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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第九十一話 門を開ける


【異世界・転移した学園/外周・正門前】


門の前で、結界がうなっていた。

透明な膜が幾重にも重なり、森の唸り声を“薄い壁”で受け止めている。


グレイウルフが突っ込むたび、ドン、と腹に響く衝撃。

膜はしなる。でも割れない。割らせない。


アデルは門の蝶番を見て、短く息を吐いた。

「……門を開ける。結界は残したまま、通れる“切れ目”だけ作る」


部隊員が頷く。槍を構え、門の内側へ視線を送る。

門の向こう――校舎とグラウンド。そこに“人”がいる。悲鳴がある。


リオはマスクの奥で、唇を噛んだ。

(中はパニックだ。俺たちの姿を見たら、もっと崩れる)

それでも、行く。止めるために。


アデルが剣先を地面へ。

詠唱は短い。けれど声は揺れない。


「〈大結界・第一級〉――光よ、“門の形”で開け」


結界の膜が一瞬だけ波打ち、門の前に“切れ目”が生まれた。

人が一列で通れる幅。そこだけ、膜が薄く開く。


「今!」

部隊員が門を押す。ギギ、と金属が鳴り、門が内側へ開いた。


――その瞬間を、グレイウルフは逃さない。

先頭の一匹が、牙を剥いて突っ込んだ。切れ目へ。


リオが半歩前へ。掌を出す。

「〈捕縛・第三級〉――『鎖よ、絡め』!」


細い光が鎖になり、獣の前脚へ食いついた。

勢いが殺され、巨体が前のめりに沈む。土が抉れ、唸り声が跳ねる。


だが後ろの群れが押してくる。数が多い。圧が重い。


部隊の術者が門の横に立ち、息を整えた。

「〈第四階位・風圧〉――『押し返せ』!」


空気が一枚、硬くなる。

見えない壁が森へ向かって“押し返し”、群れの前列がまとめて転がった。

枝が折れ、土が舞い、怒りの遠吠えが森を揺らす。


「……今のうちに、入る!」

リオとアデル、部隊が門の内側へ滑り込んだ。


門の中――グラウンドの端に、先生たちが集まっていた。

出入口は封鎖している。けれど正門側の騒音が大きすぎて、様子を見に来てしまった顔だ。


先生たちは、目の前の光景に凍りつく。

馬。鎧のような装備。槍。剣。

そして今しがた、空気そのものが獣を押し返した。


「……え?」

「え、なに、今の……」

誰かが震える声を漏らす。

生徒の数人が遠巻きに見ていて、腰が抜けかけている。


担任らしい男性教師が、やっと声を出した。

「あなたたちは……誰ですか!?」


アデルは剣を下げたまま、一歩だけ前へ。

怖がらせない距離で止まる。


「敵じゃない」

言い切ってから、少しだけ言葉を選ぶ。

「……外の獣を止めに来た。ここにいる人は、建物の中へ。窓から離れて」


先生の顔が引きつる。理解が追いつかない。

でも門の外で結界が鳴り、獣の唸り声が近い。現実より説得力がある。


別の先生が叫ぶ。

「生徒は校舎へ戻って!早く!走らない!」


生徒たちが泣きながら動き出す。

その背中に、グレイウルフの遠吠えが追い打ちをかけた。


リオは門の外へ一瞬だけ視線をやり、マスクの奥で呟く。

(……間に合った。まだ、割れてない)


イヤーカフから、ノノの声が入る。

『うん、門の前、今の押し返しで少し落ち着いた。ありがと』

『でも中、温度の上がり方が変。たぶん――誰かが“中心”で揺らしてる』


リオの目が細くなる。

(レアだ)


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/高等部・階段~廊下】


ハレルはサキの手を引いて走る。

背後から、白い熱が追ってくる。光刃の気配。


レアの声が、甘く冷たい。

「逃げ道、選んでるの?えらいね」


ハレルは振り返らない。

振り返った瞬間、“鍵”を見られる。確定される。最悪になる。


その時――胸元の主観測鍵が、いつもと違う脈を打った。

熱が“線”になる感じ。引っ張られるような、でも懐かしい感覚。


(……セラ?)


