に上り、馬に鞭を当てた。


 私は、護送馬車をしばらく見送ってから、彼に抱きついた。


「ルーク、無事だったのね!」


「アナベル、良かった! さあ、早くここから逃げよう」


「ここから逃げてどうするの? どこに行くの?」


「おやっさんに頼んで、しばらく隠れる場所を見つけてある。そこで、今後のことを考えるんだ」


「今後の台本を考えたところで、今更どうしようもないわ。私は、お尋ね者になってしまった」


「大丈夫だ。俺の台本は、何の役にも立たないということはよくわかってる。だが大丈夫だ。今度ばかりは、俺を信じてくれ」


「ルーク。ここまで助けに来てくれたんですもの、信じるに決まってる。ううん、いつだって、私はあなたを信じてついて行くわ」


「アナベル!」


 彼は感動したように言って、私を抱きしめた。しばらく私たちはキスを交わしていたが、ふと私は我に帰った。


「ルーク、体は大丈夫なの? なんだか、すっかり元気そうなんだけど」


 ルークは苦笑している。


「あなたと一緒にいると、例え死にかけていても何度でも蘇ることができる。ほら」


 ルークは私の手を取り、自分の下半身に当てようとする。


「ルーク! バカね! 今はそれどころじゃないわ。さあ、“隠れる場所” とやらに連れて行ってくれる?」


「おっと、そうだった」


 ルークは真面目な顔になり、私の手を強く握ったまま走り出した。

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