表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/95

第九十四話 王都警備局医療棟へ


【異世界・転移した学園/正門内・校舎前】


結界の膜が、門の前で低く鳴っていた。

透明な“壁”に体当たりしたグレイウルフが跳ね返され、

土をえぐって転がる。

怒りの遠吠えが森を揺らすたび、窓ガラスが震えた。


それでも――門の内側は、かろうじて保たれている。


ハレルは息を切らしながら、アデルとリオの前に立った。

バッグを抱える腕が痛い。けれど放せない。


「……リオ」


呼ぶと、リオがマスクの奥で短く頷いた。

ハレルはバッグの口を開き、慎重に中を見せる。


青い色のカプセル。

ユナのコアだ。小さな光が、眠るように脈を打っている。


「これが……」


リオが言葉を飲んだ。

指先が震えそうになるのを堪え、ゆっくりと手を伸ばす。


「触っていいか」


「……うん。落とすなよ」


ハレルは冗談みたいに言って、自分でも笑えなかった。

リオの指がカプセルに触れる。


冷たい――はずなのに、触れた瞬間だけ、指先がほんの少し熱い。


リオの目が見開かれた。

一拍遅れて、眉がぎゅっと寄る。


「……ここに、いる」


それが、リオの“確認”だった。

泣きそうな声でもなく、叫びでもない。ただ、現実を掴む声。


サキが小さく息を吐いた。

「よかった……」


よかった、で済む状況じゃないのに。

それでも、その一言が支えになる。


アデルが周囲に目を向けた。校舎、窓、廊下の影。

先生たちが生徒を押し戻し、扉を閉め、泣いている子の肩を抱いている。


「次にやることは一つ」

アデルは静かに言った。

「器のところへ運ぶ。

 ……王都警備局の医療棟。ユナが眠っている場所」


ハレルが頷く。

「そこに戻せば、少なくとも“コアだけ奪われる”は止められる」


リオはカプセルから手を離し、拳を握った。

「戻す。……今度こそ」


その時、校舎の中から、先生たちの声が上がった。


「怪我人が――!」

「血が……!腕が……!」


ハレルの胸が沈む。さっきの廊下。定規を振り下ろした男の先生。


「……先生が、斬られた」

ハレルがアデルに言った。

「レアに。腕をやられてる」


アデルの目が一瞬だけ細くなる。怒りじゃない。判断の目だ。

「命は?」


「今は…意識はある。でも出血が多い。放っておけない」


アデルはすぐに部隊へ目配せした。


「残る人が必要。学園の中を守る人と、怪我人を支える人」


部隊の中から、槍を持った隊員が一歩出る。

「私が残ります。医療の心得も少し」


もう一人、弓を背負った隊員が続く。

「門前は私が見ます。結界の補助もできます」


アデルが頷く。

「助かる。……じゃあ、ここを“砦”にする」


そして短く詠唱した。


「〈結界補強・第二級〉――光よ、膜をもう一枚」


足元の光が広がり、門前の透明な壁が少しだけ厚く見えた。

グレイウルフの体当たりがまた来ても、

すぐには割れない――そんな“余裕”が一枚増える。


先生たちが、その光景を見て息を呑んだ。


「……いまの……」

「映画みたい……」


誰かが言って、すぐに口を押さえた。

現実じゃない。けれど、現実だ。逃げ場はない。


アデルは先生たちへ向き直る。声は落ち着いている。

「私たちは王都側の部隊。外の獣は止める。

 だから、先生たちは中を守って。生徒を集めて、窓から離して」


先生たちは混乱しているのに、最後は“指示”にすがるように頷いた。

「わ、分かりました……!」


リオがハレルへ言う。

「行けるか。走る」


ハレルはバッグを抱え直し、サキの手を握った。

「行く。……サキ、ついてこれるか」


サキは泣いていない。怖いのに、顔が折れていない。

「うん。……離れない」


その時、背中の皮膚がひりついた。

空気が切れる気配。遠くで、金属が裂ける音がまたした気がする。


リオが小さく言った。

「……レア、まだ近い」


見えないのに分かる。追ってくる。壊しながら、楽しみながら。


アデルが剣を握り直す。

「先に進もう。追われる前提で、最短で」


ハレルは頷いた。

逃げるんじゃない。届ける。


「王都警備局医療部へ」


四人――ハレル、サキ、リオ、アデル。

それに、同行する優秀な隊員が二人だけ。


門前の結界の内側で、残る隊員たちが槍を構え、

先生たちが生徒を押し込め、怪我をした教師の周りで応急処置が始まる。


“学園”は、その場で戦場になった。

そして四人は、その戦場の外へ向かう。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/森・石造りの建物内部】


