【超短編小説】百足タトゥー
咥えた煙草に火を付けると冷たくなった手の中に暖かさが広がり、痺れる様な血の脈動を感じた。
「この部屋は寒いのね」
声の方を向くと、ベッドに横たわる女が毛布を引き上げていた。
俺は女の質問に答えずに
「そのタトゥーって、そんなに大きかったっけ?」
と訊いた。
女の肌に彫られていた百足はあんなにも大きくなかったはずだ。
女は胸まで掛けた毛布をめくって俺に見せた。
「そう?久しぶりに会ったからそう見えるんじゃない?」
「そんな言い方をするなよ」
俺は顔を背けて煙を吐いた。
煙の中に女の百足を思い出してみたが、どうにも曖昧だ。
確かに女はその白い肌に百足を飼っていた。
黒い百足は日本画のような筆致でありながら、見る者の背骨に這い寄るような不気味な印象を与える感じがあった。
その百足だ。
女が肌に飼っている百足は、あんなに大きかったろうか?
そもそもあんな胸許だっただろうか?
腰の辺りに見た記憶があったが、定かでは無い。
確かに女と会う間隔が開いてしまった。
その罪悪感がそう錯覚させたのか。
それとも単に、俺がその百足を怖がって矮小化してしまったのか。
女の白い肌に彫られた百足。
悪趣味だと思う。
怖いのも事実だ。
しかしその百足が彫られた女の白い肌が持つ、不気味なほどの弾力と柔らかさに抗えなかった。
漆器のように滑らかでありながら、求肥のように柔らかく吸い付く肉体。
細身の体に不釣り合いなほど大きな乳房。
よく手入れされた体毛と細やかに光る産毛。
紅潮するその肌に歯形を付けるのが何より楽しかった。
ついさっきまでの熱を思い出していると
「次はいつ会えるの」
女が優し気な声を出して俺に尋ねた。
俺は灰皿に煙草を押し込んでから
「また連絡するよ」
と答えた。
こればかりだ。
「そればっかりね」
女が見透かした様に笑う。
ベッドに戻り、女の毛布を剥ぎ取る。
白い肌が青白く光った気がした。
いや、ちがう。
百足が動いている。
白い肌の上を……いや、薄皮一枚下をまるで滑るように這い回っている。
「おい、これは何だ?」
俺は思わず呟いた。
だが女は笑って逃げようとする俺を胸に抱いた。
女の肌、その下で百足が這い回る硬質な音が聞こえる。
驚いて顔を離す。
女が不思議そうな顔をして俺を見ている。
「どうしたの?」
女の肌を見る。
女の百足はじっとしていた。変わらず、胸の辺りにいる。
「何かあった?」
女が訊く。
「何でも、ない」
俺は女の乳房に顔を埋める。
見間違いだ。
疲れていたのだ。
それに俺が女の刺青を無闇に怖がったり、そもそも女と会う頻度が少ないと負い目に感じていたから変な夢を見たのだ。
何と言う事は無い。
錯覚だ。
女の皮膚や肉が心地よく、俺の動揺を鎮めていく。
薄っすらと汗が香り、再び俺の春情をくすぐる。
そのまま目を閉じるようにして女を抱く。
柔らかい弾力の肌に指や舌を這わせる。
女の嬌声が耳に心地よい。
自分の意思が溶けていくような気すらする。
自分の陽茎が怒張しきったところで、女の陰に差し込む。
いや、差し込んだその時だ。
女の両足が俺の腰に周った。
女の肌を百足が這い回っている。
そして百足は女の陰に向かって素早く動くと、差し込まれた俺の陽茎に向かって毒針を向けた。




