第十一話 横六列、大カード六枚
スピーカーが、雑音でガガッと鳴って、放送による説明が続く。
「……で、時間切れになった選手はもちろん失格ですが、もう一つ、失格の場合があります。それは、観客席から連れて来た人が、カードの『お題』の条件を満たしてない時です。例えば、女性を指定しているのに、男の人を連れて来てはダメです。また、ネコを連れて来いと書いてあるのに、犬を連れて来ても、当然、失格です。たとえ、その犬が、どんなにかわいくてもダメです。ワンワン!」
グラウンドが、笑いに包まれる。
ネコと犬の例は、無論、ジョークであろう。だが、ルールはよく伝わった。
放送部の名物女子部長が、説明のまとめに入る。
「……そして、ゴールでは、お題を満たしているかどうか、実行委員が厳正な審査を行います。ただ、ここで最後に一つ、ご来場の皆さまにお願いがございます」
少し、間を開けて、アナウンスは、やや神妙な口調となる。
「……もし、選手から一緒に来てほしいと指名されましたら、仮に、お題を満たす自信がなくても、なるべく積極的に引き受けていただけたら助かります。知らない方々に声をかけるだけで、私たち、とても緊張しますから。もちろん、足が痛いとか、人前に出たくないという方は、無理はなさらなくて結構です。――さて、借り物競走のルール説明は以上です。それでは皆さん、お待たせしました、選手の入場です!」
拍手とともに、行進曲が流れる。
(最後に言ったお願い、いいね。優しいコメントだな)
恵萌は、心が温かくなった。
と同時に、気が引き締まったけれど。なぜなら、このお願いは、まさしく、今から自分にも関係することだからだ。
スピーカーから流れてきたBGMは、クラシック曲であった。パリッ、シー、パリッという音も聞こえるので、アナログレコードかもしれない。本格的な、交響楽団による音源。
(おっ、これも知ってる曲)
何と、エルガーの「威風堂々」ではないか。
(ちょっと立派すぎじゃね?)
口の奥で、ククッと笑った。――余り、笑っている場合でもないけれど。
二年生たちが、列を作って入場してきた。早歩き。
(あんなにたくさんいるのに、あれで、一学年だけかー。ほんと、この時代って子供多いわ)
優に、百人は超えていよう。一大勢力である。
例えば、中堅のミュージシャンで、もし、あれだけの人数の客をライブハウスに動員できたなら、大成功であろう。
入場者は六列であった。
横に六人ずつ、男子は男子同士、女子は女子同士で走るようだ。
ただ、男子の横六人、女子の横六人は、交互に出てくるらしい。
一つ前の敬老レースで、恵萌は、走るコースの後半がどの辺りかを割り出しておいた。
その近くにしゃがむ。
コースわき、ひしめくレジャーシートの、すぐ後ろの位置である。
(いい感じに日陰だな)
眼前には、幼児が二人と、その両親らしき男女が、けだるそうに観戦していた。
父親のそばには、二リットルは入りそうな、太い水筒がごろりと置かれ、日差しをギラギラ反射させている。
その前を横切っているのが、トラックのコース。右へ三十メートルほど行けば、ゴールである。
遠く、フィールド越しの反対側に、二年生が集合し、今、笛に合わせてしゃがんだところだ。皆、左向きである。
コースの途中――恵萌から見て左の前方――では、腕章を付けた実行委員が、校庭の土の上に、大きなカードを並べていた。先ほど説明のあった、お題のカードだ。
恵萌はしゃがんでいるため、やや、見上げる形となる。
女子の実行委員が、前かがみでカードを置く時、ブルマーの大きなお尻が見えた。やや太った女の子。紺色のブルマーが、はち切れそうだ。
(一列が走る度に、六枚ずつ、新たにカードを並べ直すわけか。忙しいな)
六人の実行委員たちは、この場所とゴールとで、三人ずつ分かれていた。カード担当と、「借り物」の判定担当であろう。
「――」
グラウンド向こう側で、地面に座って、出番を待つ二年生たち。
距離が遠くて、一人ずつの顔までは、無論、判別できない。
だが、あの中にいるはずなのだ。
――三十二年前の、少年時代の龍輝が。




