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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第九十五話 追跡の刃


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/校舎裏・森へ抜ける通路】


金属が裂ける音が、背中を追い立てた。


ロッカーじゃない。もっと太い――柱か、壁か。

レアが“道を切っている”音だと分かるだけで、喉の奥が乾く。


「速い……!」

サキが走りながら言った。声が震えているのに、足は止めない。


ハレルはバッグを抱え直す。肩紐が食い込んで痛い。

バッグの中で、青いカプセル――ユナのコアが小さく脈を打つ。

落とすわけにはいかない。奪われたら終わる。


リオが前を走る。マスクの奥で息を整えながら、振り返らずに言った。

「このまま森に出る。視界が開けたら、追い抜かれないように」


「追い抜かれない、って……」

ハレルが言いかけると、アデルが短く返した。

「追い抜かれたら、終わる」


言い方は冷たいのに、声は落ち着いている。

恐怖を増やすためじゃない。状況を“正しく”言っているだけだ。


通路の先、校舎裏の扉が見えた。

その向こうは、もう森の匂いが濃い。湿った土と青い葉。

異世界の空気。


イヤーカフが、ピッと短く鳴る。ノノの声だ。

『聞こえる? 今、学園の外周

 ――門前の結界、まだ保ってる。中は守れてる』

少し間。息を吸う音。

『でも、追跡の“線”がこっちまで伸びてる。

 切り裂きながら来てるの、間違いない』


「ノノ、医療棟までの最短」

リオが言う。命令口調にならないように、でも急ぐ声で。

「走る道、教えて」


『……学園の位置、王都イルダの外縁寄り。

 森を斜めに抜けて、旧街道に出るのが早い』

『校舎裏を出たら右。倒木が二本並んでるところが“抜け道”。そこ、獣の気配が薄い』


「了解」

リオが短く返す。


扉を押し開けた瞬間、冷たい風がぶつかった。

校舎の裏庭――草が伸び、コンクリの隙間に根が入り、地面が“森の側”に寄っている。


遠く、正門の方角から、グレイウルフの唸り声が響いた。

重い。数がいる。

でも今は、門前で止められている音だ。


「行くぞ」

ハレルがサキの手を引く。サキは頷き、歯を食いしばった。


次の瞬間――背後の壁が、白く光った。


シュッ。

刃が走る音。

振り返らなくても分かる。レアが、校舎の角を“削って”追い付こうとしている。


アデルが足を止めずに詠唱した。

「〈遮蔽・第二級〉――影よ、視線をずらして」


地面に淡い光が走り、草の上に薄い膜みたいな揺らぎが生まれる。

目くらましだ。完全に消えるわけじゃない。

でも、追う側の“狙い”が一瞬だけズレる。


リオが続ける。

「〈疾走・第二級〉――『足よ、軽く』!」


風が一拍だけ背中を押した。

重かった足が、少しだけ前へ出る。転ぶ危険も増えるが、今は速度がいる。


六人は森へ飛び込んだ。

枝が顔を叩き、葉が髪に絡む。

それでも走る。ノノが言った倒木二本――それが見えた。


倒木の影に入った瞬間、背後からまた金属が裂ける音。

今度は近い。

アデルが息だけで言った。

「……追いつく」


リオが一瞬だけ振り返り、ハレルのバッグを見る。

ユナのコア。守るべきもの。

そして、ハレルの目を見る。

「絶対、渡さない」


ハレルは頷いた。

「渡さない。だから――走る」


森の奥で、白い光が一度だけ弾けた。

レアの刃が木を切った光だ。


追跡は、まだ終わっていない。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/森・石造りの建物内部】


暗闇の奥で動いた影は、ライトの輪に入る直前で止まった。

唸り声だけが近づく。


「グルル……」


城ヶ峰は銃口を動かさない。

光を振らない。相手が“どこから来るか”を教えるだけだ。


狼型の個体が、低い姿勢のまま踏み込んだ。

石の床が軋む。爪が、コツ、コツ、と鳴る。


「――撃つ」

城ヶ峰が小さく言う。合図は手だけ。声は最小。


銃声が跳ね、火花が闇を裂いた。

弾が当たる。毛が弾ける。

だが、倒れない。


狼は怒りで吠え、柱の影へ跳ぶ。

見えなくなる。狙いが切れる。


「来るぞ、右!」

隊員の声が低く走る。


次の瞬間、別の影が左から飛び出した。

速い。重い。

人に向ける“飛び方”だ。


「くっ――!」

隊員が一歩下がり、銃口を上げる。

発砲。弾が石壁を削り、粉が舞う。


狼がかすめるように通り過ぎ、石の床に爪跡を残した。

当たっていない。まだ生きている。


木崎はカメラを握りしめたまま、息を止める。

(ここ、廊下だぞ……銃声も、反響も、ヤバい)

