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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第九十九話 青白いコードの檻


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ外縁/王国警備局・医療棟前・門外】


炎が跳ねた。

赤い壁が揺れて、熱が顔面を殴る。息を吸うだけで喉が痛い。


サロゲート――

カイトの身体を借りた“代用サロゲート”が、楽しそうに首を傾げた。

真っ黒な瞳。胸の板が、魔術紋の脈と一緒に淡く鳴る。


「ねえねえ。もう一回、やろ?」


多重の声が笑うのと同時に、炎が“線”になった。

門前の地面をなぞり、円を描く。

焼け跡が増えるたび、ここが“場”として固くなる感じがした。


(ここに居座るつもりだ)

ハレルはバッグを抱える腕に力を入れた。

サキの手が、袖を掴んだまま震えている。


リオが一歩前へ出る。

マスクの奥で息を整え、掌を上げた。


アデルも剣を構え直し、門前の“距離”を測る。


「リオ、光は飲まれるかも」

イヤーカフのノノの声が速くなる。必要な情報だけ。

「でも捕まえる形なら通る。胸の板、向きが変わる瞬間がある」


「……分かった」


リオの指が、空気を切った。


「〈捕縛・第三級〉――『鎖よ、上から縛れ』!」


白い光が細い鎖になって走る。

狙いは顔じゃない。肩から胸へ、上半身を巻く角度。

鎖はサロゲートの腕と胴に絡み、ぎり、と締まった。


「おっ」


サロゲートが嬉しそうに笑う。

だが次の瞬間――

胸の板が“回転”するみたいに切り替わり、鎖の一部が熱で赤く染まった。


ジュッ、と焼ける音。

鎖が溶けかける。リオの額に汗が浮いた。


「……燃やす気かよ」


「燃やすっていうか、ね」

サロゲートは肩をすくめる。

「器を貸してもらってるだけだから、壊したくないんだよ。ボクたち」


アデルが剣先を地面へ落とす。

声は低い。仲間に共有する声。


「門前、壁を厚くする。炎の逃げ道を減らす」


そして詠唱。


「〈大結界・第一級〉――光よ、“重ねて”」


淡い光が地面へ染み、膜が立つ。

一枚じゃない。二枚、三枚。透明な板が重なって、熱を押し返す“厚み”になる。


炎がぶつかり、バチバチと散った。

それでも熱は来る。でも、さっきより息ができる。


隊員の二人が槍を構え、門前の左右へ散る。

片方が短く詠唱した。


「〈火矢・第二級〉――『一直線』!」


赤い矢が走り、炎の輪の外側を焼く。

焼け跡の“線”が途切れて、サロゲートの円が少しだけ歪んだ。


ノノが言う。

『今、円の繋がりが弱くなった。今なら――』


リオが頷いた。

鎖の“根”を、アデルの結界の杭へ結び直す。


「〈捕縛・第三級〉――『錨を打て』!」


鎖の端が地面へ刺さる。

次の瞬間、鎖が上半身だけを“板”に貼りつけるみたいに固定した。

肩、胸、腕。動かせない角度。


サロゲートが初めて、顔をしかめた。

多重の声が、少しだけ歪む。


「……あ、これ、やだ。動けないの、やだなあ」


「今だけだ」

リオの声が短く落ちる。

「……今だけ、止まって」


ハレルの背中が少しだけ軽くなる。

(止まった――!)


その時だった。


背後の空気が、冷たく裂けた。

熱の中に、別の“鋭さ”が混じる。


サキが息を呑む。

「……来た……!」


白い光が走った。

炎の赤とは違う、刃みたいな白。


「〈光刃・第三級〉――展開」


レアの声。近い。

ハレルが反射で振り向きかけて、止めた。

――見るだけで、時間が奪われる。


でも、視界の端で分かる。

廊下を切り裂いたあの光。あれが、今ここに来た。


サロゲートの黒い目が、鎖の隙間から笑った。


「……あ。もう一人、来た」


その“嬉しさ”が、嫌だった。


リオの意識が一瞬だけ、背後へ逸れた。

(レア――!)


その瞬間。

サロゲートの胸の板が、カチ、と鳴った。


熱が爆ぜる。


「〈炎輪・第二階位〉」


火が“内側”から噴き上がった。

鎖を焼くんじゃない。

鎖の周りの空気を焼いて、溶かして、無理やり外す。


ギン、と金属みたいな音がして、鎖が弾けた。

上半身の拘束が、乱暴に剥がれる。


「……ほら。外れた」


サロゲートが首を鳴らす。

そして、真っ黒な瞳がハレルのバッグへ戻る。


レアの足音が近づく。

光刃の白が、炎の赤に混じって揺れた。


挟まれる。

前に炎と黒い瞳。後ろに白い刃。


ハレルの喉が乾いた。

サキの手が、さらに強く掴んでくる。


(このままだと――)


その時、サキのスマホが震えた。


震え方が、今までと違う。短く、鋭い振動。合図みたいに。


画面が勝手に点く。



《全員下がれ》



たった一行。

サキは一瞬固まって、次の瞬間には声を張り上げていた。


「みんな、下がって!!」


叫びは震えていた。けれど、命綱みたいに真っ直ぐだった。

ハレルが反射でサキを庇う位置に入る。

アデルも、リオも、隊員も――

“今の言葉”を聞いた瞬間、同じ種類の危険を察知した顔になる。


ノノの声が、イヤーカフから飛ぶ。

『今の、こっちにも来た……! 座標が一瞬、“逆向き”に滑った。嫌な滑り方』


リオが歯を食いしばる。

(これは魔術じゃない――)


