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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第九十二話 それぞれの攻防

【異世界・転移した学園/高等部・廊下】


ロッカーの裂け目から、まだ白い湯気みたいな光が立っていた。

切り裂かれた金属の縁が、熱で赤くなっている。


悲鳴が、廊下の奥で波みたいに膨らんでいく。

先生が叫ぶ声、走る足音、誰かが転ぶ音。

全部が混ざって、頭がくらくらした。


ハレルはバッグの肩紐を握り直す。

中で、ユナのコアが小さく揺れた気がした。


(奪わせない)


目の前の葛原レアが、光の刃を指先で揺らす。

刃は細いのに、空気まで切っていくみたいに静かだった。


「バッグ。渡して」

声は優しい。だから余計に怖い。


「渡すわけないだろ」

ハレルが吐き捨てた瞬間――レアが肩をすくめる。


「じゃあ、進むだけ」


〈光刃・第三級〉――展開。


光の刃が横に走った。

廊下の柱の角が、豆腐みたいに削げ落ちる。

次に壁。次に窓枠。

切られた場所から粉みたいな白い破片が舞って、鼻の奥がツンとした。


「きゃあああ!」

窓際にいた生徒が、腰を抜かして座り込んだ。


サキがハレルの袖を掴む。

「お兄ちゃん……っ」


「走る」

ハレルはサキの手を引き、廊下の角へ駆け出した。


レアは追ってくる。

速くない。走ってない。

それなのに距離が縮む。

刃が、通路の障害物を“消して”いくからだ。


ロッカーが裂け、

消火栓のカバーが真っ二つになり、

水道の蛇口が光で断ち切られた。

次の瞬間、配管の圧が抜けて、水が噴き上がった。


「うわっ!」

水しぶきが廊下に広がり、足元が滑る。


ハレルは踏ん張りながら、胸元の主観測鍵を握りしめた。

熱い。脈を打つ。

“つながれ”と叫んでいるみたいに。


(セラ――!)


声にしない。心の中で投げる。

いつもみたいに空白で返されると思った、その瞬間。


白いノイズが、耳の奥で弾けた。


『……聞こえます』


一拍。

確かに“声”だった。


「セラ……!」

ハレルは息を呑む。走りながら、言葉を絞り出す。


『時間がありません。短く』


セラの声は落ち着いている。いつもの橋渡しの声。

なのに、途切れそうに薄い。


「リオに――! レアがいる! ユナのコアを奪いに来てる、追われてる!」

ハレルは必死に周囲を見る。目印。場所。

「高等部棟の二階! 真ん中階段の横の廊下! 中庭側、窓が並んでる――!」


『了解。座標を噛み砕きます』


白いノイズが一段強くなる。

次の瞬間、イヤーカフ越しみたいに別の声が混ざった。


『リオ、聞こえる? 今、ハレルの声――!』


【異世界・転移した学園/正門内・校内(中庭側)】


『……高等部棟、二階。中央階段、窓列。そこだって』


ノノの声が飛び込んできた瞬間、リオの背筋が硬くなる。

門をくぐった校内は、停電のせいで薄暗い。

先生たちは出入口を塞いだまま固まっていて、

武装した部隊を見て顔色が真っ白だ。


「……いまの、誰?」

「異世界……? 魔術……?」

誰かが震える声で言う。


アデルは落ち着いた声で先生に向ける。

「私たちは敵ではない。外の獣を止めに来た。……中の生徒を守る」


それでも、先生は信じきれない顔をしている。

目の前で“結界”が光って、鉄柵の前に壁が立っているのだから、頭が追いつかなくて当然だ。


外――門の向こうで、グレイウルフがまた結界に体当たりした。

ドン!! と鈍い音。

唸り声が腹の底まで響く。


リオは窓の外へ目を走らせる。

中庭の先、二階の窓。

そこが、一瞬だけ白く光った。


(切った――)


