幽霊がいる?
絵の女性は、薄手のブラウスに前掛け姿、金褐色の豊かな髪を一つに束ねている。農作業に適した姿のようだ。
もしかしたら、ミリーの実母に当たるジェシカという人かもしれない。
女性は小さく描かれているが、絵の隅からゴールドの光が放たれているようである。
私は、ため息をついて壁を見た。
暗がりの中でも、絵が掛けられていた壁は白っぽい。長年、絵が掛けられているから、白の壁紙は変色していないのだろう。私は絵画をそっと床に戻して思った。
(絵のことも、ミリーの実母のことも、明日、考えよう。今日はもう真夜中だし。こんな、夜も更けての考え事は良くないって言うし)
ベッドに戻ろうとした時、女性の啜り泣く声が聞こえてきた。
「うっうう……」
間違いない! 誰か部屋にいて、泣いてる!
幽霊?!
私は、恐怖で気を失いそうになった。ふらつく体を支える足が、わなわな震える。
しかし、なんとか倒れる前に、部屋から廊下に出ることに成功した。廊下は、少しの照明しかついていないので薄暗い。
私の立てる物音に気づいたのか、隣の部屋の扉が開いて、ルークが顔を出した。
「ああ、ルーク!」
私はためらいもなく、彼に縋りつく。
「アナベル、どうした?」
彼は驚きつつも、私をしっかりと抱き止め、優しく尋ねてくれた。
「ルーク! 幽霊が! 幽霊がいるの!」
「何を言ってる?」
「嘘じゃない、私の部屋に女の幽霊がいるのよ!」
「しっかりしろ。夢でも見たんだろ」
ルークはそんなふうに宥めてくるが、私の体の震えは収まらない。
「大丈夫か? とにかく、あなたの部屋を見てみよう。少し待ってくれ」
ルークはそう言って、私の肩を軽く叩き、ランプを取って来た。それから、そっと音を立てないよう扉を閉めた。
「ごめんなさい、こんな夜中に」
「気にするな」
私は、ルークが一緒に部屋に来てくれることに安心して、少し落ち着きを取り戻してきた。
「あなたと同じ部屋は誰だっけ?」
「ジュリアンとイズーだ」
ふたりとも若手の俳優だ。
「三人一部屋なのね。起こしちゃったかしら、ごめんなさい」
「いいや、聞こえただろ。いびきまでかいて、ぐっすりだ。明日はゆっくりと聞いて、みんなワインをしこたま飲んでたからな」
ルークが部屋の扉を開けた時は、特に何も感じなかった。
誰かと一緒だと怖くない。ということは、さっき扉を開けて感じた気持ち悪い気配は、やはり気のせいだったのだ。
ルークはランプを掲げ、部屋中を見て回ってくれた。
「特におかしなところはないな。窓も閉まっているし。……しかし」
「しかし?」
「ほんの少し、隙間があるな。そこから風が通ると、女のすすり泣きのように聞こえるのかもしれない」




