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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第九十話 光刃の教師


【異世界・転移した学園/外周・正門前の森】


学園の正門は、森に面していた。

門の“向こう”は校舎とグラウンド。

門の“こちら”は、湿った土と濃い緑――異世界の森だ。


その森が、うなっている。

低く、腹に響く唸り声が何重にも重なり、枝が折れる音が続いた。


グレイウルフ。

狼の形をしているのに、狼よりずっと大きい。

馬や牛よりも大きく、肩の高さは大人の背より上。

毛並みは灰色というより煤けた鉄みたいで、

口を開くたびに白い息と生臭い涎が落ちる。


「……数、増えたな」

リオが小さく息を吐く。鼻と口はマスクで隠したまま。

見られても、“一ノ瀬涼”だと気づかれないためだ。


アデルは一歩前へ出た。

剣を下げたまま、森と門の間の距離を測る。

「門の前で止める。中へは、まだ入れない」


イヤーカフから、ノノの声が飛ぶ。

『今、学園の座標、揺れてる。中で何かが動いた。

 ……来てるの、気づかれてると思う』

少し間が空き、続く。

『たぶん“鍵”が反応した。だから、向こうも焦る』


その瞬間、先頭の一匹が跳んだ。

土を抉り、木の根を踏み砕き、門へ向かって一直線。


部隊員たちが槍を構える。金属が揃って鳴る。

「来るぞ!」という叫びより早く、獣が突っ込んできた。


リオは一歩だけ踏み出し、掌を前へ出す。

「〈捕縛・第三級〉――『鎖よ、絡め』!」


空気に細い光が走り、

鎖の形になってグレイウルフの前脚へ巻きついた。

獣は勢いのまま突っ込もうとして、鎖に引かれて体勢を崩す。

地面に爪が食い込み、土が跳ねた。


それでも止まらない。

後ろの群れが、唸り声を上げながら一斉に走る。


アデルが、短く言った。

「ここで押し返す。時間を作る」


そして、詠唱。

「〈大結界・第一級〉――光よ、門前に“壁”を重ねて」


剣先から、淡い光が地面へ染み込む。

光の線が蜘蛛の巣みたいに広がり、鉄柵の前に“膜”が立った。

一枚じゃない。二枚、三枚。薄い板が重なって、透明な壁の厚みになる。


狼が突っ込んだ。ドン!! と鈍い音。

壁がしなる。でも、割れない。

衝突した狼の体が跳ね返され、土を削って転がった。


「ギャウッ!」


群れが怒りで吠える。

さらに別の個体が横から突っ込む。それも、壁に弾かれる。


アデルは剣を抜き、光の膜を背にして立った。


「……入らせない」


部隊員が叫び、槍を突き出す。


「〈火矢・第二級〉――『一直線』!」


赤い矢が一本走り、獣の足元の草を焼いた。

獣が身を引き、怒鳴るように吠える。


結界は揺れたが、破れない。

アデルは眉ひとつ動かさず、門の向こう――学園の敷地を見た。


敷地内、校舎の窓の奥で、影が揺れている。

叫び声。

悲鳴。

人の声だ。


リオの喉が乾く。

(中で……始まった)