「リオ」

アデルが短く呼ぶ。


「分かってる」

リオはマスクの奥で息を吸った。

先生たちに見せる必要はない。けど、隠してる暇もない。


「〈捕縛・第三級〉――『鎖よ、絡め』!」


光の鎖が床を走り、門へ向かう獣の脚に巻きつく。

獣が体勢を崩し、土を抉って吠えた。


アデルが剣先を地面に向ける。

「〈大結界・第一級〉――光よ、門前に“壁”を重ねて」


透明な膜がさらに厚くなる。

衝突音が続くのに、壁は割れない。

先生たちが、目の前の光景に息を止めた。


「……映画、みたい……」

誰かの声が漏れる。


ノノが続けて言う。

『リオ、先に行ける? 私、位置は追える。アデル、ここは任せても大丈夫?』


アデルは迷いなく頷く。

「大丈夫。門は私が落とさない。先生たちも守る」


リオは中庭を駆け出す。

二階の窓へ――ハレルのいる場所へ。


【異世界・転移した学園/高等部・二階廊下(中庭側)】


セラの声が薄くなる。

『……もう切れます。次は、直接会って』


「待っ――」


ぶつん、と世界が静かになった。

でも、今ので十分だ。リオに届いた。位置も。


その直後。

ハレルの背後で、白い音がした。


シュッ。


壁が“線”になって裂ける。

窓ガラスが遅れて砕け、破片が雨みたいに落ちた。

冷たい風と森の匂いが、廊下になだれ込む。


レアが、割れた窓の向こうを一瞬見た。

遠くの中庭に、人影が走っているのが見える。


「……来るんだ」

レアの笑みが、さらに薄くなる。

嬉しいのに冷たい笑み。


「だったら――壊して急ぐ」


光刃が、今度は床をかすめた。

床板が裂け、白い線が走る。

足元が崩れそうで、生徒がまた叫ぶ。


「やめろ!!」

ハレルが身を張って前に出る。


レアの刃が、バッグへ向く。

次の瞬間、サキが割れた窓枠に手をかけた。


外の中庭へ身を乗り出し、声を張る。


「リオ!! こっち!! 二階!!」

喉が裂けそうな声。

「お兄ちゃんが――追われてる!!」


その叫びに反応するみたいに、レアの視線が一度だけサキへ向く。

ほんの一瞬。

その“隙”で、ハレルはサキの手首を掴んで引き戻した。


「出るな!」

「でも――!」


「届いた。今ので届いた」

ハレルは息を切らしながら言う。

自分にも言い聞かせるみたいに。


レアが、ゆっくりと刃を持ち上げる。

ロッカーの残骸、水浸しの床、泣き声。

全部の中心で、レアだけが整っている。


「ねえ、ハラルくん」

レアが囁く。

「そのバッグ、私が取る。

 ……取れなかったら、ここを“材料”にする」


刃が光る。

次に切られるのが何か、誰でも分かってしまう光。


ハレルの胸元で主観測鍵が、痛いほど熱く脈打った。

背中の皮膚がピリつく。“見られている”感覚。


(間に合え、じゃない)

(――来い、リオ)


ハレルは歯を食いしばり、サキの手を離さなかった。

守る。逃げる。

その両方を、ここでやる。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/森・内部】


返事の代わりに、森が唸った。

そして一行は、さらに深く、中心へ向かって進み始めた。


足元は柔らかい腐葉土で、踏むたびに湿った音がする。

元はアスファルトだったはずの場所に、

苔が張りつき、細い根が網みたいに走っていた。


「……足元、取られるな」

先頭の隊員が低く言う。銃口は上げたまま、左右に視線を走らせる。


木崎はカメラを構え直しながら、喉の奥で唾を飲んだ。

フラッシュは使えない。光を焚けば、逆に“呼ぶ”。


日下部はノートパソコンを抱えたまま、息を切らしてついてくる。

病衣の上に上着を羽織っただけの格好が、森の中だと妙に浮いて見えた。


「……どこまで分かる」

城ヶ峰が歩きながら訊く。

声は低い。急かしていない。確かめているだけだ。


日下部は画面を覗き込み、指を震わせながらタッチパッドを動かす。

「数値じゃ、追えない。

 ……でも、近づくほど、胸が痛い。あそこだ。絶対」


森の奥――木々の隙間に、建物の輪郭がちらつく。

石の塊みたいな、角ばった影。

窓の並びが不自然に整っていて、森の自然さと噛み合っていない。


その瞬間。


バキッ、と枝が折れた。

左。近い。


全員の銃口が同じ方向を向く。

葉の揺れの向こうで、灰色の塊が“立ち上がった”。


狼の形。だが大きさが違う。

肩が人の頭より高い。

背中の盛り上がりが丸太みたいに太い。

口を開けると、白い牙が湿って光った。


「……来る」

誰かの声が掠れる。


次の瞬間、そいつは跳んだ。

土を抉り、木の根を踏み砕き、隊列へ一直線。


「撃て!」

城ヶ峰が短く言う。


乾いた銃声が連続し、葉が散った。

命中した。体が跳ねた。――でも倒れない。


獣は唸り声を上げながら、横へ跳んで木陰に消える。

そして、別の方向でまた枝が折れる。


「……一匹じゃない」

隊員が歯を食いしばる。


城ヶ峰は一拍だけ呼吸を整え、隊列を崩さず前へ押す。

「止まるな。中心を先に押さえる。追ってくるなら、追わせたまま間合いで削る」


木崎の背中に冷たい汗が伝った。

(これ、ニュースじゃねえ……戦場だろ……)


日下部が小さく呻く。

「……近い。もう、すぐ……」


建物の輪郭が、はっきりしてくる。

木々の間に、石壁。鉄柵の名残みたいな黒い線。

入口らしき暗い穴が見えた瞬間、森の空気が一段だけ冷えた。


「……全員、間隔詰めろ」

先頭が合図を出す。銃口がさらに揃う。


唸り声が、背後で重なる。

囲むように、数が動いている。


城ヶ峰は建物を見据えた。

「――ここだ」


木崎がカメラを向ける。

シャッター音が、森の中でやけに大きく響いた。


そして一行は、建物の外壁に届く距離まで、

慎重に、しかし止まらずに進んだ。


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