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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第九十七話 迫る光刃

◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ外縁/乾いた川筋・石壁の切れ目】


石壁の影が短くなってきた。

王都の外郭が、もう“街”の匂いを運んでくる。

煤の匂い、焼きたてのパンの匂い、馬の汗の匂い。


――医療棟は、あの壁の内側だ。


ハレルはバッグを抱え直した。

肩紐が食い込み、腕が痺れているのに、離せない。中にはユナのコア。

青いカプセルが、さっきから小さく熱を持ったまま脈を打っている。


リオがマスク越しに息を吐いた。

「もうすぐ。……でも、来る」


言い終える前に、空気が裂けた。


シュッ。


背後の石壁が、白く切り取られる。

刃の線が走った場所だけ、石が粉みたいに崩れ、砂になって落ちた。


サキが声にならない悲鳴を飲み込む。

「っ……!」


「止まらない。迎える」

アデルが言った。声は落ち着いている。

剣を下げたまま、足だけを一歩前に置く。

逃げるための構えじゃない。守るための位置取り。


二人の精鋭隊員も、すぐに間合いへ入った。

一人は槍。もう一人は短弓と短剣。どちらも顔色ひとつ変えない。


イヤーカフからノノの声。早い。でも押し付けがましくない。

『ここ、石が多い。刃が滑る。気をつけて。

 ――あと、来た。距離、もう短い』


ハレルの背中に、冷たい指が触れる感覚。

“見られている”じゃない。

“狙われている”。


石壁の切れ目の上に、影が立った。


葛原レア。


スーツでも教員の上着でもない。

今は、薄い笑みだけが“制服”みたいに顔に張り付いている。


「逃げるの、早いね」

声が軽い。軽いのに、落ちる場所が深い。


レアの両手に、光が生まれた。

片手だけじゃない。左右同時。

白い刃が二本、腕の延長みたいに伸びていく。


「〈光刃・第三級〉――展開」

レアが淡々と言う。


二本の光刃が、交差する。

バツ印の軌跡が空中に残り、空気が“薄く”なる。

切られた場所だけ、音が遅れて届いた。


「――下がって!」

ハレルが叫ぶ。


遅れた音が、石を割った。

石壁の角が、まるで紙みたいに裂けて落ちる。


レアが跳んだ。

速い。人の跳躍じゃない。

二本の刃を振るう姿は、踊りに近い。楽しくて仕方ない、という動き。


槍の隊員が前へ出た。

槍先を低く構え、刺す――のではなく、まず“距離”を作る。


「来る!」

隊員が叫ぶのと同時に、レアの刃が横に走った。


白い線。

次の瞬間、隊員の腕の装甲が裂けた。

血が飛ぶ。赤が石に落ちる。


「っ……!」

隊員が歯を食いしばり、槍を落とさない。落とせば、門が開く。


サキが小さく叫ぶ。

「やだ……!」


「見るな、サキ」

ハレルが言う。自分にも言い聞かせるみたいに。

「――守る。絶対」


リオが一歩、踏み込んだ。

掌を前へ出す。指先が白い刃の軌道を“読む”。


「〈捕縛・第三級〉――『鎖よ、絡め』!」


空気に細い光が走り、鎖が形になる。

レアの右腕へ巻きつく。二重、三重。

刃が一瞬だけ鈍る。


「……へえ」

レアが笑う。

「ちゃんと“縛れる”んだ」


左手の刃が、今度は鎖を切ろうとする。

白い線が走り――鎖の外側が削れる。


アデルが、その一瞬を“上書き”した。


「〈拘束結界・第一級〉――光よ、ここに“枠”を」


剣先から淡い光が落ち、地面に四角い線が描かれる。

線が立ち上がり、透明な枠になる。

箱じゃない。檻だ。

鎖と檻が重なり、レアの上半身の動きを締め付ける。


レアの刃が、枠に当たって鳴った。

キン、と乾いた音。

切れない。切れない“厚み”がそこにある。


「……面倒」

レアが言って、眉をひとつ動かした。

怒りじゃない。興味の顔。


ノノの声が飛ぶ。

『長くは持たない。結界の“角”から削られる。だから――今』


アデルが頷いた。

「行く。医療棟まで」


槍の隊員が、負傷した腕を押さえながらも立ち直る。

短弓の隊員が、レアの足元へ矢を二本、地面に突き立てた。

牽制。動かれた時の“次の一手”を遅らせるための。


「ハレル、サキ、走れる?」

リオが振り返らずに聞く。

声は短い。けど、ちゃんと“二人”に向いている。


ハレルは頷いた。

「行ける。……行く」


サキも、唇を噛んで頷く。

「……うん」


アデルが最後にレアを見る。

「今は、置いていく。追ってくるのは分かってる」


「もちろん」

レアが笑った。

檻の中でも、余裕が消えない。


ハレルの背中が冷える。

(置いていく、って言っても――置ける相手じゃない)


