第八話 わら半紙もワープロも
歓声と、たぶんカセットテープだろう、演奏が大きくなったり小さくなったり、ひずんだBGM。
それを聞き流しつつ、
(いやー、暑い暑い)
恵萌は、ふうふう言いながら、先生、保護者、体育着姿の中学生らをかき分けて、朝礼台を隔てた向こう側へ出る。
(大会の本部席って、たぶん、あっちだよね)
一応、距離的には、ここから近くではある。
トラック外周の付近には、生徒と教師以外が入らないように、仕切りのカラーコーンが置かれ、間に立入禁止のひもも張られていた。
その外側には、レジャーシートが敷かれ、大人や幼児がひしめき合っている。立ち上がって応援する者、身を乗り出して写真を撮る者。
人々の後ろ姿を眺めつつ、国旗・校旗のポールわきを通り過ぎる。
グラウンド前方の、イベントテントが集まる一角。
白い天幕はどれも立派だが、そのうち、最もきれいで、頑丈そうなテントに近づいてみる。
天幕の下の、長机。そこには、「大会本部席:実行委員、救急、総合案内」の張り紙。
(見つけた!)
恵萌は、事故に遭って異次元へ飛ばされる前は、現役女子高生であった。
だから、いわゆる学校行事への「勘」が、鈍っていない。
机の上に、平たい箱が置いてある。
「プログラム ご自由に」の文字。
(よし、あった!)
恵萌が近づいたら、そこに立っていた受付の女性が、顔を上げる。生徒ではなく、大人だ。
教師というより、事務員さんに見える。三十代くらいか。恰幅がいい。紫色のシャツ姿。
「これ、一枚、いただいてもいいですか?」
と、恵萌が手を伸ばすと、女性はほほえんで、
「どうぞ」
「ありがとうございます」
まだ、十枚以上は残っていそうだ。一番上を取る。サイズはA4だ。
ざらついた、茶色い紙。変な手ざわり。
(わら半紙って奴かな?)
龍輝から教わった言葉である。「生前」の恵萌は、見たことがない。
体育祭のプログラムが、表になって印刷されている。一応、活字ではあるが、文字のバランスも悪く、レイアウトが整っていない。時代を感じる。
(ワープロとかいう奴?)
これも、恵萌は、現役では知らないけれど。
(で、えーと)
そんなことはさておき、
(――借り物競走、借り物競走……)
早速、その場でうつむいて、ぎっしり詰まった細かな文字を読み始める。
ひたいの汗がポタッと落ちて、紙に点のシミを作る。
(おっと)
紙面を上へよけた時、「借り物競走 二年生 全員」が、目に飛び込んできた。
「――あった!」
プログラムナンバーは、十五番であった。
視線を、紙面の上下へ滑らせる。今やっているタイヤ引きの、
(――次の次の、次だ!)
ホッとする。まだ、結構、先であった。焦る必要は全くなかった。
最も恐れていたことは、実は龍輝の記憶違いで、既に、借り物競走は午前中に終わっていたというパターン。
二番目が、もう、次が借り物競走で、慌ただしいというパターン。あるいは、あんまり遅すぎるのも、待ちくたびれるので面倒くさい。
幸い、どれでもなく、ほどよく離れていた。
(よかったー)
恵萌がもらした安堵のため息に、突然、眼前の受付女性の声が重なる。
「――その制服、検仙女子でしょ?」
「えっ」
話しかけられたことと、しかも、質問が正解だったこと。ダブルで驚いた。
顔を上げると、紫のシャツの女性は、にこにこしていた。初対面の外部の学生を、緊張させまいと気遣ってくれているようだ。
失礼だけれど、ふっくらした体格も影響しているのか、人を安心させるものがある。
恵萌も、ごく自然に笑みが浮かび、
「よく、御存じで。そうです」
正直に認めた。別に、隠す必要もない。
「以前、検仙女子高校で事務やってたから」
「そうなんですね!」
第一印象のとおり、教師ではなく、事務員さんであった。
事務員はうなずき、
「前開きで、四つボタンの上着って、セーラー服では珍しいよね。あと、スカーフの水玉。それで分かったの」
恵萌もうなずいて、
「なるほど。それ、よく言われます。特徴的ですよね」
下を向き、指先でボタンに触ったあと、水玉模様のスカーフをつまみ上げる。
私立検仙女子高等学校。
母校の制服。こだわったデザインのセーラー服。誇らしい伝統である。
恵萌は、朝の登校中に異次元へ飛ばされたため、「現世での最後の姿」ということで、ずっとこの服装のままなのであった。
でも、そのおかげで。
(なんか、いいなあ、こういう出会い)
2026年の物が、1994年時点でも通じた、認識してもらえた。
そのことが、何だか、むしょうにうれしかった。