ノイズの向こうで、ほんの一瞬だけ、誰かの息が重なる。

白い粒が視界の端を走った気がした。


「……ハレル」

聞こえた。確かに。

でも次の瞬間、途切れる。線が切れる。


ハレルは歯を食いしばり、サキにだけ聞こえる声で言う。

「……もうすぐ、誰かが来る。だから、今は走れ」


サキは頷く。泣きそうなのに、足は止めない。

その背中に、校舎のどこかから別の悲鳴が重なった。

正門側――外が、さらに荒れている音。


レアが笑う気配がした。

「来たんだ。ほんとに」


その言葉が、背中に針みたいに刺さる。

ハレルは走りながら、心の中でだけ、もう一度だけ願った。


(繋がれ。……一瞬でいい)


◆ ◆ ◆


【現実世界・警察系医療施設/病室】


日下部がベッドから起き上がったのは

――数時間前だった。

胸の奥が“ずれる”感覚に叩き起こされ、

世界の輪郭が一拍遅れて見えたあの瞬間。


(……今、動いた)


頭の奥に白い廊下がよぎる。数字みたいな光粒。焦げた匂い。

夢じゃない。身体が覚えている。


ナースステーションまで辿り着いた時、

誰かが「待って!」と声を張った。

けれど日下部は止まらなかった。

机の上のノートパソコンを掴み、腕に抱え込む。


「ちょっと!それ、病院の――!」

「戻って!あなた、まだ――!」


振り返らない。説明してる暇はない。

必要なのは言葉じゃなく、場所だ。


(森の中の建物)

(あそこに……ある)


外へ出た。

止めに来た職員を振り切り、

誰かが呼んだ警備員の声も置き去りにした。

タクシーも電車も、道の途中も、

全部が“時間”なのに――体感だけが早い。

追い立てられるみたいに、日下部は学園跡地へ向かった。


そして今。

ようやく森の外縁まで来てしまった。


息は切れているのに、足だけは止まらない。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/森・外縁】


銃声が止んだ直後、森がまた唸った。

倒れない狼。消える影。増える気配。


木崎はカメラを握りしめたまま、汗を飲み込む。

城ヶ峰は隊形を前へ押し、中心部を睨んでいる。


その背後で、外縁の警戒線がざわついた。

「なんなんだよ!」

「危険なんだよ、止まれって!」


次の瞬間、こちらへ走ってくる影。

病衣に上着を引っかけただけの男が、ノートパソコンを抱えている。


「日下部……!?」

木崎が目を見開く。

城ヶ峰も一瞬だけ眉を動かした。


制止していた特殊部隊員が、息を切らしながら追いつく。

「止めたんですけど……全然聞かなくて……!」


日下部は木崎の前まで来て、息を整える暇もなく言った。

「……森の中の建物。あそこに“残ってる”。

 たぶん、俺たちが追ってたものの根っこが」


木崎が言葉を失う。

城ヶ峰は日下部の目を見て、嘘じゃないと判断した顔になった。


「……根拠は」

城ヶ峰の声が低い。


日下部は唇を噛み、ノートパソコンを抱え直した。

「説明できない。

 ……でも、分かる。引っ張られてる。俺の中の、あの“ずれ”が」


森の奥で、また枝が折れた。

数がいる。近い。


城ヶ峰は短く息を吐き、即決した。

「……付いて来い。ただし前には出るな。守る側の邪魔をするな」


日下部が頷く。

特殊部隊員が渋い顔で日下部の横に付く。結局、放っておけない。


木崎はカメラを構え直し、森の中心の影を見る。

「……マジで、全部繋がってんのかよ」


返事の代わりに、森が唸った。

そして一行は、さらに深く、中心へ向かって進み始めた。


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