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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第九十三話 再会と潜入


【異世界・転移した学園/高等部・廊下】


「バッグ。渡して」


葛原レアの掌で、白い光の刃が薄く鳴っていた。

刃先が動くたび、壁の影が切れて、廊下の空気がひゅっと冷える。


ハレルはバッグを胸に抱えたまま、一歩も引かない。

引いたら、奪われる。奪われたら――終わる。


「……生徒を盾にする気か」

声が震えた。怒りと、怖さと、ぜんぶ混ざっている。


レアは肩をすくめるだけだった。

「盾? 違うよ。材料」


その言い方が、教室にいた“教師”の言葉じゃなかった。

廊下にいた生徒たちが、遅れて理解していく。

目が見開かれ、足がもつれる。


「な、なに言って――」

「材料って……」


担任が前に出ようとした。だが、別の男の先生が先に動いた。


体育教師か、生活指導か。

大柄で、いつも声が大きい男だ。

手には授業用の長い定規――メートル定規を握っている。


「やめろ!!」


男の先生は後ろからレアへ飛び込み、定規を振り下ろした。

ガン、と鈍い音。肩口に当たった……はずだった。


レアは、振り返りもしない。

光刃が、ふっと横へ滑った。


次の瞬間、空気が裂ける音。


「――っ!」


男の先生の腕が、真っ赤に弾けた。

袖が裂け、血が飛び、定規が床に落ちて転がる。


「先生!!」

「うそ……!」


男の先生は膝をつき、押さえた腕の隙間から血が溢れた。

顔が真っ青になる。

でも、倒れない。歯を食いしばって、立とうとする。


レアはその先生を見下ろし、淡々と言った。

「邪魔」


光刃が、もう一度持ち上がる。

今度は腕じゃない。首の位置へ――。


「やめろ!!」


ハレルが飛び出しかけた、その時。


廊下の窓ガラスが、外側から弾けた。


パリン! という破裂音と一緒に、冷たい森の風が吹き込む。

割れた窓枠の向こうに、異世界の森と、正門前の結界の光が見えた。


「お兄ちゃん!!」


サキが叫び、割れた窓へ走った。

そして、その外へ向けて声を張り上げる。


「こっち!! こっちにいる!!」


次の瞬間、廊下の空気が“噛み合う”。


森の匂いの中に、鉄と魔力の匂いが混ざった。

窓から、黒いマスクの少年が飛び込んでくる。迷いがない。


リオ。


ハレルの目が、一瞬だけ熱くなる。

でも、泣く暇はない。今は――目の前で人が殺される。


リオは着地と同時に掌を突き出した。


「〈捕縛・第三級〉――『鎖よ、絡め』!」


細い光が走り、鎖になってレアの上半身へ巻きつく。

肩、胸、腕。刃を振るう“軸”をまとめて縛る形。


レアの動きが、初めて止まった。


「……へえ」


笑ったのに、声が低い。怒りじゃない。楽しんでいる声だ。


縛られたまま、レアは顔だけをハレルへ向ける。

その目が言っていた。――逃がさない。


リオが短く言う。

「今!」


ハレルは反射で動いた。

サキの手を掴む。握り返される。生きている温度。


「行くぞ!」


ハレルはバッグを抱え、走った。

リオもすぐに並ぶ。マスクの下から漏れる息が荒い。


廊下の奥では先生たちが生徒を押し戻し、泣き声が転がっている。

誰もが混乱している。だが、ひとつだけは分かる。


――ここは安全じゃない。


「ユナの……それ、あるんだな」


走りながら、リオがバッグへ視線を落とす。

声は小さい。周囲に聞かれないように、息に混ぜる。


ハレルは頷く。

「ある。絶対に渡さない」


リオの目が一瞬だけ細くなった。

怒りと、焦りと、守りたい気持ちが全部そこにある。


三人は曲がり角を抜け、階段を駆け下りる。

廊下の窓の外では、正門前の結界が光っていた。


そこに、アデルがいる。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/正門内・校舎前】


正門は開いていた。

門の“外”は森。門の“内”は学園の敷地。

――ただし、敷地の端まで草が伸び、木の影が混じっている。


「……うそでしょ」

先生のひとりが呆然と呟いた。目の前で“魔術”が壁になっている。


アデルは校舎前に立ち、剣先を地面へ向けている。

光の線が地面に広がり、透明な膜が何枚も重なって、門前を押さえていた。


門の外ではグレイウルフの群れが吠え、結界に体当たりして跳ね返されている。

衝突のたびに、ドン! と鈍い音。結界がしなる。けれど割れない。


「み、見えますか……あれ……狼……?」

「大きすぎる……!」


生徒たちが校舎の窓に張りつきかけ、先生が叫ぶ。

