第七話 タイヤ・ブルマー、くんずほぐれつ
体操服姿の少女たち。中一と中二。
校庭の中央、フィールドの両端に、赤組・白組に分かれて整列している。
それぞれ、五十人は超えていそうだ。
(わあー、生徒、いっぱいいる! 私の現役時代は、男女合わせても、一学年でたった六十人。体育祭って言っても、ささやかなもんだったけど。1994年には、まだこんなにいたんだね)
少子高齢化時代に生まれ育った恵萌としては、眩しい光景だ。
女の子たちは皆、上は半そでシャツ、下は紺色のブルマー。紅白の区別は、頭のはちまきで分かる。
双方の視線は、フィールドの真ん中に注がれる。約四十メートルずつの距離。
そこに置かれているのは、無数の黒いタイヤだ。ホイールはなく、ドーナツ状に、穴が丸く空いている。
タイヤ引き。
セミの鳴き声に、開始の笛がかぶさり、次、一瞬だけセミの声が聞こえたが、あとは、
「うおー!」「キャァー!」「うらーッ!」
地鳴りのような、女生徒の叫び、いや、雄叫びに、かき消される。
観客たちからは、苦笑混じりのどよめき。
恵萌は今、校庭の前、朝礼台のわきの、中途半端な位置に立っている。すぐ背後に、防球ネット。
周囲には、競技への行き帰りらしき男子生徒が、十人ほど突っ立っていた。皆、戸惑いを隠せない様子だ。
女子の本性に、幻滅しているのだろうか。見たくなかったものを、見てしまったような……。
恵萌が、フハハッと笑い、
(『おしとやかな女の子』像が、壊れちゃったかナ?)
時は平成初期。まだ、そういう幻想、ジェンダー観が、残っていたに違いない。令和では、だいぶ薄れたけれど。
(恥じらい、ね……)
ふと、出発前の龍輝の困惑顔を、思い出す恵萌であった。
幻想の女を、夢見てる男ども。
「恥じらい世代……プッ」
うまいこと言った気がして、一人で笑った。
競技開始に合わせ、BGMも流れる。
音量は、校庭の歓声よりも少々大きめだ。
日本語の、アップテンポなロックナンバー。
男性のハスキーなヴォーカルで、「あれもしたいし これだってしたい もっとしたい もっともっとやりたい……」などという歌詞。
(あっ、この歌、私も知ってる!)
恵萌にとっては「懐メロ」だが、時代を超えたヒットソングで、令和でも、テレビや街でよく流れている。
(今いる、ここの時代じゃ、最新の歌なのかも)
この曲は、「欲しいものは何でもかんでも手に入れるぞ」というテーマなので、まさに、タイヤの奪い合いにはピッタリである。
歌に触発されるように、タイヤ引きも白熱していく。
ドドドドドドッ……!
靴がグラウンドを踏む足音。左右の耳へ。まるでステレオだ。
視界の両側から、女子たちが真ん中へ走り込んでくる。タイヤをつかんで、自陣へ引っ張り込む。
ここは、女の子らしさというか、絡み合う人の山には、あちこちに、白い歯が見えた。笑っている子が多いのだ。
――きゃー、――よこせよこせ、――うわー、――引っ張れ、――そっちそっち、――キャーッ……
グラウンド中央から、高い声が響き合い、乱れ飛び、弾け合う。
薄着の女子たち、くんずほぐれつ。
タイヤをめぐって、お尻の形が丸わかりのブルマーが、無数に揺れて、跳んで、よろけて、走って。
むき出しの脚、発育の良い子は、シャツ越しにバストも揺れている。
女性である恵萌から見ても、かなりお色気が強めで、刺激的な眺めだ。
ましてや……。
「おおっ、あらあら」
恵萌が辺りを見回せば、先ほどは苦笑いしていた男子たちが、打って変わって、目をギラつかせたり、ニヤニヤしたり。食い入るように、女子たちを凝視していた。
(ハハッ、みんな、エッチだねぇ)
気持ちは分かるし、いたいけな思春期男子の健全な性欲を、茶化すつもりもない。
「――」
ただ、やはり、女子としては、決して愉快な場面だとは言えない。
そのためか、恵萌は、競技への興味が弱まり、しらけてしまう。
おかげで、ふと冷静にもなれた。
(そうだそうだ、見とれてる場合じゃないんだって! タイヤ引きなんて、どうでもいいんだ。目的を忘れちゃ駄目)
情報収集をしなくては。特に、借り物競走をいつやるのか、知る必要がある。
キョロキョロして、来客への案内所を探す。どこだろうか――。




