王太子様の依頼
「あっ! 王太子様」
ミリーの、悲鳴のような声がする。
既に王太子様は、椅子から立ち上がっていた。
彼は無言で歩き始めると、振り返ることなく広間から出て行ってしまった。
貴族の方々が座っている観客席が、ざわざわし始めた。
演者である私やシシィ、トラヴィスは、その場で突っ立ったまま。
「ルーク、どうしよう?」
シシィの問いに、ルークが頷いて大きな声で話し始めた。
「皆様、大変申し訳ございません。王太子様のご不興を買うような真似をしてしまったこと、深くお詫びいたします。ですが、私の大事な飯の種……ならぬ劇団員が、心を傷つけられるような行為を、私は見すごせませんでした」
今度は、ミリーが立ち上がる。
目に涙を溜めて、唇を噛み締めていた。
彼女は、妊婦とは思えない素早い動きで、広間から出て行った。
ルークは、ミリーの背中に恭しくお辞儀をしたが、彼女は気づいていないだろう、おそらく。
きっと彼女は、王太子様のところに行って、ルークの無礼な発言を告げ口するつもりじゃないかしら。
「ルーク」
心配する私に、ルークはウィンクして小声で言った、茶目っ気たっぷりに。
「さあ、邪魔者は消えた。続きをやろうぜ」
その後、なんとか落ち着きを取り戻した私は、最後まで演じ切ることができた。
観客は盛大に拍手してくれたが、私の気持ちは晴れやかではない。
まさかルークが、あんな風にミリーを非難するとは思わなかった。
「ルーク、ミリーは一応、王太子妃なのよ。変に恨みを買ったら、どうなるか」
「アナベルの言う通りよ。あんた、やりすぎよ。そりゃ、ミリーはいけ好かない女だけど」
シシィと私の心配をよそに、ルークは涼しい顔をしている。
「とりあえず、王太子がアナベルに会いたいと言ってくるのを待つとしよう」
「今頃、ミリーが『明日からは一座を呼ぶな』って言ってそうよ」
私は少しがっかりしていた。
せっかく、王太子様に近づくチャンスだったのに。
あ! でも近づいた後、どういう方法で王太子様とミリーを追い詰めたらいいのか、まだ決まっていないんだった……。
その時だった。
王太子様のお付きの方が来られて、私たちに話しかけてきた。
「失礼、占い師の方は、こちらの方でしたよね?」
「はい、そうですが」
私に代わってルークが答えると、男性はにこやかに言った。
「王太子殿下が、お待ちです」
「え?」
「昨日、お約束されましたよね? 占ってほしいと仰っています」
やはり、王太子様は本気だった。




