第十二話 コースわきにて 32年前の君を待つ
龍輝がしてくれた、思い出話。
それを、恵萌は思い起こしている。
ここへタイムワープする前、「本部」で聞いた話だ。
――龍輝は言っていた。
……
「立遠第二中学校では、俺は転校生だったからなア。体操服も、前の学校の奴を着てたんだ。みんなは紺色の短パンだったけど、俺だけ、白い短パンだった。だから、恐らく、遠くからでも見分けが付くと思うぜ」
……
と。
パァーンッ!
最初の号砲。いよいよ、借り物競走がスタートした。
ドキッ。プレッシャーで胸が詰まって、頭がクラッと揺れ、恵萌は強めに息を吸う。
先頭の六人が、走り出す。
第一列目は、男子。あの六人の中には――
(あの中には、いない!)
全員、短パンは紺色だ。
――「本部」にて、龍輝は、こうも言っていた。
……
「あと、当時は長髪だったと思う。男子にしてはね。明らかに、耳は髪の毛で隠れてたし、後ろは、学ランの襟に掛かってた。これも、見分けるポイントだろうね」
……
と。
(長髪も――いない!)
一列目は、該当者なし。
しかし、ホッとしている場合ではなかった。
うち一人の男子が、拾ったカードを掲げて、コース外へ出ながら、「誰か、サンダル履きの人、いませんかー?」と、近くまで来たのだ。目まで合ってしまった。
確かに、カードには、「サンダルをはいた人」というお題が書いてある。
(げげっ!)
幸い、少年の視線はすぐに、よそへ移った。
恵萌はローファーを履いているので、いずれにせよ対象外ではあったものの、次もそうなるとは限らない。ドンピシャのカードを引いた人に、当てられる可能性はある。例えば、「セーラー服を着た人」など。
(龍輝が来る前に、他の人に指名されちゃったら、アウトだよね……。ゴールまで連れて行かれたら、しばらく、ここには戻ってこれないだろうし)
ヤバかったァ、と恵萌はつぶやく。
レジャーシートの上に座る人たちの、背中に隠れるように、地面で身を低くする。
龍輝が現れるまでは、こうして、やり過ごすしかない。もし、それでも誰かから指名されたら、
(おなかが痛いとか言って、断るしかないよね)
人知れず、悲壮な作戦を練る恵萌であった。
次の列は女子である。
女の子たちは、やはり、男性に声をかけるのは気後れするようだ。主に、家族連れの「お母さん・おばあちゃん」枠にお願いしていた。
女子枠ではある恵萌も、内心ヒヤヒヤだったが、大丈夫だった。
こんな調子で、男子、女子、男子……と、交互に出てくる六人を見送った。
競技は、順調に進んでいた。時間切れの事例も、今のところ、発生していない。
だんだん、コツも分かってきて、
(こんな感じで待機してれば、まあ、何とか――。……っ!)
「アッ!」
叫んだ。勝手に声が出たので、叫び終わってから、自分の声に自分で驚く。
今、走り出した男子の列。
その六人のうち一人が、白い短パンだったのだ。
しかも、男の子にしては、長めの髪の毛。風になびいている。
(いた! あれだッ!)
短パンと、髪だけではない。
走る姿勢とか、仕草、雰囲気でも分かった。一定期間、二人で過ごしたので、意識の中に、面影がすり込まれているのだろう。
龍輝だと思われる男子生徒は、六人の真ん中くらいの順位。
カーブを左に曲がって、こちらへ走ってくる。
曲がった時、一秒だけ、龍輝らしき少年の、顔が正面から見えた。
「……ッ!」
ここからの距離は、十メートル以上はあろう。しかし、はっきりと確認できた。
(間違いない、あれは龍輝だ!)
もちろん、顔つきは若い。というより、あどけない。だが、鼻筋のライン、とがったあご、広いひたい、細い目。まさに、「少年時代の龍輝」そのものであった。
龍輝は、ほかの五人と同様、コースの途中で立ち止まり、しゃがんで、両手でカードを拾い上げる。
直後、遠目でも分かるほど、青ざめ、動揺した反応をする。
「――」
……もちろん、既に、恵萌も、その理由を聞かされており、知っている。
……
「カードを見たら驚いたよ。『他校の女子生徒』って書いてあったんだ。ふざけるな、って感じだろ? 中学の運動会に、ほかの学校の生徒が、そうそう、来てるわけねえだろって。しかも、借り物競走の競技中の短時間で、見つけられるわけがない。そもそも、どうやって見分けるんだよ? 都合よく、ほかの学校の制服を着た、しかも女の子が、たまたま、グラウンドのコース付近に、いるってのか? ――あれは絶対、実行委員の連中が、思いつきで、ふざけて書いたんだと思う。運悪く、俺がそれを引いてしまったんだね。――でな、俺は、動揺でオロオロしちゃって、その場で固まっちゃって、しまいには、泣き出してしまったんだ。嫌な思い出さ」
……