「窓から離れて! 今は見ないで!」


アデルは先生たちへ、短く、しかし落ち着いた声を向けた。

「大丈夫。門は守る。今は、建物の中に生徒を集めて」


命令じゃない。状況を整理するための言葉。

それが逆に、先生たちの足を動かした。


「は、はい! 全員、教室に戻って――!」

「泣いてる子を先に!」


その時、校舎の中から走ってくる足音。

ハレル、サキ、そしてリオ。


「アデル!」


ハレルの声が割れた。

アデルが振り向き、はっきりと頷く。


「来たね。無事でよかった」


リオが息を吐く。

「合流できた」


ほんの一瞬だけ、再会の温度がそこに生まれる。

でも次の瞬間、校舎のほうで金属が裂ける音がした。

ロッカーか、手すりか、何かが切られる音。


リオの視線が鋭くなる。

「……追ってくる」


ハレルが握りしめたバッグの中で、コアのカプセルが小さく鳴った。

その重みが、現実に戻すべきものの重みだ。


アデルは門前の結界を維持したまま、部隊へ目配せする。

「門の外は私が押さえる。中の誘導、お願い」


部隊員たちが槍を構え直し、校舎側へ動く。

先生たちも、まだ混乱しながらも

“この人たちが味方”だと理解し始めていた。


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/解析室】


机の上に広げた地図が、ノノの指先でずれる。

古い紙だ。王都の記録庫から引っ張り出した、昔の地形図。


「……やっぱり」


イヤーカフ越しに、ノノの声が飛ぶ。リオとアデルへ、いつもの速さで、必要な情報だけ。


『学園が落ちた場所、王都の古地図だと“監獄区画”の外縁に近い』

『昔、罪人を入れてた施設があった。今は使われてない。……廃墟になってるはず』


アデルが短く返す。

「廃墟……カシウスが好きそうだね」


『うん。たぶん、昔から“使える場所”だったんだと思う』

ノノは息を吸い直す。

『座標の揺れ、普通の転移じゃない。引っ張って落とした感じがある。……レアたち、準備してた』


リオが低く言う。

「じゃあ、学園は“たまたま”じゃない」


『うん。たぶん、狙ってる』


ノノの言葉が終わった直後、解析室の計器がひとつ、嫌な音を立てた。

温度のラインが、また少し上がる。


『……中の熱、まだ上がってる。気をつけて』


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/森・石造りの建物前】


木々の隙間から、石の壁が迫ってくる。

苔と蔦に覆われた建物は、森の中で不自然なくらい“形”を保っていた。


入口は暗い穴みたいに口を開け、鉄柵の名残が歪んでぶら下がっている。

中から風が吹き出す。冷たい。湿った鉄の匂いが混ざる。


「……ここが、根っこ」

日下部が小さく呟いた。自分に言い聞かせるみたいに。


城ヶ峰は隊員へ合図する。

「突入。光は最小。音を殺せ」


木崎はカメラを胸に抱え、唇を噛んだ。

怖い。けれど、目をそらしたら負けだと思った。


一歩、入口の中へ。


石の廊下。壁に削れた傷。

鉄格子の跡。床には古い焦げ跡が点々と残っている。


「……実験場跡、か」

木崎が息で言う。言葉にした瞬間、背中がぞくっとした。


日下部はノートパソコンを開きかけて、やめた。

画面の光すら、今は怖い。


その時、奥で――コツ、と音がした。

人の足音じゃない。爪が石を叩く音。


全員が止まる。銃口が上がる。


城ヶ峰は小さく指を立てる。黙れ、という合図。

そして、前を見た。


「……来る」


暗闇の奥で、何かが動いた。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/高等部・廊下】


捕縛の鎖が、きしんだ。


レアが、腕の筋肉だけで鎖を引きちぎろうとしている。

笑みは消えていない。むしろ、楽しそうに口角が上がったままだ。


「……縛るだけじゃ、足りないか」


レアの光刃が、鎖の隙間から伸びる。

壁を、柱を、水道の配管を――触れただけで切り裂いていく。金属が裂け、火花が散る。


逃げる方向の先で、ハレルたちの足音が遠ざかっていく。

それを“追う”ために、レアは壊しながら進む。


「ハラルくん……逃げても、同じだよ」


廊下に、誰かの泣き声が残っていた。

そしてその泣き声すら、光刃が切った空気に押し潰される。


レアの足が一歩、前へ出た。

捕縛の鎖が、最後にもう一度だけ鳴って――


パキン、と砕けた。


「……追いかけよう」


レアは楽しげに言い、結界の光が見えるほうへ歩き出した。


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