それでもシャッターは切らない。証拠が要る。


日下部はノートパソコンを抱えたまま、目を閉じた。

怖くて閉じたんじゃない。

“感じる”ために閉じた顔だ。


「……下」

日下部が言う。声が震えているのに、言葉ははっきりしていた。

「この建物、下に繋がってる。……ここ、上じゃない。入口に近いだけ」


「階段か?」

城ヶ峰が問う。


日下部は頷き、壁を見た。

石の模様。ひび。

そのひびの一本が、妙に“直線”だ。


「……ここ」

日下部が指で示す。

「隠してる。昔、通路だったのを塞いでる」


特殊部隊員がすぐに寄る。ライトで照らし、手で叩く。

コン、と音が違う。中が空洞だ。


「爆薬は使えない。音で寄ってくる」

城ヶ峰が言い、即座に判断する。

「工具」


隊員が小さな器具を取り出し、石の継ぎ目を慎重に削り始めた。

その間も、闇の中で爪音が増える。

数がいる。待ってはくれない。


木崎が唇を噛み、カメラ越しに奥を見る。

(学園が消えた“根っこ”が、ここにあるなら――)

(カシウスの実験場の残りも、ここに――)


狼がまた唸った。今度は近い。

城ヶ峰は隊列を半分に割る。

前を削る班、後ろを守る班。


「日下部、下がれ」

城ヶ峰が言う。

「邪魔をするな。守る側に入れ」


日下部は悔しそうに歯を食いしばり、それでも一歩下がった。

代わりにノートパソコンを開き、画面を点ける。

何かを探す指の動き。

“システム屋”の手だ。


石が、少しだけ動いた。

隙間から冷たい空気が漏れる。下からの空気だ。


「開く!」

隊員が低く言う。


同時に、闇から影が飛び出した。

今度は二つ。右と左。挟みに来ている。


「――撃て!」

城ヶ峰が叫ぶ。今度は声を抑えない。抑えられない。


銃声。反響。石粉。

狼が跳ね、壁にぶつかり、しかしまた立つ。


倒れない。

それが、この場所の一番怖いところだった。


開いた隙間の向こう、階段が見えた。

下へ。

“中心”へ。


城ヶ峰が歯を食いしばり、叫ぶ。

「先に下へ入れ! ここで囲まれるな!」


隊列が、石の階段へ流れ込む。

木崎も、日下部も、逃げるんじゃない。

“理由”に近づくために下へ降りる。


その背後で、狼が唸り声を上げた。

追ってくる。数がいる。

それでも――止まれない。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/森・旧街道へ抜ける斜面】


倒木二本を抜けた先で、森の密度が少しだけ薄くなった。

視界が広がり、遠くに石の道――旧街道のような筋が見える。


「見えた」

サキが息を吐く。声がかすれている。

でも目はまだ折れていない。


イヤーカフからノノの声。

『その道に出れば、王都の方角が分かる。

 ……医療棟は、王都の警備局の中。外壁が高いから迷わない』

『でも、追跡の“刃”が近い。たぶん、あと少しで視界に入る』


「視界に入る前に、距離を作る」

アデルが言う。

「追いつかれたら、ここで戦うことになる」


リオが短く頷く。

「戦うなら……守りながらだ。ユナを落とせない」


ハレルはバッグを抱きしめ、言った。

「落とさない。……絶対に」


背後で、木が倒れる音。

白い光が一閃。

森の枝が、紙みたいに落ちた。


レアが、近い。


六人は旧街道へ飛び出した。

石の道は固く、走りやすい。

でも、走りやすいのは追う側も同じだ。


ハレルの胸元で、主観測鍵が熱を増した。

熱は“道しるべ”みたいに前を指す。

けれど同時に、背中がひりつく。追われている痛み。


遠くの空、王都イルダの輪郭が薄く見えた。

壁。塔。人の街の形。


そこまで届けば――ユナを戻せる。

その希望だけを握って、彼らは走る。


背後で、また金属が裂ける音がした。

笑い声は聞こえない。

でも、笑われている気がした。


追跡の刃が、確実に近づいてくる。


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