いよいよ
「皆様、昨夜はよく眠れましたかな?」
食事を終えて、伯爵にお会いするなり問われた。私たち一行の間に、微妙な空気が流れる。私は気恥ずかしさから、黙ってうつむいているしかなかった。
「何か……? 寝具が良くなかったのでしょうか?」
「あ、いいえ。とんでもございません。素晴らしいお部屋をご用意いただき、一同感激しております。ただ」
眉をひそめる伯爵に、ルークが答えた。
「ただ?」
「卑しい身の我々には、過ぎたお部屋だったようです」
「ははは、何を仰る」
明るく笑う伯爵に、ルークも笑っている。余裕のある態度に、彼のことが憎らしくなった。
「実は、突然絵画の額が落ちてきて、少しだけ騒ぎになりまして。女性のすすり泣くような声もする、と」
「何ですと?」
「いえ、窓が少し開いていて、風が吹き込んだだけのようでした」
ルークの説明に伯爵の笑顔が消え、沈黙が流れた。
「伯爵様?」
「そうですか。額が落ちてきて驚かれたことでしょう。申し訳ない。……早速ですが、娘ミリアムの為に、今日は明るい芝居をお願いしたい」
「かしこまりましてございます」
いよいよ、ミリアムの為だけに芝居をするのだ。
今回は、私は占い師ではなく、ヒロインの母という出番も少ない脇役である。
今日の演し物、グラン・ボヌール一座の十八番『王女クリスティーナ』。
これは、男性の姿となって、国の危機に立ち向かう王女の物語で、彼女と共に闘ってくれる騎士との悲恋物語でもある。
王女クリスティーナを演ずるのはもちろん、シシィ。騎士トニオ・エルナンデスは若手のイズーである。
激しく剣を交わす場面もあれば、幽閉された牢から逃亡する場面など、全体に動きの多い芝居なので、とても人気があるらしい。
しかし、今回は、劇場で演じるわけではないので、女性に人気のある場面をチョイスしたもの。クリスティーナとトニオが、互いの愛を確かめ合うように歌う場面や、男装のクリスティーナが束の間、女性に戻る場面など。
いずれは、“跡を継いでほしい” と、シシィから言われているが、私に出来るとは思えない。
そして、困ったことに、昨日ここに来たことで、私は里心がついたのかもしれない。早く公爵家に戻りたくなったのである。
物思いに耽っていた私だったが、執事の「ではそろそろ」という声に、現実に引き戻された。
私たちは領館のパーティールームに移動した。