地面に、青白い円が浮かんだ。

門前の石畳。炎の影の下。サロゲートとレアの足元。


魔法陣みたいな円。

でも、模様が違う。花でも紋でもない。角張った線。四角い区切り。

“文字”みたいなものが、円の上を流れた。


青白い光が、二人の足首に絡みつく。

次に、膝。腰。胸。肩。顔。


サロゲートが、目を見開いた。

真っ黒な瞳の奥で、“子ども”みたいな無邪気さが一瞬だけ剥がれる。

多重の声が、絡み合いながら乱れた。


「……え? なにこれ。ボクたち、これ知らな――」

「――待って待って、これ、違う層だ」

「器、器、器を――」


声が重なって、どれが本音か分からない。

ただ一つだけ、確かに混ざる。**焦り**。


レアが光刃を振る。

白い刃が、青白い文字列へ走る。


――切れない。

刃が触れた瞬間、文字列が“上書き”されるみたいに増えた。

レアの腕にまで、青白い文字が走る。


「……っ」


レアの表情が、初めて崩れる。

怖いのは、恐怖じゃない。

“思いどおりにならない”苛立ちが、その顔を歪ませること。


「……誰の、仕込み……?」


レアが低く吐き捨てる。

答えはない。文字列が答えの代わりに増えるだけだ。


サロゲートが笑おうとする。

無邪気な笑い。いつもの調子。


でも声が、途中で途切れた。

青白い文字列が、喉元まで覆っていく。


「ボクたち……器を……貸して……」


言葉の最後が、消えた。


魔法陣が“落ちる”みたいに沈む。

サロゲートとレアの足元が、床じゃなくなった。

穴じゃない。白い画面に吸い込まれる感じ。


アデルが、咄嗟に結界を上書きする。

詠唱が短く切れる。


「〈大結界・第一級〉――“境界を閉じて”!」


膜が門前に重なる。

“吸い込み”がこちらへ波及しないように、押さえ込むための反射的な手。

隊員がハレルとサキを後ろへ引く。槍の柄が肩を支える。


リオは、足を止めない。

目は二人から逸らさない。

逸らしたら、何かを“確定”してしまう気がした。


サロゲートの体が、文字列に飲まれて輪郭が崩れる。

レアも同じように、青白い線に絡まれていく。


レアが最後にハレルを見た。

憎しみでも怒りでもなく、

ただ――「これを誰がやった?」という目。


その目のまま、消えた。


炎が、ふっと弱まる。

赤い壁が崩れ、熱が引く。


門前に残ったのは、焦げ跡と、青白い残光の粒だけだった。


ハレルは息を吐いた。

吐いたはずなのに、胸がまだ締まる。


サキのスマホの画面は、真っ黒になっている。

通知だけが、残っていた。


《全員下がれ》


(今のは……誰だ)

(セラか? 父さんのアプリか? それとも――)


答えは出ない。

ただ、助かった。今はそれだけ。


アデルが門を見る。炎が消えたぶん、門の向こうがはっきり見える。

医療棟の白い屋根が、まだ遠い。


リオがハレルを見た。

マスクの奥の声が、少しだけ震えている。


「……急ごう。今のうちに」


背中の皮膚がまだ痛い。

消えたはずの切っ先が、いつ戻ってきてもおかしくない痛み。


――その時。

門の外縁、森の影が、ふっと揺れた。


さっきまで“木”しかなかった場所に、輪郭が増える。

枝の影から、一人の男が歩み出る。


フードでも仮面でもない。

ただ、森に溶け込むように立っている。

視線は、まっすぐハレルのほうへ――いや、門前の“起きた現象”へ向いていた。


ハレルの喉が鳴る。

見覚えがあるようで、確信が持てない。

胸元の主鍵が、嫌なほど静かに熱を持つ。


男は何も言わない。

言わないまま、指先だけを小さく動かした。


――次の瞬間、サキのスマホが、もう一度だけ短く震えた。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/森・中心部・石造建物内】


白い円が、ひときわ強く脈打った。


影が、円の縁にかけていた細い“指”を引っ込める。

爪が石を削る音が、途中で止まった。


次の瞬間。

円の内側に、青白い文字列が走った。

壁に投影されたみたいに、短い線と四角が流れる。


「……今の、何だ」

城ヶ峰の声が低い。


木崎がカメラを構えたまま、唾を飲む。

「文字……? プログラム……?」


日下部がノートパソコンを抱え、画面を睨んだ。

顔色は悪いのに、目だけが鋭い。


「……向こうで、何かが“切り替わった”」

日下部の声が掠れる。

「引っ張る向きが……変わった」


白い円の脈が、一拍だけ落ち着く。

さっきまで“開こう”としていた感じが、引っ込む。


特殊部隊員が息を詰めた。

「……今なら、進めるかもしれません」


城ヶ峰は短く頷く。

「行く。中心を押さえる。――今の変化の理由も、そこにある」


木崎がカメラを握り直した。

森の奥が、まだ唸っている気がする。


白い円は、静かになったふりをしている。

でも、分かる。


これは終わってない。

ただ、ページがめくられただけだ。



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