静かに怒る
男は、悲鳴をあげて私の体から離れた。
そして、呻きながら床を転げ回っている。
(チャンスだわ!)
私は、再び男の急所を狙って、今度は思いきり踏みつけてやった。情けない弱々しい悲鳴をあげ、男は蹲まり、半ば気を失っているようである。
男のズボンのポケットから鍵を奪い取り、大急ぎで部屋から出て、外から鍵を掛けた。
まさか死んでいないだろうけど、死んだって構うもんか!
公爵家令嬢アナベル・ウィスハートに対して、こんな無礼な真似をした奴は許せない!
「みんなはどこ?」
私の正体がミリーにばれているなら、もう何も隠す必要は無い。
私は階段を駆け上がり、ダイニングルームを目指した。
ダイニングルームでは、何人かの使用人が後片付けをしていたが、病人の姿はなかった。
私の姿を見て、メイドのひとりが驚きの声を上げる。
「どうしたのですか?」
「それより、この女は毒を盛った犯人じゃないのか!」
非難するような男性の声もしたが、無視して私は言った。
「私は何もしていません、誤解です。とにかく、私の話を聞いてください」
彼ら彼女らが、私の話を信じてくれるかどうかわからないが、今はとにかく、私の無実を言い続けるしかない!
「信じてもらえないかもしれませんが、私は公爵家令嬢アナベル・ウィスハートなのです!」
「今、何と仰いました?」
誰かに尋ねられたが、私は声のするほうは見なかった。
ダイニングルーム全体を見渡しながら、はっきりした声で再び告げる。
「私は、公爵家令嬢アナベル・ウィスハートです」
ダイニングルームは、さっきより更に、ざわざわし始めた。
「信じられないことでしょうが、私は一度死んで蘇りました。グラン・ボヌール一座のルーク・ドレフュスに助けられ、女優として生まれ変わったのです。私を殺そうとした犯人を見つけるまでは、身を隠すのが賢明だと考えたのです」
室内はシーンとしている。
私は厳かな態度で、話を続けた。
「私は毒を盛られたのです、今起きている事と同じです。誰かに殺されかけたのです。犯人の目星はついています。でも、証拠はありません。彼女……いえ、その人の自白を待つしかないのです」
(アナベル、その調子! 情感たっぷりに、観客を味方につけるのよ)
「私が毒を盛ったなんて疑われるのは心外です。お世話になった一座の人を殺すはずなどないでしょう?!」
私は絶叫した。涙が出て、それ以上何も言えなくなる。一座のみんなのことが心配で、居ても立っても居られない。
おまけに、さっきまで抑えていた感情が、溢れ出して止まらなくなっているみたい。
殺された私が、今度は殺す側になったと疑われ、下劣な男に襲われるなんて。
あんまりなことじゃないかしら!