その時、奥で――コツ、と音がした。

人の足音じゃない。爪が石を叩く音。


全員が止まる。銃口が上がる。

城ヶ峰は小さく指を立てる。黙れ、という合図。

そして、前を見た。


「……来る」


暗闇の奥で、何かが動いた。

ライトの輪の外。闇の中が、ひとつだけ“盛り上がる”みたいに揺れた。


次の瞬間――


低い唸り声。

「グルル……」


影が、ぬっと前へ出てきた。

狼の形。でも、狼じゃない。

肩が人の頭より高い。背中が丸太みたいに太い。

口を開くと、犬歯が白く光り、涎が糸を引いた。


木崎は喉が鳴るのを必死に堪えた。

(……こんなの、廊下に入ってくるサイズじゃないだろ)


日下部はノートパソコンを抱えたまま、一歩下がりそうになって踏みとどまる。

体が震えるのに、目だけが獣の奥――さらに奥の闇を見ていた。


城ヶ峰の声が低く落ちる。

「撃つな。……距離」


隊員たちの指が、引き金の手前で止まる。

狼型の個体は、頭を少しだけ傾けた。

“様子を見ている”みたいに。


そして――コツ。

もう一つ、爪音。


左の闇。右の闇。

別の個体がいる。数がいる。

音だけが増えていく。輪郭は見えないのに、気配が廊下を埋めてくる。


城ヶ峰はライトを振らない。

光を動かした瞬間に、位置がバレる。

ここで囲まれたら終わる。


「……退路、確認」

城ヶ峰が短く言う。


背後の隊員が小さく頷き、肩越しに後方を見た。

石の廊下は狭い。逃げ道は少ない。


狼型の個体が、一歩踏み出した。

重い。足音じゃない。石が軋む音。


「……ッ」


木崎の腕の中で、カメラがきしんだ。

抱きしめるみたいに押さえ込む。音を出したら終わる。


その一歩が、ライトの端に触れた瞬間――

城ヶ峰が判断した。


「――撃て」


銃声が、石の廊下を裂いた。

乾いた音が跳ね返り、耳が痛くなる。


弾が当たる。

黒い体毛がはじけ、獣の体が揺れる。


だが――倒れない。


獣は唸り声を一段低くして、体を沈めた。

次の瞬間、横へ跳ぶ。


石の柱の影へ。ライトの輪から消える。

狙いが切れる。こちらの視界が途切れる。


「くそ……!」

隊員の誰かが小さく吐き捨てた。


城ヶ峰は歯を噛み、すぐに言う。

「前へ。止まるな。ここは狩り場だ」


“ここは狩り場”。

その言葉だけで、木崎の背中が凍る。


日下部が、息を切らしながら言った。

「……下。近い。ここ、下に空洞がある。……中心は、もっと先だ」


「根拠は」

城ヶ峰が問う。声は冷たい。でも、切り捨てる温度じゃない。


日下部は唇を噛む。

「説明できない。でも分かる。……引っ張られる。俺の中の“ずれ”が、ここを指してる」


闇の中で、またコツ、と爪音。

今度は右。近い。


城ヶ峰は即決した。

「付いて来い。ただし前には出るな。守る側の邪魔をするな」


日下部が頷く。

後ろにいた隊員が渋い顔をして、結局日下部の横に付いた。放っておけない。


木崎はカメラを握り直す。

指が震えるのに、レンズだけは奥を外さない。


(……この先に、何がある)

(学園だけじゃない。もっと根っこが――)


城ヶ峰が隊列を前へ押す。

一歩ずつ。銃口を揃えたまま、石の廊下を進む。


暗闇の奥で、獣がまた唸った。

倒せていない。追ってくる。数がいる。


それでも――止まれない。


「進む」

城ヶ峰の声は硬い。

「中心を押さえる。理由は、そこにある」


隊列は、さらに深く、建物の中心へ向かっていった。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/校舎裏・森へ抜ける通路】


四人と二人の隊員は、校舎の影を走った。

森の気配が濃い。門前の遠吠えが背中を押す。


ハレルはバッグを抱え、胸元の主鍵が熱いのを感じた。

熱は道しるべみたいに、前へ前へと引く。


でも、その熱の裏に、もうひとつの“冷たい線”がある。


追われている。


レアの刃が、どこかで壁を切っている気配。

笑い声は聞こえない。なのに、笑われている感覚が消えない。


サキが小さく言った。

「……来るよね」


ハレルは答えた。

「来る。……でも、先に着く」


リオが息を吐く。

「守る。絶対に」


アデルは振り返らずに言った。

「大丈夫。間に合うように走ろう」


“間に合う”は、祈りじゃない。

今の彼らには、行動の言葉だった。


次の瞬間、背後で――

金属が裂ける音がした。ロッカーじゃない。もっと太い何か。


レアが、壁ごと道を作っている。


追跡が、始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