女優として生まれ変わる
私は大事なことを忘れていた。いや、私だけでなく、ルークもみんなも。
現在の私は、“死んでいる身” なのだ。しかも、公爵家令嬢が市井の女優になるなんて。
「大丈夫だ。公爵令嬢は生まれ変わった、女優として」
「生まれ変わった?」
アナベル・ウィスハート公爵家令嬢は一度死んで、グラン・ボヌール一座の女優として生まれ変わった、ってこと?
「そうね。やってみるわ、今日から別人になることを意識してみる」
それからは毎日、発声練習や踊り、演技の稽古をすることになった。
ルークが相手をして、いろいろ教えてくれるのだが、稽古前に必ずメイクを施すことから始まる。
「メイクすることで気持ちを入れる。役に入りやすくなる。今のあなたは、公爵家令嬢ではなく、女優の役を演じている段階だから」
「確かに。仰る通りよ」
間近に見た、シシィとトラヴィスの舞台稽古は、二人とも鬘も被らず坊主頭のままで普段着だった。でも、芝居に見入ってしまうほどだった。
「二人ともベテラン俳優だからな」
「早く私も、そんな風になりたいわ」
一座に匿われ、女優修行が始まって、3ヶ月ほど経った。
その頃には、私はすっかり庶民の暮らしにも慣れてきていた。
生家では、小間使いがいて、身の回りの世話は全てしてくれていたし、そもそも “家事” などというものの存在を知らなかった。
でも、ここでは違う。
誰も、私の着替えや食事の世話をしてくれるわけではない。
食事は、ルークの世話役のアルフォンソ老が私の分も作ってくれているが、サーブしてくれる使用人はいないから、食器の用意から後片付けまで、全て自分でしなくてはならない。
最初から私は、積極的に働くことを心がけた。見よう見まねでやり始めたが、 “生まれ変わった” と思えば、どんなことも経験なのだ。
未知のことを知ることができて、むしろ私は毎日が楽しくて仕方なかった。
演技のほうも、今のところは面白くて楽しい。
まだまだ、演技と呼べる出来ではないのだろうけど……。
私は元々低めの声なのだが、裏声や、お年寄りみたいな嗄れ声を出す練習もさせられた。
「アナベルには、正ヒロインをやってもらうが、せっかくの美声を活かす役も考えている。あなたは天性の女優だ、いろんな役をやれる人だ」
ルークの言葉には、勇気づけられる思いがした。




