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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第九十六話 石の道、白い気配


◆ ◆ ◆


【異世界・旧街道/森の切れ目】


石の道は、走りやすい。

だからこそ、怖い。


足音が揃う。息が揃う。

追う側も、同じ“走りやすさ”を使える。


王都イルダの外壁が、遠くに見えていた。

灰色の線。高い。人の街の輪郭。

そこまで辿り着ければ――ユナの器がある。


だが背後で、森が裂ける音がした。


シュッ。


金属でも、枝でもない。

“空気が切られる”音。


サキが反射で肩をすくめる。

次の瞬間、旧街道の石畳が一筋、白く焼けたように割れた。

石の欠片が跳び、頬をかすめる。


「……レアだ」

ハレルが歯を食いしばる。言葉が喉に引っかかる。


リオは振り返らないまま、短く言った。

「道を切って、転ばせに来てる。真っ直ぐ走ると危ない」


アデルが一歩だけ横に寄り、全員の“走り幅”を作る。

「左右に散らない。バラけると、狙われる」


サキの指がハレルの袖を掴んだ。

怖いのに、離さない。離れない。


背後の森から、薄い笑い声が混じった気がした。

耳ではなく、背中で聞く笑いだ。


次の刃が来る。


リオが掌を軽く上げる。

「〈捕縛・第三級〉――『鎖よ、絡め』!」


石畳の上に、細い光が走る。

鎖の形になって道の端へ伸び、木の根と石を巻き込むように“縛り”を作った。

罠というより、足を取らせるための線。


すぐ後ろの森が、ざわりと揺れた。

追跡の気配が、ほんの一拍だけ鈍る。


「今のうちに、道を切る」

リオが言う。


イヤーカフから、ノノの声が飛ぶ。

『旧街道、そのまま行くと正面で詰められる。

 右に折れて、乾いた川筋に落ちて。石の壁がある。刃が通りにくい』

少しだけ息を吸う音。

『あと、今……空気の“白さ”が増えてる。変な重なり方。』


ハレルは眉を寄せた。

白い――という言葉だけで、あの廊下が浮かぶ。

でも今は、考える時間がない。


「右だ!」

リオが叫び、全員が同じ角度で道から外れる。


その瞬間――


シュッ、シュッ。


背後で連続して空気が裂け、旧街道の中央が縦に割れた。

まるで“走る線”を狙って、切り取るみたいに。


(真っ直ぐだったら……)

サキの背中が冷える。想像だけで足が止まりそうになる。


アデルが短く詠唱した。

「〈大結界・第一級〉――光よ、背後に“層”を」


剣先から淡い光が流れ、地面に円弧の線を描く。

透明な膜が一枚、二枚、三枚――重なって立った。

厚みのある“壁”。


次の光刃が、その壁に当たる。

パキン、と乾いた音。

刃が跳ね返され、森の枝をまとめて落とした。


「……効く」

アデルが小さく言う。声は落ち着いている。

けれど額には薄い汗がある。維持に力が要る。


「長くは持たない」

アデルは続けた。

「だから、進む」


乾いた川筋へ落ちる斜面は急だった。

石が転がり、足が滑る。


サキがバランスを崩した瞬間、ハレルが腕を掴んだ。

「大丈夫、見るな、足だけ!」


サキが頷き、涙が出そうな顔で踏ん張る。

転ばない。転べない。


川筋の底は、石と砂。

両側に低い崖があり、確かに“壁”になる。


その瞬間、バッグの中の青いカプセルが一度だけ強く脈打った。

ユナのコアが、熱を持ったみたいに。


リオが走りながら一瞬だけ手を伸ばし、バッグの上から触れた。

指先が、かすかに震える。


「……温かい」

リオの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。

「生きてる。ちゃんと」


ハレルは息を飲んだ。

ただの“物”じゃないと、改めて胸に刺さる。


背後で、石が切れる音がした。

乾いた川筋の崖が、白く削れた。

追跡の刃は、ここにも届く。


『追いつくよ』

ノノの声が早口になる。

『刃、壁を“覚えてる”。同じ角度で切ってくる。

 だから……崖の内側を走って。外側は危ない』


「分かった」

リオが答え、全員が崖の内側へ寄る。


ハレルは息を切らしながら、胸元の主観測鍵を握った。

熱い。

その熱が、前を指すのか、後ろを呼ぶのか、分からなくなる。


(セラ……)

呼びかけたいのに、言葉にすると“確定”しそうで怖い。


その時。

ほんの一瞬だけ、耳の奥がチリ、と鳴った。


“声になりかけた気配”。


セラ――かもしれない。

でも、すぐに途切れた。白いノイズだけが残る。


サキが小さく言う。

「……今、誰か……」


「今は走る」

ハレルが言い、サキは頷いた。


王都の外壁が、少しだけ近づいた。

それが希望であり、同時に、次の戦場の入口だった。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/森・石造り建物地下階段】


