無邪気なミリー
「とにかく。今日は、私を慰めてくださる? 何もかも忘れて楽しみたいわ」
ミリーの言葉を合図に、私たちは定位置についた。
芝居が始まり、主賓であるミリーはもちろん、私たち一座の人間も皆、シシィ演ずるクリスティーナの独白に耳を傾けた。
クリスティーナの独白が終わった時、彼女の母役である私は、前に進み出てシシィに耳打ちする。
シシィは驚きの表情を浮かべ、
「お母様、ありがとう! お元気で」
と叫ぶ。
今、演じているのは、クリスティーナと母の別れの場面である。
隣国の王子との政略結婚を嫌がるクリスティーナが、母親の助けを借りてトニオと駆け落ちする、という流れなのだが、ミリーは身を乗り出して真剣に観ていた。
私はトニオ役のイズーと入れ替わるようにして、下がっていった。その後は出番はないので、じっとミリーの様子を観察することにした。
ミリーは、シシィたちの歌や演技に没頭しているように見えた。
(すぐ近くで、歌や演技を観ていると、その迫力に引き込まれるのはわかるわ。私もそうだったもの)
芝居が終わり、ミリーの前に私たちは並び、深々とお辞儀した。
ミリーは、嬉しそうに満面の笑みを湛え、拍手してくれた。その姿は、子供の頃の無邪気だった彼女を彷彿とさせるものだった。
芝居が終わり、ミリーに挨拶してからパーティルームを出たのだが、彼女の振舞いは伯爵家令嬢として完璧なものだった。
一座の俳優全員が、順番に挨拶していった時、感謝の言葉を述べ、我々の返答に鷹揚に頷く様子は “高貴”と表現したいほど。
私の番になり、彼女に深々とお辞儀をしたところ、ミリーが、
「あなたを見ていると、懐かしい気持ちになるの」
と言い出した。
一瞬、まさかバレた? と身構えたが、彼女はくすくすと笑って言う。
「子供の頃、私の世話をしてくれた人。この領館で住んでいたおばさんなんだけど、とても真面目で厳しい人だったの」
「そうですか」
安堵のため息。
「ええ。体が弱い母に代わって、私の面倒を見てくれていたの。お行儀が悪いって、よく叱られたわ」
「その方は、今はどうされているのですか?」
「もう亡くなったわ。母も。もう」
ミリーの話は核心をついてきた。どうしよう、踏み込んで尋ねようか。
「立ち入ったことを申し上げますが、伯爵夫人はお元気では?」
「隠す必要はないわね。伯爵夫人は、私の母なんかじゃないの」
あっさりと答えるミリーは、屈託なく笑った。私もあっさりと返した。
「そうでございますか……」
ここまでにしておこう。私は次に控えているシシィに場を譲り、素早くミリーの前から離れた。




