芝居の稽古
階段を上がって、劇場のほうに移動すると、既に舞台上では白熱した芝居の稽古が繰り広げられていた。
「おやめ下さい! その手を離して!」
「静かにしろ! もう、お前は俺のものだ。危険な場所に自ら飛び込んで来た愚かな女には、俺がぴったりなんだよ」
背の高い男性が、嫌がるシシィの手を引いて抱き寄せようとするが、シシィは彼に抗う様子を見せている。
ふたりとも丸坊主なのだが、彼らの迫真の演技は、そんなことを忘れさせる力があった。
「よーし、いいぞ」
ルークが満足そうに呟いた。
観客席の私たちに気づいたのか、二人は演技をやめた。舞台の袖から、何人か男性が姿を現す。
「お嬢様、もう体のほうは大丈夫なの?」
シシィが、舞台から呼びかけてきた。
「ええ、ありがとうございます。一晩ぐっすり眠ったら、元気になりました」
「シシィ、この方が公爵家令嬢?」
シシィの相手役の男性が言った。よく通る声だ。
シシィが頷くと、男性は、私をつくづくと眺めている。
「このドレス姿が自然なのは、流石だねえ!」
ルークが、舞台上にいる人たちに尋ねる。
「どうだ、みんな? 台詞は完璧に入ってるか?」
「いま稽古してるのは、昨日、あんたが追加した場面だよ。ばっちりだ」
「トラヴィス、やりすぎないようにしてくれよ。あんたがシシィに狼藉を働く場面は、下手すりゃ、観客にホンモノの恐怖を与えかねんからな」
「任せとけ。お手柔らかにやってるよ」
トラヴィスと呼ばれた役者さんは、ガハハと豪快に笑った。
「今の場面、昨日の私たちみたいだったわ」
思わず呟くと、ルークが困った様子を見せた。
「すまない、本当に悪いことをした」
ルークが昨夜、立ったまま机に向かって書いていたのは、この場面だったのか。私を怖がらせて、今の場面や台詞を思いついたに違いない。
「ううん、いいの。お芝居って、面白いのね。作り話だけど、感情を揺さぶられるものなのよね」
横にいるルークから、強い視線を感じる。
「アナベル。よかったら、控室でメイクしてみないか?」
「メイク?」
ルークが、舞台に向かって手を振った。
「みんな、邪魔して悪かった。続けてくれ。また後で見に来る」
「了解、後で通し稽古を見て!」
シシィの声を背に、私たちは劇場から出て再び階段に向かった。
中二階に降りると、その階は全てが大広間だった。
広間は、大きな鏡がずらりと並んでいて、床にはチャコールグレーの絨毯が敷き詰められている。
ルークに椅子を勧められ、そこに腰掛けると、彼は姿見の前に置かれている棚から、何かの箱を取り出した。
「舞台用の化粧道具だ」
彼が箱の蓋を開けると、いい匂いがした。
「安物の化粧品だが、肌のシミやシワが消える」
ルークはそう言うと、私の顔に肌色の化粧品を塗り始めた。




