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後戻りできない

 晩餐を終えて、それぞれの部屋に戻る際、シシィに念を押される。


「アナベル、今夜はルークが来ても絶対ドアを開けちゃダメよ。まあ、今朝の様子だと、あなたの部屋には行かないとは思うけど。明日こそが本番のつもりで、私はここに来てるの。あなたも緊張感を持って舞台をやってほしい。だから早く寝るのよ」


 シシィの隣で、トラヴィスが怪訝な顔をしている。


「ルークが来ても?だって?」


「な、なんでもないの。おやすみなさい!」


 慌てて部屋に戻る私の背後で、ジュリアンとイズーの笑い声が響く。


「何だよ! 昨夜、なんかあったのか?」


 トラヴィスの大きな声も聞こえてきて、私は焦って部屋の扉を閉めた。

 本当は、ひとりでこの部屋にいるのは怖い。シシィに来てもらおうか?


 私が部屋の扉を開けた時、真正面にルークが立っていて、私は「きゃあ!」と叫んでしまった。


「あっ! アナベル、驚かせてすまない。その、あの。おやすみだけ言いたくて」


 どきどきする胸を押さえ、私は小声で「おやすみなさい」と告げた。

 彼の顔が下りてきてキスされる。


 キスは次第に熱を帯びてきて、私も返してしまう。

 しばらく、そのままキスを交わしていたが、唐突にルークが顔を離し、喘ぐように言った。


「おやすみ、良い夢を」


 彼は、背を向けて小走りで行ってしまった。

 私は取り残された気分である。


 翌朝、私たち一行は、伯爵家の領地にある野外劇場に向かった。

 昨夜、あれからしばらくの間は眠れなかったが、不思議なことに怪しい気配を感じることなく、私の恐怖感も消え去った。おかげで、なんとかゆっくり眠ることはできた。


 野外劇場に到着すると、既に領民が大勢集まっており、押すな押すなの大盛況であった。

 シシィを見ると、彼の頬は紅潮し、満面の笑みを浮かべている。トラヴィスも、一座のみんなも嬉しそうだ。


 上演前、ルークが舞台中央に進み出て挨拶し、劇の内容を解説する。

 そして、万雷の拍手の中、一座の芝居は始まった。

 いつも通りの芝居なのに、私は感動した。


 みんな、いつもより大きな声で、歌も聞き惚れるほどの良い声が出ている気がする。

 もう何度も観ているはずなのに、胸が震えた。


「素晴らしかったわ。私、わかったの。みんな、本当に芝居が好きで、誇りに思っているのね」


 芝居を終え、帰途についてから、私はシシィにそう伝えた。すると、彼は目を輝かせて頷いた。


「何を今さら! お仕事ってだけじゃない、私にとっては、人生そのものなの」


「なんだか恥ずかしい。私は考えたこともなかった。お仕事、そして人生……」


「アナベルは仕方ないわ。貴族の令嬢は、貴族の奥方になるしかないんだもの」


 私はシシィの言葉に頷いたが、もはや私には、その道は閉ざされている気がする。


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