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第四話 令和じゃなくて平成6年

 恵萌(めぐも)の手に持ったスマホが、フッと消え失せる。

 不意に、手から重さがなくなるので、ギョッとする。この感覚には、なかなか慣れることが出来ない。

 その理由は恐らく、「生前」の現実世界では、起こり得なかった現象だからであろう。

 もっとも、それを言ったら、次に起こるタイムワープこそ、起こり得ぬ現象の、最たるものなのだが。


 続いて、タイムワープが始まると、視界に青い(もや)が掛かる。

 ジジッ、ジッ、ジジッと、耳鳴りもする。

 毎度のことだ。いずれも不快だが、我慢できぬほどではない。


 向かいに立つ、背広を着た龍輝(りゅうき)

 その姿が、見えにくくなる。まるで、青のクレヨンで塗りつぶされたかのように。


 同時に、龍輝の低い声も、

「ああ、よろしく。ど――」

 ここで途切れた。


(『ど、』なんだろ? 『どこまでも』……は、違うかな)

 恵萌は、一人でクスッと笑うが、次の瞬間には、靴の裏に(やわ)らかい感触が伝わる。

(おっと)

 足が、カクッとよろめき、体が傾いた。下が、平らではなくなったわけである。

 部屋の(ゆか)が、外の地面へと変わったのだ。草が生えているらしい。

 眼前の景色も、一変する。

 視界がクリアになり、まず見えたのは、フェンスに囲まれた校舎。

 その向こうの団地も。

 坂道も、歩道橋も、電柱も、青空も見えた。


 「首都圏」という表現を、もう一段階、田舎へ寄せた風景。

 この地、「立遠(りっとお)」は、千葉県内の外れに位置する町である。


「ひゃー!」

 思わず、悲鳴がもれた。

 何より、(まぶ)しい。それと、暑い。それから、屋台でも出店しているのか、ソースが焼ける匂いが漂う。


 ふつふつと、全身から汗がわき出てくる。

「あっちー! あちちちち」

 あり得ないとは思うが、もしも、体じゅう全ての毛穴から汗が出てきたら、こんな感じかもしれない。何万(つぶ)の、ミクロの水玉、いや、「お湯玉」だ。

 セーラー服の固い布が、ジトッと背中に張り付いてくる。

「ゲェー」

(せめて、夏服だったら、マシだったのにな)

 今着ている紺色のセーラー服は、四月に事故に()った時のもの。四月は、当然、まだ冬服だ。

 はしたないとは思いつつ、セーラー服の首もとから手を突っ込み、(えり)ごと、グイッと前へ引っ張る。体から、はがすように。

 でも、ちっとも涼しくはならない。むしろ、胸元へ熱気が侵入してくる。


 ふと、あごを引き、視線を真下へ向ければ、自分のプライベートゾーンが目に入る。すなわち、胸の谷間である。

 白いインナーシャツ。その中の、ブラジャーのカップは、薄い緑色だ。汗ばんだ二つのふくらみを、優しく包んでいる。

「……っと」

 我に返って、目をそらし、手を放した。

 反射的に、周囲をキョロキョロしてしまう。幸い、誰も見ていなかった。


 ただし、辺りに、二十名ほどの人がいた。結構、騒がしい。

 路上に数台のバイクが停められ、その近くで談笑する若者、カメラのフィルムをチェックする中年男性、荷物を抱えて帰り支度(じたく)をする家族連れなど。

 小学生らしき、児童の一団もいて、文房具店の前で、なぜか追いかけっこをしている。

 まさに、イベント会場という感じがする。

(よかった! 体育祭、今日で間違いなかったみたい)

 ホッとした気持ちに応えるように、


 パァン、パパーンッ!


 斜め上の空へ、高く、花火が(はじ)けた。昼用の、白煙の花火だ。

 快晴である。遠方に、上下に長い、雲の白い壁。

(ああ、無事、着いたんだなー)

 立遠(りっとお)第二中学校。十五メートルほど先に、正門がある。

 紅白の、紙の造花に囲まれた、手製の看板が、立てかけられていた。やや距離はあるが、文字は読めた。

 「平成6年度 秋季大運動会」。縦書きである。

(ええと、『令和』じゃないよね。『平成6年度』だよね。平成、平成。うん、大丈夫!)

 それを確認した時、

「よしッ!」

 ガッツポーズをしてしまった。

 もう、絶対に間違いない。目指すべき行事への、タイムワープに成功したのだ。


 しばらく前の、龍輝との会話で、

「あの辺の地域は、ほどよく田舎だったからなア。俺が現役の頃は、地元中学の体育祭といえば、地域住民にとっては、割と大きな、秋の娯楽だったよね。結構、人がいっぱい集まってたと思うけど」

 と言われたけれど、納得である。

 正門の外にまで、人ごみが発生しているのは、まさにそのことを物語っていた。


(さーて、無事に、()れてもらえるといいけど、どうかなあ?)

 スカートの(すそ)を片手で整えながら、恵萌も、てくてくと正門へ歩いてゆく。

 赤いスカーフが風に跳ねて、先端が視界をよぎった。

 チチチチチ! と、黄緑色のバッタが飛んで、恵萌のローファーをよけた。

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