ミリーの出自
翌日、一座は早朝から王宮に詰めていた。
舞台装置は少しだけ用意されているが、目線の高さが観客とほぼ同じ、という舞台は珍しい。
一座の人たちは、そういう舞台も、地方の興行で経験している。しかし、そもそも私は、人前で芝居をしたことなどないのだから、全て初体験。
後姿にも注意して演技しなくてはならない、ということくらいはわかる。
私の様子を見たシシィが、感心したように言ってくれた。
「アナベル、流石ね」
「何が?」
「とても、初舞台とは思えない落ち着きっぷりだわ」
「ええ。不思議なことに、緊張していないの」
復讐目的で、私はここに来たのだから、芝居は二の次である。
今回は、グラン・ボヌール一座の代表作からいくつか、特に名場面をチョイスして上演することになっていた。ヒロインはシシィで、私は顔をヴェールで隠して、老婆の役をやるのだ。
いつも以上に念入りにメイクし、皺を描いたり含み綿をしたり、老婆になりきっているつもり。
芝居を学び始めた時から、『外見から役に入る』ことを心掛けてきた。そのために、私はメイクの研究も怠らなかった。
今日の私は、仮にヴェールがなかったとしても、公爵家令嬢アナベル・ウィスハートと気づかれない自信がある。既に “この世にいないから” というだけでなく。
やがて、広間には、続々と招待客である貴族が集まって来た。
中には、私の親類縁者もいるが、静養中の両親の姿はなかった。
お父様とお母様が、いらっしゃらなくてよかった。
いくら私が別人のような姿でいても、お二人にはわかってしまうだろう。万が一、わからなくても疑念は抱くだろう。
全員が着席してから、最後に国王陛下と王妃様、王太子殿下と、順番に広間に入って来られた。
後ろには、国王の側妃方と、ミリーが控えている。
俯き加減の側妃方とは反対に、ミリーは傲然と顔を上げ、得意満面の表情だ。
私が待機しているそばで、最前列のご婦人方が、ひそひそと囁き交わし始めた。
密やかなさざめき。
内容は、ミリーに関する噂話だった。
「見て。ミリアム様の、あの得意そうな顔」
「ほんとうに。無二の親友だったはずのアナベル様に、あんな不幸があって間もないのに」
「所詮、卑しい生まれの娘なのですよ」
「母親はどこの誰かわからない、というじゃありませんか」
(えっ? 何ですって! ミリーのお母様は、伯爵夫人ではないの?)
私は、何食わぬ顔を装いつつ、招待客たちの話す噂話に神経を集中させた。
「ミリアム嬢のお腹の膨らみ具合。アナベル嬢が亡くなってすぐのご婚約。王太子様も、恥知らずにも程がありますわ!」
女性たちの中で、最も年嵩の女性が吐き捨てるように言った。
(この方は、確か、うちと遠縁に当たる人だわ)