ノノの声が、少しだけ低くなる。

『……急いだほうがいい。中の“温度”、上がってる』


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/高等部・廊下】


廊下は薄暗い。非常灯も点かず、窓の外の緑だけが光源になっている。

森の匂いが濃く、遠くで獣の唸り声が響くたび、背中の皮膚が粟立った。


ハレルはバッグを抱え直した。


サキが喉を鳴らした。

「……外、馬の音……?」

窓の向こう、森の縁に、鎧みたいな装備の影が見えた。

人がいる。馬もいる。

でも、生徒たちはそれが“救助”か“侵入”か判断できない。


「知らない人たちが……!」

「武器持ってる!」

「え、あれ人間なの!?」


先生たちも混乱していた。

誰かが泣き出し、誰かがスマホを握りしめ、

誰かがドアノブを掴んで外へ出ようとする。

校内放送が何度も鳴り、同じ指示を繰り返す。


『外に出ないでください』

『窓から身を乗り出さないでください』

『先生の指示に従ってください』


――その“先生”の中に、ひとりだけ、空気の違う人物がいた。


葛原レア。

廊下の真ん中に立ち、教師の顔で、生徒に向けて優しい声を出している。

「落ち着いて。大丈夫。みんな、壁際に寄って」


言葉は優しい。

でも、目が違う。

ハレルを見ている。正確には――ハレルのバッグを。


ハレルは歯を食いしばり、レアの前へ出た。

「……お前、何を――」


レアが、ゆっくりと笑った。

その笑みは、教師のものじゃない。

薄い紙の仮面を外すみたいに、温度が落ちる。


「やっと、来たね。――ハラルくん」


周囲の生徒が「え?」と声を漏らす。

担任が顔を青くする。

「葛原さん、今は――」


レアは担任に視線も向けない。

右手を、軽く持ち上げる。


掌の上に、光が生まれた。

白く、薄く、それなのに鋭い光。刃の形に伸びていく。


「〈光刃・第三級〉――展開」


“先生の手”から、剣みたいな光の刃が伸びた。

その刃が、廊下のロッカーに触れる。

シュッ、と音がして、金属が紙みたいに裂けた。


一瞬の静寂。

次の瞬間、悲鳴が爆発する。

「うわあああ!」

「なにそれ!?」

「先生じゃない!!」


担任が震える声で叫ぶ。

「みんな、下がって!廊下の奥へ――!」


レアは、生徒の悲鳴を聞いても表情を変えない。

ハレルだけを見て、刃を少し傾けた。


「バッグ。渡して」


「……ふざけるな」

ハレルの胸元で主観測鍵が熱く脈打つ。

怒りと恐怖が混ざって、手が震えた。


レアは、小さく肩をすくめる。

「じゃあ――代わりに、ここにいる子たちからでもいい」


刃が、担任の足元の床をかすめる。

床が一筋、白く焼けたように裂け、生徒が後ろへ転んだ。


「やめろ!!」

ハレルが一歩前へ出る。


サキが、兄の袖を掴む。必死に首を振る。

止めたいのに、声が出ない顔だ。


レアは、森のほうへ一瞬だけ目を向けた。

窓の外。結界が光っているのが、こちらからでも分かる。

誰かが来た。

それを“感じた”顔だった。


「……来たんだ。あの人たち」

レアの声が、嬉しそうに冷たい。

「だったら、早くしないとね」


光刃が、ハレルの胸元――鍵へ向く。

そして、バッグへ。


ハレルの背中が凍る。

(狙いは、ユナのコア――)


廊下の奥で、誰かが泣き叫ぶ。

先生が必死に生徒を押し戻し、ドアを閉めようとしている。

でも、誰も状況を理解できていない。理解できるはずがない。


理解できているのは、レアと――ハレル、サキだけだ。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/森・外縁】


枝が折れた音は、近かった。


特殊部隊の銃口が一斉に向く。

森の影が揺れる。葉の間から、黒い塊がぬっと出てきた。


狼――に見える。でも、サイズが違う。


肩が、人の頭より高い。

背中の盛り上がりが、丸太みたいに太い。

口を開けると、犬歯がナイフみたいに白い。


「……ッ」

誰かが息を呑む。


木崎が、カメラを握り直した。

指が震えているのに、レンズだけは外さない。


城ヶ峰は低く言った。

「撃つな。まず距離」


狼は唸った。「グルルル……」


そして、地面を蹴った。

速い。森の土を抉りながら、一直線に来る。


「来るぞ!」

隊員が叫び、銃口が揃う。

でも城ヶ峰が手を上げた。“まだ”。


狼がさらに近づいた瞬間――


木崎の背中が冷える。(これ、止まらない――)


城ヶ峰が短く命じる。「――撃て」


銃声が森に裂ける。

乾いた音が連続し、葉が散った。

狼の体が跳ね、土に爪を立てて踏ん張る。


倒れない。

それが、怖かった。


「……効いてるのか!?」隊員の声が震える。


狼は低く唸り、今度は横へ跳んだ。

木の陰に隠れる。狙いが切れる。


城ヶ峰は前を見た。森の奥、木々の隙間。

確かに“建物”の影がある。石の塊みたいな輪郭。


「進む」城ヶ峰の声は硬い。

「中心を押さえる。理由は、そこにある」


木崎が息を吐き、カメラを構え直す。

「……マジで、現実かよ」


返事はない。森の中で、別の枝が折れた。


今度は、右。数がいる。


特殊部隊の隊形が、さらに固くなる。


一歩ずつ。森へ深く、入っていく。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/高等部・廊下】


光の刃が、バッグへ伸びる。


ハレルは、サキの手を握り返した。

逃げるか、守るか、選ぶ暇はない。


選べるのは――

「今、ここで奪わせない」

その一点だけだった。


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