石の階段は、冷たい。

ライトの光が揺れ、壁に長い影が伸びる。


上では狼が唸り、銃声が反響していた。

だが階段を降りるほど、音は遠ざかっていく。

代わりに聞こえるのは――


コツ。

コツ。


爪が石を叩く音が、下から返ってくる。


「……下にもいる」

隊員が低く言う。声が硬い。


城ヶ峰は指を立て、全員に速度を落とさせた。

ライトを前に向け過ぎない。相手に位置を教える。


木崎はカメラを構えたまま、歯を食いしばる。

(ここ、完全に“現場”だろ……)

冗談も出ない。


日下部はノートパソコンを抱え、階段の途中で立ち止まった。

画面の明かりが、頬を青く照らす。


「……変だ」

日下部が言う。

「電源が、残ってる。死んでない。……ここ、誰かが“触ってた”」


「触ってた?」

城ヶ峰が振り返る。


日下部は唇を噛む。

「機械のログみたいなものが、断片で残ってる。

 完全じゃないけど……線がある」


「線?」

木崎が聞き返す。


日下部は階段下の暗闇を見た。

「座標の線。……重ねた線。俺、あれ、前にも見た。頭の中で」


その言い方が怖かった。

理屈じゃない。感覚の話なのに、確信だけが強い。


下の踊り場に着く。

そこから先は廊下だった。


石壁。鉄の扉。

そして床に、古い車輪の跡みたいな溝。


「……刑務所の形だな」

城ヶ峰が低く言う。

「だが、改造されてる」


壁には、金具の痕。

鎖を通すための穴。

それが途中で切り落とされ、代わりに配線の束が通っている。


木崎はカメラを向けながら呟いた。

「牢屋を……実験室に変えた、って顔してる」


その時、廊下の奥で――


コツ。

コツ。


爪音が、はっきり近づいた。


全員が止まる。銃口が上がる。

城ヶ峰は小さく手を振った。撃つな、まだだ。


ライトの輪に、影が滑り込む。


狼型の個体。

だが上の森で見たものより、毛並みが濡れて黒い。

目が、妙に光る。反射じゃない光。


「……来る」

城ヶ峰が低く言う。


狼が唸り、踏み込んだ。


――その瞬間、廊下の壁が、一拍だけ“白く”見えた。


光じゃない。

色が抜ける白。影が薄くなる白。


木崎の喉が鳴る。

「……何だ、今の」


日下部が息を呑み、ノートパソコンを抱え直した。

「……近い。ここ、近い。俺の“ずれ”が……引っ張られてる」


城ヶ峰は判断を切った。

「撃て。倒れなくても、押し返せ。――奥へ進む」


銃声が地下に裂け、石粉が舞う。

狼が跳ね、壁にぶつかり、しかしまた踏ん張る。


倒れない。

それでも、後退はした。


その隙に、隊列が廊下を滑るように進む。

鉄の扉がいくつも並ぶ奥へ。

“中心”の気配が濃くなる方へ。


木崎はカメラを構えたまま走り、心の中だけで呟いた。

(学園の消え方と……この白さが、繋がってるなら)

(もう、偶然じゃない)


廊下の奥で、また爪音が増えた。

数がいる。

追ってくる。


城ヶ峰の背中が硬い。

日下部の指が震えている。

木崎のカメラはぶれない。


彼らは地下へ進む。

そしてその地下は、世界の“裏側”に繋がっているみたいに冷たかった。


◆ ◆ ◆


【異世界・乾いた川筋/王都外縁】


川筋の先で、視界が開けた。


王都の外壁。

その足元に、警備局の外郭に似た高い塀が見える。


「……もう少し」

サキが息を吐く。


だが背後の崖が、白く光った。

レアが、壁ごと追ってくる。


リオが唇を噛み、手を上げた。

次の一手を選ぶ目だ。


アデルが小さく言う。

「医療棟の門まで届けば、守りがある。――届かせよう」


ハレルはバッグを抱え、頷いた。

「絶対、届かせる」


その言葉の直後、崖の上で白い刃が一度だけ弧を描いた。

追跡の影が、見えた気がした。


次の瞬間――風が冷えた。

背中に、ぞくりとした“見られている”感覚。


追跡は、もうすぐ背中に触れる距離まで来ている。


(間に合え)

今度の願いが何か、ハレルははっきり分かっていた。

医療棟へ。

ユナの器へ。

そして――追いつかれる前に。


彼らは走る。

石の街へ向かって。白い刃から逃げながら。


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