王宮にて
私は薄紫のヴェールを被り直し、口元を片手で隠す。
このヴェールは、 “死者の私” に掛けられていたもの。時が経ち、再びこれを被ることに私は抵抗が無くなっていた。
むしろ、両親からの贈り物を身につけることによって、後押しされている気分である。
それに。
私は怖いのだ、やはり顔を晒すのは。
王宮内は私の知人だらけ。いや、知人しかいないと言ってもいい。
彼らは、私は “死んでいる” と思っているから、今の私を見ても、『似ている女優だな』くらいしか思わないだろう。トラヴィスもそう言っていた。
彼はシシィと一緒に、毎日の芝居の稽古だけでなく、私に “全身を鍛えること” を教えてくれた。
腹式呼吸に始まって、ダンス、柔軟体操、ありとあらゆる “体の動かし方” を教えてくれたのだ。
私は、舞台稽古の際の会話を思い出す----
『お嬢様は最初見た時とは、全然別人になられたなあ。体全体に筋肉がついて、身のこなしがしなやかになって。まるで女豹のような』
『女豹?せいぜい、猫がいいとこだと思うけど』
『女豹のような色っぽさを身につけられたんだよ。体を鍛えるのはいいことだ、男性を悦ばせることにも繋がる』
トラヴィスがそう説明した瞬間、彼の背後にいたシシィがジャンプして、トラヴィスの頭を平手で殴った。
『痛え!』
『公爵家令嬢に、なんて下品なことを!』
私が思い出し笑いしていると、ルークが声をかけてきた。
「さて、下見も済んだことだし、そろそろ帰るとするか。明日の準備と、劇団員と最後の打ち合わせをしなくては」
「明日ここでお芝居するなんて、まだ信じられないわ」
「台詞は全て入ってるな?」
「ええ、もちろん」
私たちが広間から出ようと振り返った時、入れ替わりに、仲睦まじげに腕を組む男女が入って来た。
王太子様とミリーだった!
「え、うそ、どうしよう」
私は動揺し、声にならない声を上げて、ルークの陰に隠れる。
ルークは落ち着き払った様子で、よく通る声で王太子様に挨拶した。
「王太子殿下、それと。……王太子妃殿下とお呼びしていいのでしょうか。ご機嫌麗しゅう」
「ああ、グラン・ボヌール一座の方か。こちらのミリアムは、もちろん王太子妃と呼んで構わない。花祭り最終日に、王太子妃お披露目パーティーも行う予定だからな」
私の後ろにいたアルフォンソ老は、私の背中に手を当ててくれていた。彼の手に、力が込められたのを感じる。
体が震えた。
突然の再会だけでなく、ミリーの姿に打ちのめされた気分である。
彼女は、ゆったりしたドレスを身につけていた。
どう見ても、彼女は妊娠している。