でも、置くしかない。


リオが先頭に立ち、石壁の切れ目から街道へ出た。

王都の門へ向かう道。

医療棟は、その先。守りがある。


走り出す直前、ハレルは一瞬だけ振り返った。


檻の中のレアが、こちらに向けて刃を立て直すところだった。

白い刃が、檻の角を“削り始めている”。

削れる。確実に。


「……急ごう」

ハレルが言い、サキの手を強く握った。


ユナの器へ。

今度こそ、戻すために。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/石造り建物・地下廊下】


銃声の反響が、壁に残っている。

石粉が舞い、ライトの輪の中で白く浮いた。


倒れなかった狼型の個体は、撃たれて後退した。

だが“引いた”だけだ。

暗闇の奥に消え、爪音が増えていく。数がいる。


コツ、コツ、コツ。


城ヶ峰が指で合図する。

“進む”。

止まったら、囲まれる。


特殊部隊が静かに前へ滑り、鉄の扉が並ぶ区画へ入った。

扉の一つが半開きになっている。

中から、冷たい薬品の匂いが漏れていた。


木崎が小声で言う。

「……牢屋じゃねえ。ここ、作業場だ」


床に、擦った跡。

重いものを引きずった跡。

そして――床の溝に沿って、黒い焼け跡。線だ。


日下部が息を呑む。

「……この線、見覚えある」


「どこでだ」

城ヶ峰が低く問う。


日下部はノートパソコンを開いた。

指が震えているのに、打鍵は早い。

「俺の中の“ずれ”が、こういう形で……繋がってた。

 夢じゃない。頭の中に“焼き付いてた”」


木崎が喉を鳴らす。

「それって、つまり……ここが、原因の一部ってことかよ」


答えの代わりに、爪音が近づいた。

暗闇の奥。廊下の曲がり角から、影が滑り込む。


狼型。

さっきの個体とは別だ。

毛並みが濡れた黒。目が光る。

唸り声が低く、重い。


「……来る」

城ヶ峰が言った。声が硬い。


「撃つ」

隊員が頷く。


その瞬間、日下部が顔を上げた。

「待って……この奥、音が違う」


「何だ」

城ヶ峰が眉を動かす。


日下部は、耳を澄ませるみたいに目を細めた。

「……人の声、じゃない。機械の……起動音みたいな。まだ生きてる」


狼が踏み込む。

速い。石を蹴り、ライトの輪へ飛び込んでくる。


城ヶ峰が短く言った。

「――撃て。押し返して、奥へ」


銃声。

石壁に火花。

狼が跳ね、壁にぶつかり、それでも踏ん張る。


「倒れない!」

隊員の声が震える。


「倒す必要はない。通すな」

城ヶ峰の声は冷たい。

守りと同じ言葉だ。現実側でも。


狼が後退した隙に、隊列が扉の中へ雪崩れ込む。

木崎もカメラを抱えて入る。

日下部も、特殊部隊員に腕を掴まれながら入る。


室内は、牢屋じゃなかった。

机。配線。古い端末。

壁に貼られた紙は、半分剥がれて読めない。

でも床の中心に――円形の焼け跡がある。


白く、薄い円。

その円だけ、影が薄い。


木崎の背中が冷えた。

「……これ、見たことある白さだ」


日下部が、円の縁へ一歩近づいた。

止める間もない。


「やめろ!」

特殊部隊員が引く。

「危険だって!」


日下部は振り返らず、低く言った。

「……ここ、繋がってる。上の森とも、学園とも。たぶん――“向こう”とも」


その言葉の直後。

床の白い円が、一瞬だけ“廊下”みたいに見えた。


白い。

乾いた白。

影が存在できない白。


城ヶ峰が息を止める。

木崎がカメラを構える。

隊員たちの銃口が揃う。


そして、円の向こう側で――

コツ、と爪音がした。


今度は、“こちら側”じゃない。

白の奥から、叩く音だった。


◆ ◆ ◆


レアは捕まったままじゃ終わらない。

現実側の地下も、ただの廃墟じゃない。


それぞれの“入口”が、同時に開き始めている。


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