打ちのめされて
その後、どうやってグラン・ボヌールに戻ってきたのか覚えていない。
帰りの馬車の中で、私は、ずっと放心状態だったそうだ。
ようやく正気に戻ったのは、アルフォンソ老が、いつものチキンスープを持ってきてくれた時だった。
「お嬢様、一口でもいいから食べて」
「そうだよ。明日に備えて、ちゃんと食べなきゃダメだ」
シシィとトラヴィスも励ましてくれるのだが、私は頷くことしかできなかった。
「ルーク、最終のリハーサル、やりましょう」
シシィの呼びかけに、その場にいた全員が部屋から出て行った。
私をひとりにしてくれたのだろう。
あの後、王宮の広間を去る際、王太子様とミリーの会話が聞こえてきて、私は更に打ちのめされていた----
『待たせてすまなかったな、ミリー』
『いいえ、全然。むしろ、安定期に入るまで公表しなくてよかったのですわ。それに、アナベルが亡くなってすぐに、私が王太子妃になるのも気まずいでしょう?」
『アナベルか。可哀想だが、運命だったのだろう』
『ええ、そうですわね』
私は後頭部を殴られたような衝撃で、ルークにもたれかかった。すぐに彼が、私の腰に手を回し抱き止めてくれたので、無様な姿を晒すことはなかったが。
王太子様とミリーの様子からして、もう随分前から二人が恋愛関係にあったのは間違いない。
ミリーのお腹は、隠しようがないほどふっくらしていた。三ヶ月前には、既に彼女は身籠っていたのだろう。
涙が止まらない。
いつから二人は、私を裏切っていたのか。
幸福感に満ち溢れている二人は、私のことなど何とも思っていないみたいだ。
そもそも、彼らにとって、私は婚約者でも親友でもない、どうでもいい存在だったのかもしれない。
もはや、私に毒を盛ったのは、ミリーと見て間違いない。
王太子様は、どこまで関わっているかわからないが、他にも協力者がいるのだろうか……?
「アナベル」
ルークの声に、私は現実に引き戻された。
ドアの前に立つ彼の表情に、胸がざわつく。彼は、とても心配してくれているのだろう。
いつの間にか、私は、彼の表情や声で、彼の感情が読み取れるようになっているらしい。
「ああ、ルーク。私なら大丈夫。ご心配おかけしてすみません」
ルークは、私のそばまで来ると跪ずいた。
「他人行儀だな。俺たち一座は家族同然だろう? 喜びも悲しみも分かち合おう」
「ありがとう。明日は任せて」
「頼もしいな」
「ふふ。私は、元々強い人間なのかもね。だってほら、黙ってると怖い顔なんでしょ?」
ルークが「ああ」と頷いて、「もう許してくれ」と呻くように呟いた。




